第肆章の伍【テロル・開闢】
「ハナ、ナナヒト君、大事な話があるの」
ユリアはそう言って、人目に付かないアジトの一角に二人を連れていき、話を切り出した。
「もうすでに気づいているとは思うけど、明後日には、ここからまた多くの人が外に出ていく」
ハナとナナヒトは何も言わず、真剣にユリアの言葉に耳を傾ける。
「教会をまた襲撃しにいくの……そして、ごめんなさい。私もそれに合わせて、外に出ていくつもりなの」
「それは、ゴダイさんの救出のためですよね? ユリアさんは、ゴダイさんのいる留置所に行くってことですよね?」ナナヒトが尋ねる。
「ええ……ゴダイが、私の代わりに捕まったのは間違いないと思う……それを、そのままにしておけるほど、私はワガママでいたくはない」
「……私たちを置いていっちゃうの?」ハナの弱々しい声。
「あなたたちを置いていくつもりはないわ……だからと言って、もちろん連れていくことも出来ない」
「ユリアさん。ユリアさんは大丈夫なんですか? 外に出ていって、無事だって保証はあるんですか?」
「……分からない。でも、行かないわけにはいかないでしょ。それに、何があるか分からないからこそ、二人には話をしようと思って……」
「意味分かんないよ!」ハナが声を上げた。「ワガママって何? 確かにそりゃあさ、確かにユリアは、ゴダイと、その、二人が仲良いってのは知ってるけど……でも、でもでもでも、何で行っちゃうの?」
「ハナ、落ち着いて」ナナヒトがなだめる。「ユリアさんの話を最後まで聞こう。何か言うとしても、その後だよ」
ユリアがそんな二人を見て、優しく微笑む。
「ありがとう。で、二人には、これからのことを話しておきたいの」
「これからのこと?」ハナが繰り返す。
「ええ。まず、今度の襲撃に合わせて、ここから大勢の人間が出ていく。多分、ほとんどの人が行くんじゃないかと思う。でね、問題は、その後にどのくらいの人がここに戻ってこれるのかってこと」ユリアが言葉を切って、二人を見る。「多分だけど、鉄の腕の彼らは、今度の襲撃に全戦力を投入すると思うの」
「全戦力……」とナナヒト。
「だから、今後このコミュニティがどれだけの規模を維持できるか分からないし、場合によっては、教会の手がここまで伸びてくることも考えられる」
「……今、見張りをやっているような人たちも出ていくから」
「ええ、そう。だから、私、考えたの。もし可能なら、このタイミングでこのコミュニティを抜け出すべきかもしれないって」
「ぬ、抜け出すって言ったって、ユリア、抜け出した先だって安全かどうか分からないじゃん……」
ハナが異を唱える。
「そうね……でも、一つだけ、安全かもしれないと思う場所があったの……」
そう言って、ユリアはコオトの内ポケットから四つ折りの紙を一枚取り出した。そして、それをナナヒトに渡す。ナナヒトが広げてみると、それは彼自身の捜索願いのビラだった。
「ナナヒト君に謝らないといけないの……。ゴダイと別れた翌日に、町でこれを見つけたんだけど……でも、あの時は気が動転していて、伝えるべきかどうか分からなくて……本当に、本当にごめんなさい」
ユリアは深く頭を下げた。ナナヒトは険しい顔をビラから上げて、ユリアを見た。
「そんなに頭を下げないでください……」
「でも……もっと早くに言うべきだった。私、あなたに……その、嫉妬したんだと思う……」ユリアの声が震える。
「いえ、そんなこと……気にしないでください……何も悪いことなんか……でも」ナナヒトが、言葉を詰まらせる。「僕、探してもらえていたんですね」
「ふん……涙ぐんでやんの」ハナが茶化すように言った。
「別に泣いてはいないだろ」
「分かってるよ……よかったじゃん」
ハナがナナヒトに微笑む。そしてユリアに向き直った。
「で? これが何なの?」
ユリアは顔を上げた。感傷に浸り続けるほどの時間はない。
「……もし、ここから出ていくことを選択した場合、私は、ナナヒト君の家に行くべきじゃないかと考えているの」
「そんなの大丈夫なの? ……だって、私たち複写人で――」
「分かってる。でも、彼らはナナヒト君を探してる。複写人である事を気にしない人もきっといる」
「でも……これ、二か月以上も前のものでしょ? もしかしたら気が変わってるかもしれないじゃん。それに、私やテオやマオも受け入れてくれるか分かんないし……」
「そうね……確かに、そこのところは賭けてみるしかないわ。でも少なくとも、これから先もずっとここにいるよりは、いくらか安全だと思う」
そう言い切って、ユリアは二人を見た。ハナとナナヒトが顔を見合わせる。しばらくの沈黙の後、ハナが口を開いた。
「……結局は、いつかどこかで決断しなくちゃいけないってことね」
「そうね」
「でも、ユリアはどうするの? ここに戻ってくるの?」
「私はゴダイと合流したら、一度ここに戻ると思う。そこであなたたちがいなければ、テイスケさんの所に一旦戻るつもり」ユリアは言葉を切る。そして力強く言う。「それから、あなたたちに会いにいく」
ナナヒトが重たい口調で答えた。
「……分かりました。僕とハナで、結論を出します」
「ごめんなさい……二人にこんな決断をさせなくちゃいけなくなってしまって……」
「別にユリアのせいじゃないよ……」
「ありがとう、ハナ」
「でも、約束だよ、ユリア。必ずまた皆で会うって、約束だよ」
ユリアはしっかりと頷いて、それから潤んだ瞳で微笑んだ。二人の子供たちも、それに応えるように、涙ぐんだ笑顔で力強く頷き返した。どこからか吹き込んでくる寒風は肌を刺すように冷たく、三人の頬を赤く染めていた。
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