「普通」であること。

零下冷

「普通」であること。

 僕は、物心ついたときから、オーラが見えた。

 今年から高校生になったのに、まだ厨二病なのか、とか言われるかもしれない。

 そう言いたい気持ちは分かる。僕も最初は、幻覚が見えているんじゃないかと思った。自分の脳が壊れたのではないか、と少し焦ったりもした。

 それでもやっぱり、見えるんだ。見えてしまうものは、仕方がない。

 もしかしたら、羨ましい、なんてことを考えている人がいるかもしれない。しかし、夢を壊すようで悪いけれど、この能力に関して、これといって便利なことは無い。むしろ邪魔なくらいだ。

 例をあげるとするならば、人と関わるとき、その人の内面がなんとなく分かってしまう。これだけ聞けば、大したことが無いように思えるかもしれない。

 しかし、よく考えてみてほしい。いつも優しい母親のオーラが暗く淀んでいたとき、どう思うだろうか。きっと、こんな能力なければよかった、と後悔するだろう。

 大半の人間は、母親を天使か何かと勘違いしているようだが、それは間違いである。母親だって所詮は人間なのだ、闇の一つや二つ抱えている。僕はこれを、物心ついたときから思い知らされたのだ。

 さらに、自分のオーラなんて誰が見たいだろうか。自分の、ひどく汚れているオーラなんて。僕は以前、自分のオーラを見て悲しくなってから、極力見ないようにしている。見たくなければ、見なくていい。「逃げるは恥だが役に立つ」なんてよく言ったものだ。

 ちなみに、小学二年生くらいからだろうか、僕がオーラが見えるということは隠している。もちろん、家族にも。

 理由は三つある。一つ目は、まだ僕の幻覚かもしれない可能性があるから。二つ目は、周囲の人に心配をかけたくないから。そして、三つ目は、隠していた方が「普通」で生きやすいから。

 自分、特殊能力持ってるんですよ〜、なんて言ったとして、世間からどんな目で見られるかは知れている。「普通」であるほうが生きやすいと、僕は小学校低学年にして学んだのだ。

 そういう訳で、僕には友達がいない。決して僕のせいではない。相手の闇が見えてしまい、人間不信になってしまうのだ。さらに、この能力がバレないために、できるだけ人と話さないようにしているから、仕方ない。大事なことなのでもう一度言うが、決して僕のせいではない。

 そんな、誰に対してかもわからない言い訳を一人で並べながら、僕は、今日もいつもと変わらない、つまらない通学路を歩いた。


 学校に着き、教室に入って、自分の席に座った。特に話す相手もいないので、一人で静かに先生が来るのを待つ。騒がしい喧騒が、僕の孤独感を加速させる。

 やがて、鐘が鳴り、ガラガラとスライド式の扉が開き、先生が入ってきた。

「起立」

 先生が教壇に立ったのを確認して、号令係が号令をかける。

「礼」

「「おはようございます」」

「着席」

 朝の挨拶が終わる。

「新しいクラスに慣れてきて、挨拶をしている人が少なくなってきましたね。全員、しっかりと挨拶をしてくださいね」

 先生が、小言を言う。しかし、教室のどこからも返事はない。

「今日は特に、全体への連絡はありません。委員会から、何か連絡はありますか?」

 先生は、教室を見渡す仕草をするが、先程と同じく、どこからも返事はない。

「何もありませんね。では、今日も一日頑張ってください」

「…起立」

 先生の話が終わったのを見計らって、号令係が再び号令をかける。号令係って、結構大変そうだな、と思う。

「礼」

「「ありがとうございました」」

 心なしか、さっきの挨拶よりも声が大きくなった気がする。先生の小言のおかげかもしれない。

 いつもなら、すぐにそのまま教室を出て行く先生が、今日は挨拶が終わっても残っていた。

 それに異変を感じたのか、教室の騒音のボリュームが、普段より少し下がっている。

「神寄さん。少し来てください。」

 先生が呼んだのを聞いて、クラスのほぼ全員の視線が神寄に向く。しかし、神寄はそんな視線に動じず、堂々と、悠然と、歩いていく。

 先生と神寄が教室から出たとき、ふっと緊張の糸が解けたのか、クラスがいつものように騒がしくなる。

 神寄真衣。綺麗な黒髪を、肩まで伸ばしている女子。あと、結構可愛い。しかも、学力テストでは毎回一位を取っている天才だ。

 それでも、そんな彼女がクラスから浮いているのには、理由がある。凄すぎて話しかけられないとか、そんな理由ではない。

 問題は、彼女自身にある。今日、呼び出しを食らったのも、きっとそれが原因だろう。

 彼女は、凄い。かなり多方面で、色んな分野で。でも、だからこそ、問題が起きる。

 喧嘩が、ものすごく強いのだ。彼女が負けたという噂を聞いたことが無いくらい。

 しかし、喧嘩というのは、往々にして怪我人が出る。というか、彼女と喧嘩をすれば、きっと誰でも怪我を負うだろう。そんな気がする。喧嘩する様子を見たことのない僕でさえそう思わせるほど、彼女は強い。

 でも、だからこそ、他人を怖がらせる。それ故に、人が寄り付かなくなる。

 そして、学校もただ見過ごすことはできないだろう。

 喧嘩はきっと、常識的に、一般的に考えて、良い物ではないない。そう、思う。だから今日も呼び出されたのだ。

 それでも、常識の外にいる彼女にはそんなこと関係なく、自分の道を突き進んでいる。なんとなくだけれど、それは少しかっこいいと思う。彼女を見ていると、「普通」に合わせて生きている自分が、小さく見えた。

 さて、肝心の彼女のオーラについての話だけれど、どうやって表現すればいいだろうか。とにかく、僕が初めて彼女のオーラを見たときには、本当に驚いた。

 神寄真衣、彼女のオーラは、本当に、本当に綺麗だったのだ。顔が可愛いから良く見えたとか、そんな馬鹿な錯覚はしてない。いや、たとえ錯覚でもあんな綺麗なオーラは見えないだろう。

 それくらい、闇がなかった。輝いて見えた。だから、本当に、彼女は凄いと思う。

 中学生くらいにもなれば、みんな闇を抱えている。そんな、あるはずのものが、全くもって神寄には無かった。まるで、子供のまま成長したみたいだった。まあ、中学生なんて、まだまだ子供だけれど。

 ちなみに、神寄は、四時間目の終わりに教室に戻ってきた。先生との話がかなり長引いたようだった。


 つまらない授業が終わり、僕は今日も帰路に着く。部活には入っていないし、もちろん一緒に帰る友達もいないので、一人で足早に帰る。

 ここで一つ豆知識。一人で通学をしていると、早歩きが得意になる。まあ、得意になったところで、僕の能力と同じくらい使い道は無いけれど。

 早く家に帰るために、人通りの少ない近道を使う。一人で帰っているのを見られるのはなんだか気恥ずかしいので、人目が少なく、かつ距離の短くなるこの道は一石二鳥なのである。


「ハイハーイ、ここは通行料五千円でーす」

 近道を歩いているとき、急に前からそんな声がした。不思議に思っていると、前にある曲がり角から、金髪の、いわゆるチンピラが出てきた。小物感の溢れ出るオーラだった。

 面倒くさいな。僕は内心でそう思いつつも、この場をどうにか対処する方法を考える。助けを呼びたいけれど、人通り少ないからなぁ、この道。

 …よし、逃げよう。

「すいません、いま学校帰りで、お金を持っていないので、別の道にします。失礼しました」

 そう丁寧に言って、後ろに立ち去ろうとする。しかし、世の中簡単にはいかないらしい。後ろから、赤髪のチンピラと緑髪のチンピラが出てきた。こちらも先程と同じく、小物感の溢れ出るオーラを纏っていた。

「いやいや、もう通ってるから。払えないなら…どうします?」

 赤髪のチンピラが金髪のチンピラに訊いた。

「金を取りに帰らせてもいいが、戻ってこない可能性もあるからな。そうだな……。俺らのストレス発散器にでもなってもらうかァ?」

 頭おかしいだろ、とか言いたくなったが、堪える。

 …うわぁ、どうしよう。かなり面倒くさいことになっている気がする。

 チンピラ達が僕をどうするか話し合っているとき、僕の後ろのチンピラ二人のさらに後ろから、声が聞こえた。

「私のクラスメイトに、何やってんだぁぁぁ!」

 ごん、べちん、と。そんな音と共に、神寄が現れた。ちなみに登場時に、二人のチンピラを殴って気絶させていた。

「もう、大丈夫だよ」

 そう言って、神寄は、金髪の顔面もぶん殴った。この時の神寄のオーラの動きが、また普通ではなく、異端だった。

 オーラというのは流動的で、常に動いているのだけれど、神寄はその流れを、おそらく無意識的に操り、殴る拳に集約させていた。

 確かに、普通の人でも、多少は力を入れた箇所にオーラが集まることはある。が、神寄はそれとはまるで違った。

 他の箇所のオーラを極限まで薄め、圧倒的に力を入れた箇所に集約出来ていたのだ。オーラが見える自分でも、ここまでやったことは無い。いや、できないと思う。

 天才だからできるのか、できるから天才なのか。そんなこと、考えたところで分からないけれど。

 ぼかん、という鈍い音が、狭い路地に響いた。

 とても、かっこよかった。

 自分が助けられたことも相まって、彼女がヒーローのような、なにか素晴らしいものに見えてしまった。

「怪我は無い?」

 本当に、ヒーローみたいだ。

「無いよ。ありがとう」

「良かった」

 …会話が詰まった。あまり親しいわけでもないので、結構気まずい。

「今日、呼び出されてたじゃん。あれ、なんだったの?」

 話題がなかったので、気になっていたことを訊いてみた。

「あー……。昨日、絡んできた奴らを一掃したんだけど、そいつらが学校に来てね。謝って欲しいって」

「なんだそれ。自分から喧嘩売ったくせに、かっこ悪い」

「ほんと、そうだよねぇ。ときに……あれ、君の名前、なんだっけ」

「侑見だよ。侑見紫音。」

「失礼失礼。じゃあ、ときに侑見くん。「普通」ってなんだと思う?」

 …訳の分からない質問だった。普通とは、何か。うーん、結構難しいな。僕は普段から極力普通の人間になろうとしているにも関わらず、普通とは何か、まるで見えていなかった。

「よく分からない。けど、普通なんて、人それぞれじゃないか?」

 分かってないのに、適当に言ってみる。

「…うん。そうだよね、うん、ありがとう。」

 何度か頷いた後、急に、感謝された。

「えっと…どういうことだ?質問の意図がよく分からない」

「そうだよね。ごめんごめん。今日呼び出されたとき、先生に、頼むから普通になってくれって言われたんだよ。だから、訊いてみた。でも、やっぱり普通って、人それぞれだよね。君に訊いて良かったよ。私はこれからも、私の普通で生きていく」

 そう言って、何かを決心したようだった。適当に言ってしまったので、申し訳ない気持ちになってくる…が、もう遅かった。

 どうしてだろう、神寄にも、先生にも悪いことをした気がする。悪事に加担してしまったような…。

 まあ、良いか。神寄が幸せそうだし。それが一番だ。神寄の笑顔は、なんだか見てるだけで気分がいい。

……そうやって、僕は現実から目を逸らした。


 次の日から、僕と神寄は、はぐれもの同士で学校で話すようになり、いつからか通学も一緒にするような仲になっていた。(ちなみに神寄も帰宅部だった)

 神寄と過ごす日々は、本当に楽しかった。非日常が日常で、わくわくした。

 学校の休み時間だけでは放課後や休日にも会うようになった。

 近所の山を探検したり、廃墟の中に入ってみたり、秘密基地を作ったり。

 子供っぽい遊びばかりだけれど、神寄と一緒なら楽しかった。

 何より、神寄の闇のないオーラのおかげで、かなり人間不信だった僕でも、余計なことを考えずに楽しく話すことができた。

 もしかしたら僕は、神寄に恋をしてしまったのかもしれない。まあ、今まで女性と話す機会ががなかったから、錯覚をしているだけかもしれないけれど。しかし、これについては神寄には言うつもりはない。神寄にはそんなつもりはないと思うから。そして、ここからは僕の勝手な感情だけれども(そもそも恋自体が勝手な感情かもしれないけれど)、手が届かないからこそ、好きだから、という理由もあった。僕が彼女の美しさの枷になってしまうのは、嫌だった。


そして今日も、神寄と遊ぶ約束をしていた。何をするのかは全く決めていない。神寄の気分次第だ。

 僕が、あらかじめ決めた待ち合わせ場所で待っていると、時間ぴったりに神寄はやってきた。今日の私服もよく似合っている。いつも一緒にいると忘れそうになるけれど、やっぱり神寄は可愛いと思う。

「日曜日だから、歩いて海に行けるか試してみようよ」

「残念だが神寄。ここから歩いていける距離に海は無い」

 えげつない距離を歩かされそうだったので、速攻で否定すると、神寄はなぜか得意気な顔になっていた。

「ふっふっふ…。私は知っている…。この日本という国は島国。つまり、どの方向に歩いても海にたどり着くことができるのだ!」

 おおよそ学年一位の発言とは思えなかった。僕はいつもこんな人間に負けているのか。なんだか悔しいな。

 しかし、こうなった神寄はもう止められない。

「…そうか。そうかもな。じゃあ、行ってみるか」

 大変そうだが、神寄と一緒なら楽しくなるだろうと信じて、僕は承諾する。

「やったー!じゃあ、こっちの道から行ってみよう!」

 楽しそうにはしゃぐ神寄を見て、承諾して良かったな、と思う。僕って結構単純なんだな…。


「私、自分以外の人はみんなロボットかもしれないって思ったの」

歩きすぎて頭がおかしくなったらしい。可哀そうに。

「残念ながら僕はロボットじゃない。よってその仮説は正しくない」

「分かんないよ?人間だっていう記憶を植え付けられたのかも」

「そうなったら、神寄もロボットかもしれないぞ?」

「た、確かに…新発見だ!あ、でもさ、人間とロボットって何が違うんだろう?ロボットである私たちを人間と定義したのであれば、私たちは結局人間なのかな?…むーん、よく分かんなくなってきた」

 なんだか、急に哲学的になっていた。こういうことを真面目に考えられるから天才なのか?僕もよく分からなくなってきた。

 


 しかし、そんな楽しい会話が、奴らの登場によって途切れた。

 以前神寄が倒した、金髪のチンピラが現れたのだ。でも、それだけなら良かった。金髪一人だけなら、神寄が負けることは、絶対にないから。

 でも、やっぱり世の中はそう都合良くは、いかないのだ。

 チンピラの後ろから、大きな人影が現れた。

 そいつは、ただただ恐ろしかった。

 神寄のオーラと、その人間のオーラは真逆だった。神寄のオーラが、透き通るような白とするなら、その人間は、とても深い、吸い込まれるような黒だった。

 嫌な予感がした。しかし、たとえそれを伝えたところで、神寄は逃げてはくれないだろう。しかし、それでもダメ元で、提案する。

「神寄、逃げよう。あいつは、やばい」

 神寄は、驚いたような顔をした。

「私は、逃げないよ。それは、君が一番知っているでしょう?」

 やっぱり、そうなるよな。

「わかった。応援してる」

 そう伝えて、僕は神寄の後ろに下がる。意気地なし、と言われるかもしれないが、悲しいことに、僕よりも彼女の方が、圧倒的に強いのだ。邪魔になってはいけないだろう。

 神寄はすぐに、巨体に殴りかかった。もちろん、オーラを拳に集約させて。

 しかし、その拳が届く前に、神寄の顔面に、拳があった。そして直後、神寄は、顔面をぶん殴られ、動きが一瞬止まったところで、今度は腹を蹴り飛ばされ、気絶していた。一瞬だった。

 まずい。

「こいつ、結構ツラは良いよな。憂さ晴らしに、一発ヤるか」

 金髪のチンピラが、そんなことを言う。

「よっしゃー!俺最初がいいっす!」

「は?お前は最後だろ。まずは、今日のMVPの黒鉄さんからだろ」

「分かりましたよう…でもせめて二番目…!」

「いや、二番目は俺」

「えーっ!ずるいっすよ〜」

 まずい。

「そういえば、後ろのガキはどうします?」

 まずい。

「そうだな…。今日は気分がいい。この女を置いて行くなら見逃してやってもいいぞ」

 まずい。

 神寄のように、オーラを集約できれば、こいつらを倒せるか?…いや、今までの人生で全く使えなかったのに、急にできる訳がないか。

 神寄を、置いて行くべきだろうか。

 きっと、それが一番楽だ。そうすれば、僕は傷つかない。

 ……いや、本当か?神寄が犯されて、僕は本当に何も思わないのか?

 いや、やっぱり、違う。

 覚悟を、決めないと。

 僕は、もう見たくもなかった自分のオーラと向き合った。

 僕は、足と腕にオーラを集約するイメージをする。そして、神寄ほどには出来ないけれど、オーラの流れを、制御していく。

 「………っ!!!」

 そして、飛び出した。気絶している神寄を抱え、地面を強く蹴る。後ろは振り返らない。怖いから。

 あの日、助けられた借りを、返す番だ。


 僕は、しばらく走り続けた。火事場の馬鹿力か、オーラのおかげか、かなり長い間走れていたと思う。走っている間、すれ違う人から変な目で見られていた気がしたけれど、そんなこと、気にならなかった。


 気がつくと、見たことのない川辺に着いていた。

 もう、流石に追ってこないと思う。だから、神寄を寝かせ、僕もその隣に座る。そのまま寝てしまいたいくらい疲れていたけれど、まだ安心はできないから、上半身は起こしたままだ。

 この後のことを考える。

 ……どうやって帰ろう。

 寝ている女の子、それもこんなに可愛い子を抱えて電車に乗るわけにもいかないだろう。絶対に通報される。でも、タクシーなんて呼べるお金はない。…徒歩で帰るか?うーん。

 しばらく考えていると、神寄が起きた。

起きて、泣いていた。

「侑見くん、私、負けたよ」

 そこにいつもの自信はなく、悲しげな声だった。それに対して、僕は何も返事ができなかった。

「あはは、痛いな。痛くて、つらい。こんなの、初めてだよ」

 神寄は、そう言って、笑った。神寄のオーラには、今までなかったようなものが、たくさん渦巻いていて、もう透き通ってはおらず、「普通」だった。


 少し経って、神寄が泣き止んでから、僕達はスマホで近くの駅を検索して、電車で帰った。


 次の日、神寄は元気に戻っていた。顔に、少しアザがあったけれど。

 神寄のオーラは、昨日から変わらず、「普通」のままだった。

 それが、なんだか気持ち悪くて、怖かった。

 神寄に話しかけられても、別の人と話しているみたいだった。

 神寄が変化していくのは自由だし、僕にはその変化を止める権利はない。分かっている。それでも、なんとなく、悲しかった。

 その後、期末テストでは、いつも学年一位だった神寄は、僕と同じくらいの、中の上くらいの順位をとっていた。

 そして、いつの間にか神寄には、何人もの友達ができていた。


 自分だけ、取り残された気分だった。

 そして、これらが全部自分のわがままだと知っているから、やっぱり悲しくなった。

 それでも、神寄との関わりを絶つことは無かった。いや、絶ちたくなかった。

 まだ、夢を見ていたかった。夢を見れる可能性を手放せなかった。


 しかし、時は経ち、僕も大人になっていく。

 やがて、自分勝手だけれども、僕は、「普通」の神寄に慣れてきて、結局、また、彼女に恋をした。おそらく、二回目の恋だった。

「普通」の、神寄に 。

 同じようで、違う恋。


 しばらくして、告白もした。

 神寄は、笑顔で承諾してくれた。


 その頃、僕にはオーラが見えなくなっていた。

 しかし、それで良かったのだろうと、思う。

 そう、思いたい。


 こうして、また一人、「普通」になり、「大人」になっていく。

 こんな「普通」も悪くない。そう、錯覚していく。

 昔の僕等なら、それを嫌い、蔑んでいただろう。

 でも、今はもう、そう思わない。

 「普通」を愛し、「普通」を守り抜く。


 僕たちは、僕たちの「普通」で生きていく。

 そう、決めたんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

「普通」であること。 零下冷 @reikarei

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る