〜破邪の剣の舞姫〜 時を越えて。6

夜が明ける少し前の事。


『サクラ、サクラ。起きるのよ!』



ペチペチと私の頰を軽く叩きながら、小声で私を起こす花月。



ん~~。どうしたの?


私疲れててまだ眠いよ。



『おはよう……花月。どうしたの? まだ朝にもなって無いよ……。』



『なに呑気な事言ってんの!? さっさと逃げるわよ!』



『えっ? 何で??』


『このままここにいたら危険かもしれないよ。』



『でも斑鳩は良い人だよ? それに小山の人は危害を加えないって言ってたじゃない。

だからここに留まっていてももう大丈夫だって。』



『ったくアンタって子は。

お連れしろって命令が来てるんでしょ?

きっと、アンタに何らかの利用価値が有って、ほいほいとついて行ったら監禁されるかもしれないよ!?』



『私にそんな利用価値なんて有るのかなぁ……。』



『詳しい話はここを出てからだよっ!

アタシは昨日のアンタが光より現れたって話と須賀の宮司の話でピンと来たけどね。』



確かに斑鳩も、やはり其方がとか言ってたっけ。


それと何か関係が有るのかなぁ。



『いい? アタシは夜の内に屋敷を調べたんだけど、やっぱりおかしい。

こんな小さい屋敷の癖に有り得ない数の護衛が続々と集まって来ている。

さっき屋敷の外も調べてたけど、外の至る所にも見張りの者達がいるんだよ。

アタシ達が来た時には一人としていなかったのにね。』



それって、まさか!



『斑鳩は私達を捕まえようとしてる!?』



『そう言う事さ。それにあの斑鳩ってのは多分何かを隠してる感じだね。』



『何かを?』



『話は後だよ!

今はそれどころじゃ無いよ!』



『わ、分かったわ。

直ぐに支度する。』




そして警備の目を掻い潜り私と花月はひっそりと屋敷を抜け出そうとした。



その時。



『誰かーー! 二人がおらぬぞ!!』



『いたぞーー! あそこじゃあ!』




見つかった!



『しまった! サクラっ! 早く逃げるわよっ!』



『うんっ!』




私達は間一髪、斑鳩の屋敷から脱出した。



おびただしい数の松明の光が私達を探している。




『アイツら油断してたね?

この時間に脱出して正解だよ!』



『でも、これから何処へ向かうの?』



『まあ、任せておきなって!

さあ、行くよ!!』



そうして私達は、外の見張りも上手く巻いて、必死に北へと逃げた。






その頃、私達が屋敷から逃げた事で斑鳩の屋敷では騒ぎになっていた。




『何っ!? サクラと花月が逃げただと!?』



『はっ!!

寝所から抜け出し、北の方へ逃げたとの事に御座います。』



『何をしておったのだ! あれだけの人数がいながら!』



『もっ、申し訳御座いません。』



『で、北へ逃げたのだな?』



『はっ、間違い有りません。

既に追手は差し向けております。』



『もう良いっ! 必ず見つけ出すのだ!

そして二人とは接触せずに影ながら守るのだ。

それから決して危害を加えてはならぬ。

危害を加えた者にはそれ相応の厳罰が有ると思えっ!よいなっ!

見つかり次第、私に報告するのだ!』



『はっ!!』



『全く……。しかし北か。

奴等も間者を放っているだろう。

きっとサクラ達の動きは掴んでいるだろうな……。

無事でいてくれ……。』




斑鳩は祈る様に夜空を見上げていた。



本当に、この人は一体何者なのだろう……。




その頃、私達は宇都宮へ向かっていた。



普通に行けば半日も有れば着くらしいが、追手の目をかいくがる為に、かなり遠回りのルートを歩いたから、一日以上は掛かかる。



宇都宮か……。



私の時代では、この栃木県では一番大きな街だったなぁ。



それにしても、小山も宇都宮も元は領主の名前が由来だったのね。




『でも花月、何で宇都宮に行くの?』



『いい? 今、小山と宇都宮は仲が悪いのよ。

だから奴等も宇都宮領の奥深くまでは追っては来られないはずよ。』



『そうなんだ。でも何で仲が悪いの?』



『鎌倉の公方様、まあ関東の足利義満様みたいなものね。

その人が両者にこの下野国の守護だと言ってるらしいの。だから仲が悪いのよ。

まーー、もともと小山が守護で宇都宮が国司、それに其々が武士団だから仲は良くなかったらしいけどね。』

※守護、室町幕府から任命された、その国の軍事指揮官、行政官。

※国司、朝廷から任命された、その国の軍事指揮官、行政官。この時代では形式上のものになっていた。



『ふーーん。でも何でそんな事するんだろ?』



『分からない? 巨大な武士団は公方様には脅威となる。だから違いに牽制させて力を削ごうとしてるのよ。

これは隣の常陸国でも起きてるらしいわ。』



現代にもある政治抗争や権力闘争ね。


いつの時代も変わらないなぁ。




『あとね、アンタのその剣。それの秘密も解明出来るかもしれない!』



『えっ! この剣の?』



『斑鳩の屋敷を抜け出すとき言ったじゃない。

アタシの見立てじゃ、アンタの言ってた話によると、アンタはあの伝説の須佐之男命の巫女、破邪の剣の舞姫だよ!

そして、その剣は破邪の剣に間違い無い!

まあ、だから小山の連中もアンタの事を狙っていたんだろうね。』



『破邪の剣? 舞姫??』



『アタシも詳しくは分からないけど、破邪の剣ってのは須佐之男命が天照大神に献上し、ニニギノミコトが受け継ぎこの地上に降臨した。

その後、崇神の帝が子の豊城入彦とよきいりひこのみことに託し、その破邪の剣の力をもって東国を治めたって伝説よ。』

※ニニギノミコト、天照大神の孫。

※崇神の帝 、第10代天皇。

※豊城入彦命、崇神天皇の王子。



『何だかちんぷんかんぷんね。』



『ったくアンタって子は。

まーー、その豊城入彦命が二荒山の社に祀られてるのよ。

そして、藤原秀郷ふじわらのひでさとが平将門を倒す時に、二荒山ふたあらさんの社で神となった豊城入彦命から賜った霊剣が破邪の剣よ。

そして、将門を撃った後に秀郷は小山の須賀の社に破邪の剣を納めた。』

※二荒山の社、現在の栃木県宇都宮市及び栃木県日光市に有る神社。

※藤原秀郷、小山氏の先祖。

※平将門、関東を制圧し、大きな反乱を起こした人物。



『えっ!あの平将門の乱って破邪の剣の力で鎮圧したの?』



これ、そんな凄い剣なの?



『そう。破邪の剣に選ばれし者こそが、破邪の剣の舞姫よ。

きっとアンタの事ね……。

破邪の剣とその力を扱える唯一の存在である剣の舞姫。

舞姫の思い願う事を剣が叶えると言われてるの。』



『だから、斑鳩や小山の人達は私の事を。』



『そーー言う事さ。

アンタさえ手元に居れば小山は永遠に安泰だからね。

逆に小山の敵の手に落ちれば自分達が危うくなる。

だから是が非でも捕らえたいんだろうね。』



何だか悲しいな。


斑鳩も結局は破邪の剣の舞姫の力が欲しいだけなのか……。



『そして二荒山の社に何かあると思うのよね。

アンタ、須佐之男命にも会ったって言ってたじゃない??

だからもし豊城入彦命とも会う事が出来れば、何か分かる筈よ。』



『そんな簡単に会えるのかなぁ。

それに力の秘密が分かった所で私には……。』



『なぁ~~に言ってるのよ! 破邪の剣は舞姫の願いを叶えるって言ってるでしょ??

だから、その力を使う方法さえ分かればアンタは未来に帰れるでしょ!』



『みっ、未来へ?』



花月はそこまで考えてくれているんだ。



『有難う。見ず知らずの私の為に……。』



『何を今更言ってんだい?

アンタは何だか放っておけないし、目が離せないしね。』



『本当に有難う。』



『アタシはね……。

妹がいたんだ。

だけどね、小さい頃に戦で両親と妹皆んな殺されたんだよ。』



『えっ!!??』



『その後、アタシは死にかけてる所をとある寺の悪僧に拾われてね。

そのまま尼寺へ入れられたんだけど、どうも性に合わなくてねぇ。

アタシはお経よりも、悪僧に薙刀を教えて貰うのが楽しくてさ。

毎日の様に悪僧の所に通って、この薙刀を学んだのさ。

んで、三年ちょっと前にその尼寺を夜な夜なひっそりと抜け出して来て、今は放浪の旅をしているのさ。』

※悪僧、武装して寺を守ったり、戦に協力して暴れた僧侶の事。僧兵とも言う。悪は悪いの意味では無く、強いの意味。



『花月にそんな過去があったのね……。』


私の時代では考えられない程の残酷な過去が有ったんだ。



『そんな時、アンタに会ったのさ。』



『そうだったんだ。』



『なんかさ、始めて会った時からアンタが妹と重なって見えちまってさ。

生きていりゃ年も同じ位だろうし、その何故か放っておけない所もね。』



『そっか……。』



『ただ単にアタシがアンタを妹に重ねてるだけなんだろうけど、アンタはもうアタシの大切な仲間だ。

アンタが未来へ帰れる様に力になるよ。』



『有難う、花月……。』






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