今こそ知ろう。消えた妻の行方を……。

加鳥このえ

人生好きに生きるのが一番!!!

「はあ」と一息ついてみる。


 私は缶コーヒーを捨て、傘をさす。手に持っていたラスベガスのチラシを捨て、前を向いた。そしていつものように、街を歩く——。


 □◼︎□◼︎□


 今日はちょっとしたイベントが行われているらしい。


 私は人だかりのなかを強引に歩く。傘をさしていることは関係ないだろうが、周囲から「いたっ」「いてっ」などの声が聞こえる。


 私は今日も、一人静かに街を歩く。


 そんな時だった。私の前を気になる人物が歩いたのは。


 私は声をかけた。


「そこの君、私と話をしないかい?」


 一つ、念頭に置いていてほしいのだが、断じて、私は性犯罪者でも、ロリコンでもない。


 私が声をかけた少女は、飴をガリッと噛み、私を睨んだ。


「おじさん、ロリコンなの?」


「……いえ、私はダンディな紳士ですよ。お嬢さん」


 私がそう言うと、少女は呆れたようにこう言った。


「意味わからんし。それに、ダンディじゃなくてジェントルだよ、おじさんは」


「ふふ、それは失礼」


 少女には口が裂けても言えない。ジェントルの意味を知らないなんて。


 私はノリでダンディと言ったが、どうやら意味を勘違いしていたらしい。


「話を戻しましょう。お嬢さん、私と少し話しませんか?」


 少女はポケットから飴玉を出し、パクっと口に放り込んだ。そして言った。


「いいよ、私、おじさんのこと知ってるから」


「それはありがたい。我孫わがまごよ」


 と、二年ぶりに会った孫に向けて私は言った。


 私はこの二年間、消えた妻を探している。この二年間で、私は様々な人に話を聞いた。今や都市伝説になるほどだ。


 そんな二年間の末か、連絡がつかなかった娘から電話を一本受け取った。


 そして今、私はここにいる。


 私は孫を喫茶店に連れ込んだ。隣にラブラブホテルがあるせいで、道中孫は私に、「ロリコン」などど罵った。


 だか私は、だてに六十年生きてきたわけではない。生まれてから何度も変態扱いされてきたのだ! こんなの、お茶の子さいさいである。


 と、震える手を押えながら私は紅茶を飲んだ。


 孫に言われるのは、他人に言われるよりも一兆倍傷つく。


 そんなことを思いながら、私は孫にいた。


「お母さんは、まだ来ないのかい?」


 私がそう聞くと、孫は責任を追求されたサラリーマンのような顔をした。


「おじさん……ママは、来ないよ」


「——え?」


 唖然とした。ママは来ない、それが意味するのは、すなわち娘と会えないということ。


 私は、紅茶をゆっくり置いた。脳裏に、走馬灯のように二年前のことがよぎる。


 二年前、娘は離婚した。理由は夫の浮気だった。


 それからというもの、娘は連絡をよこさなくなった。住所も変えており、生死さえも不明だった。ちなみに、私の妻が消えたのも同じタイミングだ。


 そんな娘から、会いたいと連絡があったのだ。私は、心の底では楽しみにしていた。


 なのに、「ママは来ない」そのセリフが、私を絶望のどん底にまで突き落とした。


 だがその時、私はふと我に返った。


「……孫よ」


「孫じゃない、アコって呼んで」


 プクーと頬を膨らませるアコ。私は「失敬」と呟いた。


「アコよ」


「なに?」


「……娘は、ママは、家にいるのか?」


 私の予感は外れることが多い。そのせいで、二年も聞き込みをしていた。


 だが、私の悪い予感は八割の確率で当たる。


 孫の言葉を聞いた瞬間、私は涙を流した。


「おじいちゃん……うん、ママは家にいるよ。今頃、新しいパパとイチャイチャしてるんじゃない?」


 私は涙を流した。どうやら、二割の方だったらしい。


「……親不孝ものめ」


 つい、そう呟いてしまった。


 私の声が聞こえたのか、マスターが神妙な面持ちで『メガ盛りマックスパフェ』を持ってきた。


「……こちら、ご注文のメガ盛りマックスパフェでございます……では」


 私はアコを見た。


 アコは美味しそうにパフェを頬張った。


 私は「はあ」とため息をついたが、娘のことを忘れるくらい、目の前の孫が可愛かった。


 私はジェントルにジェントルしてピシッと服装を直す。ちなみに、ジェントルの意味は知らない。


 私は孫にいた。


「美味しいかい?」


「おいしー!」


「そうかそうか、よかったよかった」


 私はそう言って会計伝票を見た。紅茶150円。ミルク170円。メガ盛りマックスパフェ3900円。


 メガ盛りマックスパフェ、3900


「ぼったくりだ……」


 つい、そう呟いていた。


 私はグスンと涙を流しながらアコを見た。アコは最後の一口を頬張っていた。


 その顔は天使にも匹敵する可愛さだった。


 私は、この顔が見れたなら3900円くらい安い! と思い、ハンカチで涙を拭いた。


 その時だった。


 私は思わず、絶句した。


 アコは手を上げた。そして言ったのだ。


「メガ盛りマックスパフェもう一つください」


 その時のアコの顔は、悪魔そのものだった。


 私はアコがもう一つ食べ終わるのを待った。喫茶店を出た頃には、福沢諭吉ふくざわゆきちが一枚消えていた。


 私がシクシクと泣いていると、アコは私の肩に手を置いて、こんなことを言った。


「おじさん、今日の空は明るいね」


 私の心は雨天継続中。そんな嘆きは子どもには分からず……私は最後の悔し涙を流した。


 □◼︎□◼︎□


 今日は昨日の晴天すら霞むほどの快晴だった。


 今日の予定は、昨日別れた孫と再度会うことだ。


 私は孫に会う前に、銀行に行き、五万円ほどおろしてきた。


 昨日と同じ喫茶店で会う約束をしていたため、私はそこへ向かった。


 喫茶店へ行く途中、私はラブラブホテルから娘と酷似こくじした女性が怒り狂いながら出てきたのを見たが、葉巻でも吸いながら忘れることにした。


「げほげほ」


 しまった。私はタバコが吸えないのだった。困っていると、金髪で鼻にピアスをつけた男が声をかけてきた。


「じいさん、吸えないんだったらオレがもらってもいいか?」


「……あ、ああ。あげるよ。どうやら私には早かったそうだ」


「あはは! そうかよ、なら貰うぜ! じゃあな!」


 金髪ピアスの男はそう言って去っていった。私は黄昏ながらも、その男に手を振った。


 その後、私は冷静に喫茶店を見つめた。


 私は、かれこれ三十分ほど喫茶店の外にいる。


 早く入ればいいと、誰しもが思うだろう。だが入れないのだ。


 ——喫茶店のなかで怒り狂っている娘と酷似した……いや、娘がいるのだから——


 私は、振り返った。目の前には、たくさんのビルがあった。


 私は、この壮大さに感動した。


「よし!」


 ビルから力をもらい、私はきびすを返す。そそくさとその場から離れようとした。


 その時だった。


「おじさん、どこ行くの?」


 後ろを振り返ると、そこにはアコがいた。


「ママ、中で待ってるよ」


 私は苦虫を食べたような顔をしながらも、喫茶店に入った。孫には、逆らえないのだ。


 中に入ると、娘がいた。


「……お父さん」


「……久しぶりだな」


 つい、娘の前だと厳格な父を見せたくなる。だが、娘が高校生の頃に「キモい」と言っていたため、私はいつもの喋り方に戻す。


「久しぶりですね」


「ゔん。久じぶり」


 何故か濁点のついた喋り方をする娘。私は恐怖に怯えながらもいた。


「なにか、あったのか?」


 私がそういうと、娘は激怒した。


「うがあああ!!! 今さっきそこで彼氏と別れたの!! 金髪ピアスの男と別れたの! うわああん!!」


 怒ったと思ったら泣く娘。どうやら相当精神が不安定なようだ。これでは、妻のことは聞けそうにない。


 私はマスターに謝罪しながら、娘と孫と一緒に外に出た。


 アコは自分の母の肩に手を置いてこう言った。


「ママ、今日の空は明るいね」


 どうやら、これはアコなりの慰めなのかもしれない。


 私は堪えきれずに笑ってしまった。


「ぶっ」


「あ?」


 実の娘に威嚇いかくされ、ビビる父親がどこにいるだろう。……ここにいます。


「……ナオリ、笑ってごめんなさい」


 もう父の威厳などどこにもない。私は実の娘であるナオリに頭を下げた。


 □◼︎□◼︎□


 今日は清々しいまでに雨が降った。


 何故か私の家に、娘と孫がいる。今までは、彼氏の家に泊めてもらっていたらしい。それが恥ずかしくて、私に連絡をよこさなかったそうだ。


とまあ、家がないので二人は私の家に転がり込んできた。


 正直、私は娘と孫、二人とも愛している。勝手にほっつき歩いて子供を作り、挙げ句の果てには二人の男に捨てられた娘。そして、3900円もするパフェを二つも食べた孫。


 そんな奴らなのに、私はまだ愛を失っていないらしい。


 私は優雅に紅茶を作りながら、そんなことを考えた。


 だが一つ、文句を言わせてほしい。


「頼むから、私のベットを占領しないでくれ」


 私の背中はボロボロだ。


 そんな時だった。テレビに見知った顔が映る。


 アナウンサーがこんな事を言った。


「すごい、凄すぎます! たった二年でラスベガス一の大金持ちになった女性が、今日本に帰国しました!!」


 私は紅茶をこぼした。足に熱が広がる。


「その人の名は——花宮はなみやサヨ」


 名乗り忘れていたが、私の名前は花宮月王キングムーンという。


 私は、こぼした紅茶を拭きながらも、テレビに映る見知った顔に絶句していた。


「二年間」


 つい、呟いていた。最悪の予感が全身に走る。


 お願いだから外れていてくれた願い、私は再度テレビを見た。


「ではその人にインタビューです! こんにちは……」


「……はいそうですよ。私は花宮サヨです。いやーねー、夫を日本に置いたままラスベガスに行っちゃったからねー、早く帰ろうかと思ってたんだけど……予想以上に儲かっちゃってねえ」


 私は口をあんぐり開けた。


 奴は、そこにいたのだ。私が二年間探し求めていた女が!


 私はつい、六十代にもかかわらず大声を出してしまった。


「サァヨオオオオ!!!!」


 私は忘れていた。私の八割当たる悪い予感のことを。


 探し始めていた当初からその予感はあったのだ。何故かパスポートは無いし、お金も通帳から消えてるし!


 何故気づかなかったんだと憤怒する!


 私は怒りに身を任せ、通帳とパスポートを手に取った。


 そしてこう呟いた。


「さて、ラスベガスに行きますか」



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今こそ知ろう。消えた妻の行方を……。 加鳥このえ @guutaraEX

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