〜破邪の剣の舞姫〜 時を越えて。5
そうして、私達は追っ手を巻いて、北へと逃げて行った。
いつの間にか、辺りもすっかりと暗くなった。
真円を描く月が、青い光を放って私達を優しく照らしている。
『綺麗な満月ね……。』
『ん? 何か言ったかい??』
『うん、満月が綺麗だなって。』
『なーーに呑気な事を言ってるんだい!
しかし参ったねぇ、こりゃ。』
その女の人は、ぽりぽりと頭を掻きながら呟く。
『どうしたの??』
『本当なら日が沈む前には小山の地を出たかったんだけどね。
だけど、こんな暗い時間にうろつくのはかえって危険だからねぇ。
かと言って、あの感じじゃ小山の連中も諦めた訳じゃ無いだろうし……。』
『ど、どうするの??』
『まあ仕方ないね。こんな時間をうろついてるよりはマシかね。
この辺りに身を潜めますか。』
『え? 宿に泊まったら見つかっちゃうよ!』
『何言ってんだい? 宿になんか泊まらないよっ!
それにこんな遅くに宿なんてやってるもんかい!
この辺りの近くの寺や神社の境内を間借りするに決まってるじゃ無いかっ!』
どうやらこの時代の治安は私の居た時代よりも非常に悪く、夜は強盗にあったり、最悪の場合だと殺されるらしい。
だからその女の人も夜に動くのは危険と判断して、この辺りに身を潜めようと考えたらしい。
そして宿も強盗に襲われない為に夕方には店は閉まるらしい。
『そ、そうよね。』
しかし境内を間借りかぁ……。
色々有り過ぎて疲れたから、布団でゆっくり休みたかったなぁ。
『おっ! 言ってる側からあそこに神社があるじゃない! 今夜はあそこにしようね。』
仕方が無いなぁ、と私が渋々とした顔をしていた時だった。
『こんな夜更に何をしているのだ??』
急に背後から声を掛けられた。
『おいおい、どうしたのだ?
こんな夜更けに、女二人だけなど危ないぞ。』
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そこには青い衣を纏い、月の青白い光が逆光になっていても分かる程の深い蒼色の髪をざんぐり頭にして襟足を結んで、少し垂れ目の透き通った川河の様な真っ青な瞳の男の人が立っていた。
それに、全く気配を感じなかった。
一体何者??
きっとこの人、只者じゃ無い。
私は一瞬で警戒感を覚えて半身の構えをする。
『……アンタ、誰だい?』
その女の人も警戒しつつ声をかけた。
刀を差しているその格好は、間違いなく武士。
昼間の武士達よりも私にも分かる位に良い物を羽織っている。
察するに、小山の身分の高い武士。
敵……なの??
でも、何故か敵とは違う気がする。
それに、何て格好良い人なんだろう。
私はその余りに美しい容姿に、見惚れてしまっていた。
その女の人と同じく、この人を取り巻く周りの空気までもが優しく綺麗……。
『なになに、怪しい者では無い! この様な時間に危ないと心配して声を掛けただけだ。』
『……心配には及ばないよ。
アタシ達は急いでるんだ、さっさと消えてくれないかい??』
その女の人は、いつ斬り掛かられても良い様に前に出て、私を庇う様にジワジワと間合いを取る。
『アンタ、油断するんじゃ無いよ……。』
小声で私に話かける。
『う、うん。』
その時だった。
グルルルルルルルルゥゥゥ~……。
私のお腹が鳴ってしまった。
『ははは!お主、腹が空いているのかっ!』
……は、恥ずかしい。
私って……。
緊張感無いのかな……?
恥ずかしくて顔が真っ赤になってしまった。
『アンタって子は……。
でもこの時間にやってる店なんて無いからねぇ。』
その女の人は呆れた顔で私に振り向く。
私のお腹の音で、殺伐としたその場の空気は何処かへ飛んで行ってしまった。
『どうだ? 私の屋敷に来ないか?? 飯も寝床を出そう。』
お布団っ!それにご飯まで!
私は急に目をきらきらと輝かせた。
『ねぇ、どうするの?
ご飯とお布団だよ??』
私は聞こえない様に耳元に小声で話しかける。
『アンタ何言ってんだい!
こんな奴を信用なんて出来るかい! 今さっき会った男だよ?
それにあの身なりは間違い無く小山の武士だ。』
ご飯とお布団はともかく、何かこの人、悪い人には見えないんだよね。
『多分大丈夫よ。悪い人には見えないし。』
『アンタねぇ。能天気過ぎるよ……。』
『何をごにょごにょと話しておる。
そう警戒するな。何も聞かぬし、誰にも喋らぬ。それに事情があるにせよ、とにかく夜は危険だ。』
グルルルルルゥゥゥ~~……。
またお腹が鳴ってしまった……。
『アンタねぇ……。』
『あ、あはは……。』
『う~ん。どうやらこの子のお腹が駄目な様ね。
仕方が無いね……。分かったわ、案内して。』
その女の人は呆れた様子で私を見た。
そして歩いて直ぐに屋敷に着いた。
案内された部屋は豪華とは言えない質素な屋敷だった。
『今、膳の支度をさせよう。まあ、何も無いがくつろいでくれ。』
『有難う。』
『そう言えば、まだ名を名乗って無かったな。私は
あっ!
私達も一日中バタバタしてて自己紹介もしてなかった!
二人で顔を見合わせて、笑ってしまった。
『そう言えばアタシ達も自己紹介がまだだったねぇ。
アタシは
『私はサクラ、如月サクラよ。』
『何だ、お主らも今自己紹介したのか?
変わっておるな。』
『成り行きで知り合ったばかりなのよ。でも花月のお陰で助かったわ、有難う。』
『いいさって。
アタシは目の離せないアンタが何だか気に入ったのさ。
それよりもアンタ、苗字があるんだね?
何処かの良い所の武家の娘かい?』
『えっ? 武道の道場はやってるけど普通の一般人の家だよ?
それに苗字なんて皆んな有るでしょ?』
『はぁ? 何言ってんだい?
アンタさぁ、そもそも苗字が有る事自体が珍しいのよ?』
『そっか、この時代ってそうなんだ。
私の時代は当たり前だったから。』
『ん?? ち、ちょっと待て!
私の時代とは何なのだ??』
しまった!
ついポロっと言ってしまった。
『あ、あはは……。』
『そう言やアンタ、確か昼間も今は何年とか聞いてたよね?』
花月は何を隠している? と言わんばかりに私の方をじぃーーっと見つめる。
『あはは……。』
『サクラ、お主は年号を知らぬのか?』
斑鳩も興味深々な顔をして私を見つめる。
んーー。
まあ、仕方が無いか。
花月には命を助けて貰ったし、斑鳩にもこうして匿って貰ってるし。
『え、えっとね。あの、驚かないで聞いてね。
もしかしたら信じて貰えなかったり、怪しい子だと思われるかもしれないけど……。』
そんな私の言葉はお構い無しに、斑鳩と花月は二人揃って興味深々な眼差しで、身を乗り出す様に私を見つめて聞いている。
『あのね、私ね……。
この時代の人間じゃ無いの。
ここから何百年も未来のこの小山の地からやって来たの……。』
『『なっ、何百年も未来から!?』』
二人は目を丸くして驚いた。
『何故だ? 自分の意思でやって来たのか?』
斑鳩は急に冷静な顔をして質問して来る。
『違うの。学校帰りに城山公え……、いや、小山のお城にいたら急にこの時代に飛ばされたの。』
危ない危ない。
多分、斑鳩は小山の家来。
お城が公園になったなんて言ったら、それは小山氏が滅んだと分かってしまう。
それを知ったら、きっと小山が滅ばない様な行動をしてしまうだろう。
それはつまり歴史を変えてしまうかもしれないと言う事。
変わってしまったら、生きるべき人が死に、死ぬべき人が生き、未来に居る隆くんや華子やお姉ちゃん達の存在にも影響するかもしれない。
『そうか。それでちんぷんかんぷんだった訳ね。』
花月も思った通りだと言う顔をして、天井を見上げる。
『そうか。そう言えば昼間、小山の家中が大慌てしていたな。
祇園の城に光と共に謎の娘が現れたとな。
やはり、其方だったか。』
『……!』
私は咄嗟に警戒して剣に手をかける!
『サクラ、其方が……。』
『斑鳩! アンタやはり初めから……!』
花月も立て掛けていた薙刀を取り、斑鳩の首元に刃を向ける。
やはり斑鳩は私達を差し出す気なの!?
『おっ、おい! 心配するな!! 大丈夫だ。私は何もせぬよ。
それに私の聞いた話では危害を加えずに、お連れしろとの事だぞ?』
『アタシはサクラが須賀の社から命からがら逃げて来た後に出会ってるんだよ?
じゃあ何で斬りかかって来るのさ? アタシ達は殺される所だったのよ?』
『上の方達は、家中の者達がサクラを斬ろうとして須賀の社に攻めいった時に、その場で須賀の宮司殿からサクラの話を聞いてからは、決して危害を加えるなとの命が間違い無く、その場で即刻下している筈だぞ?』
『でも、その後に私達に切り掛かって来たのは間違いないのよ!?』
『んーー。家臣達に私の命が行き届いていないのか……?』
『アンタ、何をぼそぼそと喋ってんだい!』
『ん!? あ、ああ……、何でも無い。』
『あっ! そう言えば!!』
『サクラ、どうしたんだい!?』
『そう言えば、あの時先に斬り掛かったのって花月だった様な……。』
『えっ!? あ、ああ……。
でもあの状況じゃあ仕方ないじゃない!』
花月はバツが悪そうな顔をして薙刀を収めるとポリポリと頭を掻く。
『ちょっと待って! アンタが小山の武士を背負い投げしたのが事の発端じゃないか!
それにアンタだってアタシの後に斬り掛かったじゃん!』
『あ、あはは……。
そうだったよね。
この時代に来た時からずっと襲われてし、それにおばあちゃんが可哀想で、あの時は無我夢中で。』
『アタシだって同じよ!
アンタを助ける為に必死だったのよ!』
『ご、ごめんなさい。それに有難う。』
『まあ、終わった事だ。
それに、丁重にお連れする命が下っておるのだし、誰も二人を咎めはしないだろう。
どうやら二人には大変な思いをさせてしまった様だな。』
『え? どうしたの?
斑鳩が悪い訳じゃないよ?』
『あ、ああ。
多分手違いか何かであったのだろう。
それよりも膳の支度が出来た様だ。
腹が減っておるのだろう?
さあ、遠慮無く食べるのだ。』
そうして、質素だが添加物の無い自然の味がする美味しいご飯を頂いた。
私が美味しそうに食べる姿を斑鳩が見つめていた。
『……?? な、何??』
私が視線に気が付くと、斑鳩は顔を背けた。
『い、嫌……。
何でも無い。』
『アンタ、食べないならこれアタシが貰うよ?』
『あーー! 駄目だって!
最後に取っておいたんだからっ!』
『では、私はこれで失礼する。
二人共、御ゆるりと休まれよ。』
そうして斑鳩は席をたった。
少し廊下を歩いて、足を止める。
『しかし、本当に現れるとはな……。』
『失礼致します……。』
『うむ。
待っておったぞ。
して、どうだったのだ?』
『本日の騒動の件に御座います。』
『ああ。』
『どうやら、家中の者が婆を無下に扱った為に、婆を助けようとしての騒動に御座いまする。』
『そうか、ご苦労で有った。
サクラの申した通りだな。
殿にもその旨、申し伝えよ。
そして、家中の者達に罰は与えんが厳重に注意を促せ。』
『はっ、ではこれにて……。』
そうして斑鳩は一人夜空を眺める。
『如月サクラ……か。
まさか、本当に現れるとはな。
そして、私がずっと思い描いていた破邪の剣の舞姫そのものだ……。』
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