第肆章の参【取調】3/3

「……はっ?」

 ゴダイはうちに沸く怒りの感情を隠さずに、レイガナに喰ってかかった。

「気を悪くしたのなら、すまない。ただ、事態は非常に切迫しているんだ」

「切迫?」

「そうだ。先程も言ったように、教会内の一勢力は、すでにユリアがナタァリヱの複写生命だと気が付いている」

「……」

「ほぼ間違いなく、一部の国民もすでにそのことに気が付いているだろう。だが、問題の本質はそこじゃない。教会内に巣食う過激派が、彼女の存在を見逃すはずがない」

「……そんなもの、あんたたち内部の話だろう……あんたたちの自業自得じゃないか……それに、だいたい、あんたは教皇じゃないか? そんなのどうにか出来ないのかよ」

「元、教皇だ。そして、それは無理だ。時、すでに遅い。過激派の勢いは警護隊を皮切りに急速に広まるだろう」

「あんたたちが複写生命の保護なんかを唱えるからだろっ!」

 ゴダイが吠え、空気が刺すように戦慄く。

 だが、レイガナは動じることなく、ゴダイを真正面から見た。その眼には恐れや不安といったものは一切なかった。

「そこで、我々の君への依頼は、次の通りだ。教会内の過激派よりも先に彼女を救出してもらいたい。この通りだ」

 レイガナが頭を下げた。ダイスマンも、それに倣うように、頭を下げた。

 ゴダイは蔑むような目で二人を見て、胸がむかついて顔をそむけた。十数秒間の沈黙。そしてゆっくりと口を開いた。

「何で、俺なんですか……」

 レイガナが顔を上げた。

「教会内でこの問題を出すことは出来ない。表向き、我々は完全に彼女の存在を知らないことになっている。だから、彼女のことを知っていて、なおかつ、我々と同じく彼女を救う理由がある者にしか頼めなかった」

「……」

「君だって、彼女を救いたいはずだ。そのために、それが目的で、あの終楽ノ園ついらくのそのから出てきたのだろう?」

「……あんたは、ユリアのことを助けたいんですか……?」

「もちろんだ」

「何で、今更……あんた、いやあんたたち、分かってないでしょ? あんたたちが彼女にどれだけの思いをさせたか……」

「済まないと思っている……父親として――」

「あんたは、父親なんかじゃないっ!」

 今度は、レイガナが黙りこむ番だった。ゴダイは深く椅子に座りなおして、頭を垂れた。長い、長い沈黙の後、ゴダイは言った。

「あんたたちはユリアの居場所を知らないんでしょう?」

「所在はつかめていない」とレイガナ。

「……シヱパアドの地下捜索で、ユリアは見つかってないってこと?」

「シヱパアドが上げてきている報告が事実通りなら、そういうことになる」

「そう……じゃあ、きっと彼女は無事ってことね……」

 ゴダイは少しばかりの安堵を覚え、頬杖を付く。それからゆっくりと尋ねる。

「もしも俺がユリアを見つけて、あんたのもとに連れて行ったとして、その後、あいつはどうなるんですか?」

「……私のそばで、安全な場所での暮らしを保障する」

「俺が、あんたのところに必ず連れていくとは限らないんですよ。それでもいいんですね?」

「そんなことをしてみたまえ。君と彼女は、その一生を教会から追われることになる。それでもいいのなら、そうしても構わないよ。だが、彼女の人生を想うのであれば、私の下に連れてくるのが、正しい選択だと思うがね」

「あんた今、最低の事言ってるって分かってます?」

 ゴダイが凄んで見せる。だがレイガナはその視線に怯むことなく、続ける。

「もしも上手くいった暁には、君にもそれ相応の報酬を――」

「違うんですよ、そういうんじゃないんです……これはもう、そういう話じゃないんですよ……分かんないかな……」

レイガナの言葉を制して、ゴダイが口を挟む。

「ねえ、あんた、俺がそういうのにつられて動くように見えますか?」

「……いや、すまない」

 ゴダイは溜息をついて、頭を掻いた――正直、こいつらの頼みごとを大人しく聞くのは癪だ。だが、力に寄らずここから出ていけるのであれば、そしてユリアに再び会える可能性があるのであれば、この申し出を受けない理由はどこにもなかった。しばらくの間、熟考した後に、ゴダイは深く息をはいてから言った。

「分かりました……俺をここから出して下さい。そうしたら、ユリアを探し出してきます」

 レイガナとダイスマンの顔に、一筋の光が差す。だが、二人が何かを言う前にゴダイは口を開いた。

「でもこれは別にあんたたちのためじゃない。ユリアと俺のためにするんです。そこは勘違いしないでください」

「ああ、それで構わない」レイガナが口元に笑みを称える。「だが、これだけは言わせてくれないか。ありがとう」

 そして、二人の訪問客はアワナキに向き直り、ダイスマンがきつい口調で言った。

「分かってはいるだろうが、今日ここでの事は全面的に秘匿事項だ。もちろん誰にも話してはならない」

 アワナキは姿勢を正して、敬礼をした。

「なお、今後の捜索に関する詳細は、各自に別途連絡をする」

 そう言い残して、レイガナとダイスマンは去っていった。


 ゴダイたちは足音を響かせながら、独房へと帰っていく。アワナキが振り返り、ゴダイに言った。

「お前、上手いことやったなあ……フジの樹海から出てきたかいがあったってもんだ……でもなあ、正直信じられないな……」

 ゴダイは不機嫌な顔で、アワナキを見返す。

「アワナキさん、状況分かってますか?」

「何がだよ?」

「……議長の最後の言葉、各自に連絡って……」

「あー……アレって、やっぱり俺にも向けて言ってるのかね?」

 アワナキがとぼけた調子でゴダイに尋ねる。

「多分そうでしょう。あそこにいたの、俺とアワナキさんだけだったんですから……」

 アワナキは、勘弁してくれよ、とでも言うように、頭を振ってから、大きな溜息をついた。

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