第10話 ルークの慰めとシルヴィアの涙② 

 真っ青なシルヴィアの表情を見てルークは彼女が勘違いしていることは察したが、あえてその勘違いを訂正する気はなかった。


 敢えて勘違いするような言い方をして、その勘違いを利用してこんなことはやめるよう説得するつもりだからだ。


 ルークは上半身裸、シルヴィアは薄いネグリジェで同衾するという状況も勘違いを補強している。



 因みに貴族令嬢は王家に嫁ぐ場合は初夜を迎えるまで必ず純潔でなければならないが、それ以外の場合は純潔であるに越したことはないけれど、婚前交渉が完全に認められていない訳ではない。

 

 結婚と妊娠の順番が少し前後するくらいは目くじらを立てるようなことではない。



 だからと言って派手に遊び回ると当然のことながらふしだらな女という噂が回るので、まともな縁談からは遠ざかる。


 男性側も不特定多数の男性と関係を持った令嬢は誰の子を孕んでいるのかという見えない恐怖に晒されることになるので、余程の事情がない限りはそんな令嬢は敬遠されるし、婚約者から婚約解消を告げられても仕方ない。


 自分の妻が産んだ血の繋がらない息子に自分の家を継がせるなんてことはあってはならない。


 貴族が結婚で最も大切にしていることは己の家の血筋を絶やさず脈々と繋げることだ。



「もう済んだことだし、気にしても仕方ないよ。これに懲りたら一人で酒場で飲むのはやめること。こんな状況なら男性に何をされていても何も文句は言えないよ」


「うう……。はい、これからはそうしますわ」


 シルヴィはぐうの音も出なかった。


「まぁ、僕にも責任の一端はあるから、シルヴィが責任を取って欲しいということであれば責任は取るからいつでも言ってね」


「……本気で仰っていますか?」


「本気、本気。僕、今付き合ってる女性はいないし、婚約者もいないから」



 そんなやり取りをしているうちにダイニングに到着する。


 シルヴィアはルークと一つのテーブルに正面で向き合うように着席する。


 テーブルには繊細な刺繡入りの真っ白なテーブルクロスが掛けられており、既に朝食が用意されている。



 バターをたっぷり使って作られた焼き立てのクロワッサンに、温かいコーンのポタージュスープ。


 レタスやリーフ類、トマトやパプリカ、紫玉ねぎなど色彩豊かに盛り付けられ、シェフ自慢の特製ドレッシングがたっぷりかかっている新鮮なサラダに、焼き加減に文句の付け所がないほど綺麗に作られたオムレツ。


 ちょっとしたデザートに食べやすい大きさにカットされたオレンジまでついている。



 どれも非常に美味しく、お腹が空いていたシルヴィアはあっという間に完食してしまった。


 食後には給仕係の使用人が紅茶を淹れたが、この紅茶も香り高く食後の一杯としてゆったりとリラックス出来るものであった。



 その後、二日酔いを改善する薬と薬を飲む為の水が用意され、シルヴィアは薬を飲んだ。



「さて。今日の予定なんだけど、今から着替えてローランズ公爵邸に行こう。勿論、シルヴィも一緒に。もう先触れは出してあるよ。ちょうどシルヴィのお父上もいらっしゃるようだから、昨夜のことも事情説明する。今から一時間後位に出発するから、そのつもりで用意してね」


「承知しましたわ」


「そうそう、昨日シルヴィが着ていたワンピースは今、我が家の使用人に洗濯してもらっているから、今すぐ着れる状態にないんだ。新品のワンピースをあげるから、それに着替えてね」


「何から何までお世話になります。有り難く頂戴しますわね」


「そもそも勝手にシルヴィを我が家に連れて来たのは僕だしね。さぁ、準備しようね」



 シルヴィアはメイドに着替えと化粧と髪型のセットを手伝ってもらい、準備が完了した。


 シルヴィアの着替えや化粧、髪型のセットをしたメイドは全部で三人いたけれど、三人とも鼻歌交じりに楽しそうに仕事をしていたのが、シルヴィアは気になった。



 シルヴィアが支度を終え、メイドの案内で玄関付近まで向かうと、既にルークはそこにいた。


「お待たせ致しました。こんな素敵なワンピースをありがとうございます」


 ワンピースは白いシフォンの生地にピンクや黄色など淡い色の糸で小さな花が沢山刺繡されている可愛らしいデザインのものだった。


「気に入ってくれた?」


「はい! とっても気に入りましたわ!」


「気に入ってもらえたのなら僕も嬉しいよ。さあ、早速出発しよう」



 こうして、二人はベレスフォード公爵邸を出発し、ローランズ公爵邸へ向かった。

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