耳でつながる
@ah1_ah18
全話
4月の初め講堂と校舎の間で私(音羽孝太)は依頼を受けて斉藤優を待っていた。場所は音羽が指定した。昼休み中、ほとんどというか全く人が来ないから。私は探偵のようなことをしている。と言ってもやることは、相談の延長のようなものだ。私は人見知りだから人に聞いて調査さすることはない。その代わり耳がいいのでそれを活かしいろいろな情報を調べている。平たく言うと盗み聞きだ。
コツコツと校舎の階段を降りてくる音がする。斉藤だ。この階段は昇降口から一番遠い階段で使う生徒はほとんどいないから。もっともこの音を聞き取れるのは私だけだけど。
ガチャっと校舎のドアが開く音がした。やっぱり斉藤だった。彼は春からこの学校にきた転校生。同じクラスだが話したことがない。
斉藤の依頼は昔片思いをしていた幼なじみを探して欲しいということだ。学校が始まってから二日目に机に手紙が入っているのに気づいたが書いたのが誰かはわからないらしい。手紙を見せてもらった。
「優君が同じクラスで本当にびっくりした。優君はまだ気づいてくれないの?名字変わったからしょうがないか。 えっちゃんより。」
字はすごく丁寧に書かれていて誰のものかよくわからなかった。依頼を聞いてわかったことは相手のあだ名がえっちゃんで、大阪の豊中市出身、斉藤とは小学校一年まで一緒だったということだけだった。今週中に見つけてほしいと言っていた。水曜日だからあと3日これは難しい調査になるかもしれない。
教室に戻った私はとりあえずあだ名がえっちゃんになりそうな女子を探してみた。南英津子、上田栄香、若林恵里香そして鈴木絵美の四人。いや、鈴木は附属小学校出身だから外して良い。音羽が京都の学校から転校してきた時に最初に喋ったのが鈴木だった。
部活が終わった私は疲れた体を引きずりながら南と石田恵美の会話を聞いた。えつことめぐみはバレー部のマネージャーだ。バレー部全員で一緒に帰っているし、他の人たちがまあうるさいから二人の会話を聞き取るのは多少神経を使った。えつこから何かヒントになるようなことを聞き出せればと思ったがそんなに簡単にはいかなかった。
翌日私は珍しく早く登校した。着くとえつことめぐみが話していた。
「昨日練習だれてたよね。」
これはめぐみの声だ。
「うん。特に音羽ひどかった。」
「ね!今日音羽だけダッシュ追加しようか。」
「いいね。音羽失恋でもしたのかな。」
聞いてもむかつくだけだから聞くのをやめた。この二人は私が聞こえていることがわかっていて言っている節がある。上田と若林は登校が遅いから朝はあまり収穫がなかった。
昼休み三人の中で唯一教室にいた上田の話を聞いてみた。
「英語のスピーチめんどうくさいね。何のスピーチする?」
「好きな事か好きな場所についてだよね。」
「うん。そうだったと思う。」
「うーん。じゃあ本についてかな。栄香は?」
「大阪かな。昔大阪に住んでいたから。」
1歩前進だ。
練習後えつこに聞いたらえつこは埼玉出身らしい。これで候補は上田と若林に絞られた。一応えっちゃんというあだ名が名前から来ていない可能性も考慮しなければいけないが、とりあえずはこの二人を調べればいいだろう。この日の成果はこんなものだった。
次の日音羽は若林を重点的に調べることにした。まだ情報が全くなかったから。実は私は密かに若林に想いを寄せている。若林は綺麗な顔立ちで私の好みの顔立ち、ひとめ見たときから気になっていた。だからこそ去年も同じクラスなのにまだ若林の会話を聞いたことはなかった。若林の会話を聞くと思うと少しそわそわしてしまう。
「あ、恵里香髪染めたんだ!かわいいね」
入り口の方を見ると赤みがかった茶髪に染めた若林が立っていた。女子のかわいいほどあてにならないものはないけど、若林は本当に似合っていて可愛かった。が、会話に集中しなければと自分を戒める。しかしその後もめぼしい情報は得られなかった。ただ若林の会話に一喜一憂しただけだった。
一限が終わり私はトイレへ向う。教室では深い話をすることが少ないから聞いていても成果がない。男子の目がないトイレの方がいろいろな話が聞けるのではないかと踏んだのだ。音羽にとってはトイレの向こうの会話を聞くのくらい造作もない。案の定誰かが喋りながら入ってきた。
「はー現文眠かったー。」
「うん。先生ずっと語っていたね。」
最初が上田栄香、次が若林恵里香だ。
「そういえばさーあの人まだ恵梨香のこと気付いてないの?」
「うんホント困っちゃうよね。鈍感にも程があるよ。こんなに時間立っているのに。」
急に心臓が強くなり始めた。いやまてまだ若林が幼なじみだと決まったわけではないと焦るを落ち着かせる。普通に好きな人のことを話している可能性だってある。いやそれはもっとダメじゃないか。
気付いたら音羽はトイレを出てしまっていた。そわそわしながら席に着く。一回考えを整理して落ち着こうと思ったが、どうしても私情が邪魔してやきもきしてしまった。
一限の時間50分間でなんとか心を落ち着かせた音羽は上田にターゲットを変えた。
二限は保険のグループ研究の授業。幸運なことに班員は上田、石田、斉藤だ。上田かどうかは斉藤と接する態度を見ればわかるはずだ。
「じゃあ調べるのは睡眠と持久力の関係についてでいい?」
「うんいーよー」
ということで話し合いが終わり雑談へ移行した。時間にして30秒。グループワークは必ずこんな感じ。いつも無駄な授業だと思うが。
「努さんが昼休みこいって言ってたよ。」
石田がニヤニヤしながら言ってきた。どうせ怒られるのだろう・上田が聞いてきた。
「ツトムさんって誰?」
「兄だよ。バレー部のキャプテンなの。」
「へー。斉藤くんは兄弟いるの?」
上田が聞いた。
「うん。一年2組に。ひかるって言うんだ。」
「へー。妹いるんだ。なんか意外。お兄さんっぽくないよねー。」
石田が大袈裟なリアクションで答えた。なんかいつにも増してうるさい気がする。斉藤くんがかっこいいからだろうか。石田はすごいイケメン好きだから。けど石田はかなり美人で狙った人を落とせるから一層癪に障る。
石田はともかく上田は特に変わった様子がなかった。やはり若林が斉藤の幼なじみなのだろうか。
その後も盗み聞きを続けていたが、ただ二人同時盗み聞きの技術を習得しただけだった。昼休みは努に怒られ、その後気付いたら6限まで終わってしまった。
帰りのホームルームが終わり部活の支度をしていると廊下から若林の声が聞こえてきた。電話をしているみたいだ。
「もしもしお母さんどうしたん?・・・」
「あ、けど先生行かれへん言うてはったで。」
やっぱりそうだったか。私の疑いは確信に変わった。一点だけ疑問が残るが関係ないだろう。音羽は教室にいた斉藤を連れ出した。
「やっとわかったよ。遅くなってごめん。でどうする?」
「うーん。ちょっと話したいから講堂前に呼んでくれる?」
斉藤がちょっと悩んで答えた。
「えっちゃん久しぶり。」
講堂の前から斉藤の声が聞こえてくる。
「遅いよ。保健でも同じ班だったのに。しかも音羽に教えてもらったんでしょ?」
あだ名のせいでわからなかったがそれを除けばえっちゃんは確かに石田一択だった。保健の授業中斉藤はひかると言っただけなのにそれが妹だと知っていたんだから。
「ごめんって。でもそんなことせずに教えてくれればよかったのに。」
後から聞いた話だがあだ名は昔から変態でえっちというところから来たらしい。
「だって気付いて欲しかったんだもん。おわびにさ、付き合ってよ。お願い。」
なんかこっちまでドキドキしてくる。
「もちろん。お願いします。」
「やったー。ありがと。あ、ごめん私部活行かなきゃだから。ありがと優君。」
そういえば部活だった。これ以上努に怒られたくない。音羽も体育館へ向かう。
「恵美どうだった?」
講堂と体育館の間から声が聞こえてきた。若林だ。事前にめぐみが伝えていたらしい。
「やっぱり気付いてもらえた。しかも付き合っちゃったー。
「えーいいなー。」
「音羽はまだ気付かないの?ほんとに男子は鈍感なんだから。」
そうだったのか全てが繋がった。あの京都弁を聞いた時からまさかとは思っていたけど。
気付いたら音羽は走り出していた。すぐに若林に追いつく。自分でもどうしたいのかわからなかったが若林の肩に手をかける。
「恵里香ごめん今まで気付かなくて。」
恵里香は一瞬びっくりしたようだが笑顔になって答えた。
「ほんとだよ。私はすぐ気付いたのに。」
「ごめん。すごい綺麗になってたから。」
ちょっと息継ぎをする。心臓の音が聞こえてくる。息を深く吸う。
「それでさずっと好きだったんだ。付き合ってくれませんか?」
「もちろん。ずっと待ってたんだから」
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