第2話 黒と白のフォレスト
「ど、何処だよ……ここは」
思わず口に出る言葉こそ、今俺の頭にあった思いだった。
目が覚め、視界に映るのは風で揺れ動く葉の無い木々と星一つ見えない真っ暗な空。しかしそんなそれであるにも関わらず視界はクリーンに映っている。
思わず立ち上がって周りを見渡すとそこはまるで死んだように不気味な雰囲気を醸し出す森が広がっていた。
「オカシイ、さっまで住宅街にいたはずだ。なんでこんな事に―――」
気がどうにかなりそうだ。明らかに木々は枯れ、栄養の無さそうな灰色の地面には俺の膝まであろう大きさの草が辺り一面に伸びている。だが、そこに居るであろう虫の生物の気配は感じず、物音は一つも聞き取る事が出来なず風で揺れる木々の音が不気味な森の中で響くのみ。そしてその目に映るすべてはモノクロであり、白と黒の世界だと言う事を実感させて来る。ふと連絡手段を持っていた事を思い出し懐から今時珍しいが耐久性に優れる愛用のガラパゴス携帯を取り出す。しかし肝心の携帯も機動させることが出来ず画面は真っ黒、まるで壊れているかの如くウンともスンとも反応する事は無かった。
正直なところ俺の目に映る世界はあまりにも異質だ。こんな非現実的な事、現実に存在するだなんて目の前にしてなお信じられない。それにそんな場所に一瞬で移動するだなんて、まるで俺自身が神隠しにでもあったみたいに――――って。
「……よく考えたら神隠しの経験あったな、俺」
そういえば一昨年ぐらいに1人で富士の樹海当たりに旅行に行って森深く入った途端、意識が混濁して気付いたら何故か家にいたな……
「ふぅー、ハァ~」
大きく呼吸をして気分を落ち着かせ周りを改めて見渡す。
確かに異質な空間ではある。暗いはずなのに何故か明るく、視界に困る事はない。が、そんな状態であるにも関わらず森の奥を見通そうとするが暗闇が邪魔していて見えない。明らかに見えるのに見えないと言う矛盾が生じている、コレは超常現象だ。……写真とかに残して専門雑誌の担当者に送り付けたら喜ぶかな?
「ってそんな事をしている暇はない、早く脱出して帰らなければ」
それにこういう状況の十八番と言ったら突如現れる敵対心むき出しの異形の者達だ。おれのみたいなただのモブが出会っても主人公補正など働かず無慈悲にもお陀仏しかねない。ッチ、せめてイケメンとしいて生まれておけばご都合主義が働いたかもしれないってのに―――
――――――ガサッ―――――
「ッ!」
確かに今、音がした。
「‥‥‥‥」
後ろの方から聞こえたそれは確かに俺の耳へと異常が起こった事を告げている。
まさか本当に異形の者が来たのか。心臓が鷲掴みにされ、ドクドクと鼓動が耳の奥で響かせ続ける。久しぶりに感じる死への恐怖。額に汗が溜まるの感じ体全体から鳥肌が立って行くのを感じながらも音の正体を確認するべく恐る恐る後ろを振り返る。
「……み、道?」
振り返った先に見えるには道だ。先ほど確認した時にはなかった獣道が森の奥へと続く。そしてそのを照らすように道の近くにある木々へと雑に設置されている火の光により光源の役割を果たすランタンがモノクロ世界の中を優しく照らしてくれているのだった。
「‥‥…ハッ、ハハ」
これは明らかに誘導されているな。
口には出せなかったが一目で分かる事だろう。何者かが俺を何処かへと導いている。死への恐怖は無くなったが今度は未知への恐怖が湧きたち、思わず腰が引けそうになるがここは根性で我慢。何者かは分からない。が、しかし。俺に何か用があり、何処かへと誘導したいと言う考えだろう。でなければそんな超常が起こせる人間が態々灯りで照らした道を作るだなんて回りくどい手、使うはずが無い。さっさと俺の目の前に現れたりなんなりして事を済ませていたはずだ。まぁ、この道の先が世に言うモンスタートラップ的な何かだったりして、俺を何かしらの特殊な手段で殺害なり拷問がしたいと言う考えもあるかもしれないが今行動を起こさないと現状の把握が出来ないのも確かだ。それに少なくともこの場所で立ち止まり考えを巡らせるよりも状況は動くだろう。それがいい方向か悪い方向かは文字道理神のみぞ知るって感じではあるがな。
「……ッ」
ゆっくりとそして慎重に俺は森の奥へと続く獣道を進んだ。その途中なるべく道から逸れず、草むらへと足が行かないように注意する事も忘れない。
道は思ったよりも長く、平坦な道が奥へ奥へと続いて行った。不気味な森も奥へ奥へと続いており、相変わらず空にはマジックなどで塗りつぶしたかの如く何も見えない暗闇が見えるばかり。その後、体感一時間ぐらい歩いた頃であろうか、ふと後ろの様子が気になり振り返る。そこには先ほどまで通って来た道があるだけで何も変化はない。
「っほ」
何だか、ホッとした。さっきみちあに景色がまた変わっている事にでもなったら俺はどうしたらいいか分からないからな。目線はそのまま、汗を拭うが何か違和感が――――あ。
「そういえばこの腕輪、結局何なんだろうか」
朽ち果てて今にも壊れそうな程ボロボロな腕輪。錆びだらけではあるものの如何にも歴史のある高そうな物だった雰囲気は伺える。もしかしたらこの腕輪を身に着けた事が原因だったりしてな……
「冗談とも言えないのが怖いよな」
アハハと空笑いを浮かべながら先へ進むべくもう一度、今度は進行方向へと振り返る。そして、目の前の景色は―――変化していた。
「……」
声が出ない。さっきまで俺は不気味な森の中を突然できた獣道に沿って移動していたはずだ。だけど俺の目の前にはそんな獣道どこにもなく軽く整備されているだろう砂利道のみ。それに加え、その道が続く先は何やら不気味な建物が存在していた。
古ぼけた木材で出来た壁に侵食するかのように茨状の蔦が建物を全体を包み込みこんでおり、この一時間ほど見る事が無かった綺麗な緑色をした葉をこれでもかと付けたまだ生きていると言える木がその建物を真ん中から屋根を破壊し貫いて存在し異質さを際立たせている。一言で例えるならば、そう。
「魔女の館かよ」
これだけなら俺は腰を抜かせ、この場で無様にも尻もち一つ付いていたと思う。しかし、今の俺にはそんな気が起きないほど目の前の魔女の館へ意識を向け続けている。
「俺は―――この建物を知っている……のか?」
見覚えがあった。どこで見たかは定かではないが何処か、現実世界の中でこの館そっくりの建物を見た気がする。特徴的な茨に大木。そしてその建物を囲むように設置された柵はボロボロで本来の役目を果たせると到底思わない。だが、その光景で際も俺は何処か既視感があった。
自然と足が館へと進む。ゆっくりと片方の扉が存在しない門を潜り、草が茫々と荒れ果てた庭を進んだ。石作りの道を軽く進みやがては館の入り口へと到着する。その扉は見た限りでボロボロ、しかし扉自体は頑丈な作りをしているようで周りにはコケや侵食した茨状の蔦に邪魔されて固く閉じられいるが見て取れた。中に人がいるのではないかと思いもしたがノブ上に積もった埃と先ほど見て取れた蔦を考えるに人がいる可能性は限りなく低いだろう。
「たしか―――」
しかし俺はそんなボロボロである戸に設置されてある妙に小綺麗なドアノッカーを手に取った。そして記憶の奥底に眠っていた朧気な記憶を頼りに一定のリズムでドアを叩く。
簡単な和文モールス。言葉だって在り来たりの合言葉だが、何故かコレだと確信があった。そしてその答えはすぐに表れる。
ゴゴゴと何か重い物が擦れる音と共に足元から明るい揺れが起きる。突然の揺れだったものだからバランスを崩し思わずドアノッカーを手に取った。扉の劣化具合から少々その耐久性に疑問があったが他に捕まれそうな場所も無いためにそのままその揺れに耐える。体感30秒ぐらいだろうか、音がしなくなるのと共に揺れが収まったを感じた。ドアノッカーから手を話し後ろへと目を向けるとそこは先ほどと違う光景が広がる。
「やっぱり、か」
振り返り先ほど歩いて来た石作りの道の方へと目を向ける、するとそこには大きな穴が開いているのが見て取れる。ご丁寧に石作りの道がそのまま階段になっているようで地下へと続く階段の先には木製のドアらしきものが確認できた。先ほどの音と揺れの正体はこの仕掛けが動く音と揺れだったのだとと考えさせられる、しかしそんな事は知っていた事なので今の所はどうでもいい。むしろこれからが大事な場面だ。確信へと変わろうとしている疑問と既視感の正体を抱え、俺はその階段を下りそしてドアを開ける。
「いらっしゃい、待ってたよ」
嗅いだことのない奇妙な薬品やお香の匂いが混じった部屋の中、店のカウンターと思わしき場所の向こう側に黒く濁った紫色のとんがり帽を被った老婆はその不気味な笑みを浮かべ、入って来た俺を見つめていた。
平凡モブと歩む暗闇の冒険劇 ~平凡は非凡を超えられないから工夫するのだ!~ 錆びたがらくたさん @sasorisu
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