別れの言葉を

不思議な女がいた。

そう、いるのではなく、いたのだ。


あいつはあの問いをした日から数日後に死んだ。元より体が強くなかったらしい。なんてことない風邪が悪化して、ころっと死んでしまった。


街のこじんまりとした教会で行われている葬式、俺はあいつが眠っている棺桶を少し離れた長椅子に座って遠目に眺めた。何だか心が煙に覆われているようで息苦しい。きっと、まだ心のどこかで受け入れることが出来ていない、いや、受け入れないようにしているのだろう。だってほんの数日前まで一緒に紅茶を飲んで語らっていたのだから。俺とあいつの付き合いは短くない。受け入れてしまったら、きっと心を切り裂くような悲しみが押し寄せる。だから受け入れるのが怖くて、まだ俺はあいつを見ることが出来なかった。

だが、あいつらしいと言えばあいつらしい。あいつが書く物語も、こうして主人公の親友、仲間、恋人など物語において重要な人物が死んでしまって悲しさとも虚しさともつかない気持ちにさせられる。あいつはそんな物語の中の者達とは違って劇的に死んでなどいないが、こんな気持ちにさせてくるあたり、まるで俺があいつの物語の主人公のようだ。

親友と言うには曖昧で、仲間といえばキザすぎて、恋人なんて以ての外。そんな名前の付けられない関係が俺は気に入っていたのに。


別れの挨拶をするために、重い足を無理矢理動かして少ない参列者の列に並んだ。すすり泣く声と、密やかな別れの挨拶が聞こえてくる。訪れた者は少なくても、あいつが愛されていたのがよく分かる。一人一人と俺の順番が近づくたびに、心が冷たく、熱く、痛くなる。


あぁ、ついに俺の順番が来てしまった。そっと目を閉じる。細く長く息を吸い込むと、参列者の手向けた花の香りと、微かにあいつの紙とインクの香りがする気がした。その瞬間、喉が熱く膨れたようになるが無理矢理震える息を吐き出した。


そっと目を開ける。


そこには色とりどりの花に囲まれて眠るあいつの体があった。徹夜しすぎて体調を崩した時よりも真っ白な肌をしている。眠っているようなのに、あいつは確かに死者特有の静かな雰囲気を纏っていた。だがあの隈だけは目の下に巣食っていて、死んでもなお変わらないのかとほんの少し笑えた。


涙が零れる。


ぽろりと1粒、また1粒と頬を伝って流れ落ちていく。目が熱くて溶け落ちてしまいそうだ。


思っていたような心が壊れてしまうドロドロとした激しい悲しみではない。すっと心に染み込んでくるような、切なさと寂しさが混ざった静かな悲しみ。


あぁ、別れの準備は出来た。


そっと手に持っていた花をあいつの胸元へ手向ける。あの青い瞳と同じような、青い花。


「お前の物語、悪くなかったよ。」


ふわりと吹いた風に乗ってまたほのかに紙とインクの香りが頬を撫で、そっと消えた。


さよなら


そう言われた気がした。

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変わった殺人鬼 吐瀉丸 @kanoke

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