第9話 ルークの慰めとシルヴィアの涙①

「……という感じでお酒を飲みながらシルヴィと楽しくお話をしたんだ。シルヴィは酔っていたし、酒場を出た時間も遅かったから、僕の屋敷に泊まってもらおうと思って、僕の家の馬車に乗せて、僕の屋敷まで連れてきたという訳。今いるこの部屋は、僕の屋敷の客間だよ」


 ルークから説明を受けて、シルヴィアは何となく状況を思い出した。


 因みにルークは説明しながら白いシャツを羽織ったので、もう上半身裸ではない。


(確かに一人で飲んでいたら目の覚めるような美形な男性が来て、その人と話したような……。……って私、何か変なことを彼に言ってないよね? すごく不安なんだけど……)

 

「あのぅ~…私、酔っぱらって何か変なことを言っていませんでしたか?」


「変なこと? 確かに酔っ払い特有の会話が成立しない頓珍漢なことや支離滅裂なことは言っていなかったよ」


 変なことは言っていないとのことで一安心したシルヴィアを見透かしたかのようにルークは笑顔で続けた。


「でも婚約破棄のことは僕に教えてくれたよ」


(一安心させておいて笑顔で爆弾発言するなんて腹黒い人ね……!)


「ち、因みに婚約破棄の内容を私はどこまで話していました……?」


「ほぼ全部だよ。一連の流れと君の心情。おかげさまでどういうことなのか非常によく分かった」


「そ、そうですか……」


 シルヴィアは引き攣った表情でルークに返事をし、自分がしでかしたことに頭を抱える。


(いくら酔っていたとはいえ、そんな大事なことを名前と性別以外よくわからない会ったばかりの初めましてのルークに言っちゃうなんて私は何をしているのだろう……)


「シルヴィと婚約破棄して特にこれといった取り柄のなさそうな男爵令嬢と婚約するような元婚約者のことなんてもう忘れよう。これまで頑張った分、これから先は幸せになろう。シルヴィにはその権利がある」



 ルークはそう告げてシルヴィアに優しく微笑みかける。


 先程は明らかに面白がっていることが分かる笑顔だったが、今の微笑みにはそんな気配は一切感じられなかった。


 どことなく腹黒い気配がするルークの言葉なのにシルヴィアは不覚にも泣きそうになってしまった。



 実はシルヴィアは家族や周囲の人間に弱音や愚痴を吐いたことは一度もない。



 どんなに辛いことや厳しいことがあっても、全てシルヴィア・ローランズ公爵令嬢という仮面の下に押し込んだ。


 自分は何でも完璧に出来るシルヴィア・ローランズ公爵令嬢でいなければならない。


 弱音や愚痴を吐いて失望されたくなかったからだ。



 これまでずっと心の中に溜め込んできたものは今回お酒の力でするんと表に出てきたけれど、心のどこかでは誰か理解者と慰めを求めていたのだろう。



「僕でよければそのお手伝いをするから。理不尽な思いをしながら今までよく頑張ったね」


 ルークはシルヴィアを後ろから軽く抱きしめて頭を優しくぽんぽんと撫でる。


 ルークのその言動にシルヴィアの心のダムは決壊し、綺麗な紫の瞳から涙がぽろぽろと零れ落ちる。


 シルヴィアの涙が止まるまでルークはずっとそれを続けていた。



「そろそろ泣き止んだかな? 泣き止んだなら今からダイニングに朝食を食べに行こう」


「は、はい……。ご迷惑をおかけしました」


「全然迷惑なんかじゃなかったよ。さあ、行こうか」


 ルークはさりげなくシルヴィアの腰に手を回し、エスコートする。


「あっ、そう言えば。結局、私達、俗に言う一夜の過ちをしてしまったのですか?」


「ん~、シルヴィはどっちだと思う?」


 一旦立ち止まり、ルークは小首を傾げる。


「わからないから聞いてるのです!」


「ふふっ、ベッドでのシルヴィ(の寝顔)は可愛かったなぁ」


 ルークは蠱惑的に微笑みながら告げる。


(や、やっちゃったんだ……! いくら酔っていたからと言っても何の言い訳にもならないわ)



 シルヴィアは閨事について具体的な詳細は知らず、結婚した男女が同じベッドで眠ると子供が出来るという程度の知識しかない。


 その為、ルークと同じベッドで寝ていた自分は、彼と子供が出来るようなことをしたのだと思い込んでしまった。



 因みに一夜の過ちなるものがあるのは、シルヴィアが大人の女性向けの恋愛小説でそのような描写がある作品を読んでいた為、知っている。


 ただし、詳しい描写がある作品ではなく、所謂朝チュンの描写の作品だ。

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