第肆章の参【取調】2/3

「これはこれは、強烈な歓迎ぶりだね」

 ダイスマンが冷笑を見せた。

「あ?」ゴダイは鎖を鳴らしながら、二人に近づいていく。

「待て待て待て」

 アワナキが慌てて、ゴダイに駆け寄った。

「落ち着け。いいから落ち着いて、話を聞くんだ」

 そう言って、アワナキは部屋中央の椅子を指差した。ゴダイは刑事を睨んだが、アワナキが動じないのを見て、観念し、仕方なく椅子に座った。

「あー、アマツビト様。本当にこの四人だけでいいんですか?」

 アワナキがおずおずと尋ねる。

「何がだね?」落ち着いた声が尋ね返す。

「いや、いくらお二人と彼との間に強化ガラスがあるとは言え、こんなもの、ほとんど何の役にも立ちませんよ……護衛の警官を付けた方がいいんじゃないかと……」

「アワナキさん、それには及びません。これは極秘裏な面会であり、今回は我々がお願いに上がっているのですから……」

「お願い……?」

「ええ。それにね、彼にお願いをするのであれば、それ相応の覚悟をしなくてはいけない。もしここで彼が私たちに手をかけるのなら、それもまた運命だ」

 レイガナがゴダイに視線を向けた。その視線には敵意も憎悪も見てとれなかった。そして訪問客は、二人並んで、仕切りの前に腰かけた。重たい沈黙が生まれる。

 ゴダイは何も発さずに、天井隅の監視カメラを見た。普段点灯しているはずの小さなランプは消えていた。どうやら本当にこの面会は何も記録されないようだった。

「あの、やっぱり私は出ていきましょうか?」

 アワナキが居心地悪そうに訊いた。

「いや、いて頂いて結構」とダイスマン。「場合によっては、いや恐らくほとんどそうなるだろうが、最終的には君にもお願いをすることになるだろうからな」

「……?」

 アワナキは、議長の意味するところが分からず、怪訝な顔をした。だが、それ以上何かを尋ねることも出来ない。諦めて、アワナキはゴダイの後ろに立ち、控えの姿勢を取った。

「さて……ゴダイ君、でいいかな?」

 レイガナがゴダイに声をかける。ゴダイは何も答えず、不機嫌な顔で、相手を見つめた。それは肯定の意に受け取られ、前教皇は話を続けた。

「今日ここに来たのは他でもない。君に、お礼とお願い事をしにきたんだ」

 ゴダイは鼻で笑った。

「何か、おかしいかね?」

「いや、別にそんなつもりでは。でも、お礼って言えばさ、この前、あなたの娘さんにも聞かされましたから……どうせ、そのことでしょう?」

「ああ、リリアンヌのことだね。確かに、あの時も君には大いに世話になったね。そのことでもお礼を言わなくてはいけないね」

「……それだけじゃないんですか?」

「うん、今日来たのはね、彼女、指名手配をされた彼女を守ってくれたことに関してなんだよ」

 ゴダイの心臓が、一つ大きく鳴った。隠しきれない動揺が、表情に浮かぶ。

「彼女の指名手配はね、正直、私の不徳が原因だった。彼女をあんな風に世間の目に晒すつもりは全くなかった」

「……晒すつもりはなかった? でもアレは教会の公式発表でしょう?」

「違う。アレは、教会内の一勢力が独断で行ったことだ。我々は、彼女を指名手配するつもりはなかった」

「……それは、彼女の出自が理由なんですか?」

 ゴダイは苛立ちを抑えながら尋ねる。

「やはり君は彼女を知っているんだね? それで、彼女を庇うために嘘の出頭をしたんだね?」

 ゴダイは回答をためらった。だが、ぎこちなく頷いた。

「……ありがとう。先日の記者会見のすぐ後に、ダイスマンや私の方からも情報統制を行ったんだけどね、それでも報道が完全に無くなるわけじゃあない。だから、君の出頭はまさに願ってもいない神のはからいだった。君のおかげで、彼女の報道は一気に下火になった。この点については、本当に感謝の言葉しかない……」

 レイガナが頭を深々と下げた。ゴダイは、自分よりもずっと弱く、それでいて自分よりも何倍も地位の高い男を見下ろした。不愉快な感情が心の奥底に沸き上がる。

「……別に、俺は俺のために出頭しただけです。あんたたちのことを考えたわけじゃない……それに」ゴダイは言葉を切る。何か引っかかるものを感じる。「なんで、あんたがお礼を言うんですか……? ユリアは、その……そっちの貴族院議長のアレなんでしょう……」

「ああ、そうか……君はそこまでしか知らないのか」とレイガナ。

「そりゃあ、そうだろう。ユリアは私の娘として育てていたのだから」

 ダイスマンが言葉を引き継いだ。ゴダイは、その横柄な物言いに苛立ち、ダイスマンを睨んだ。だが、ダイスマンはそんなことには全く気が付かない様子で話を続けた。

「彼女が君に何て言ったのかは、おおよそ想像がつく。恐らく、私の愛人の複写生命だとでも言ったのだろう?」

 ゴダイは何も答えない。

「だが、実態は違う。いいか、ここからが非常に大事な話だから、落ち着いてよく聞くんだ。そっちの君もだ。いいかね?」

 突然話を振られたアワナキは、慌てて居住まいを正して、神妙な面持ちで頷いた。

「いいか、彼女――ユリア・ウォヱンラヰトは、私の創った複写生命ではない。彼女は、レイガナが生み出した、先代教皇ナタァリヱの複写人なんだよ」

 先代教皇の複写人――ゴダイは、今発せられた言葉の意味を懸命に追う。追って追って、その結果、およそ信じられない馬鹿げた現実を知らされて、自身の頭が狂ったような感覚を覚える。

「……ちょ、ちょっと待て……あんたたち、何を言ってるんだ?」

「言葉の通りだ。彼女は先代教皇の複写人なのだ」

「……っ、そ、そんなバカな話ってあるかっ! なぁ? どういうことなんだよ、何で、教会のトップが、死んだ教皇を……それも、何だ? 複写生命は、教会の禁忌だろ……? どういうことなんだよ」

「ちょっと待ってください……私にもわけが分からない。ちょっと、すみません、分かるように説明をお願いできませんか……」

 アワナキも混乱し、その声が上ずる。

「……説明も何も、そのままの意味だ。先日指名手配された彼女は、ナタァリヱ先代教皇の複写人、ただそれだけのことだ」

「な、何故……?」

「何故? 単純なことさ。レイガナが、彼女の死を受け入れなかった。ただそれだけのことだよ」

 貴族院議長は、事も無げに答える。前教皇はその横でジッと黙りこんでいる。

「この際、ハッキリ言おう。元々この国の複写生命事業は、ナタァリヱに再び会いたいと願ったレイガナが……」

 その時、激しい音が響き、ガラス壁に大きな亀裂が走った。

「おいっ!」アワナキが声を上げた。

 掛けられた手錠はいとも容易く引きちぎられ、ゴダイの右腕が、レイガナたち目がけて振り下ろされていた。

「……ふはは、すごい力だな……右腕だけで強化ガラスにこれほどのヒビが……」

 ゴダイは二人を睨んだ。

「あんたら、自分たちが何を言ってんのか、分かってんのか?」

「……それは、どういう意味だね?」

 レイガナが、平静さを取り戻して聞き返す。

「おかしいだろ? あいつが、ユリアが、どんな思いで今まで……それに、どういうことだよ? 何でお前らが、複写生命に手を出してんのに……俺たちを嫌ってるんだ? 意味が分からない。どういうことなんだよ!」

 打ちつけた右の拳に力が入る。欠けたガラスの破片がパラパラと床に落ちる。

「申し訳ないが……そこについては、今は説明を控えさせてくれ……」

「なっ……」今度は、左腕に力が入る。

「落ち着け!」アワナキがゴダイの肩に手をかけて「それ以上やったら……」右手を自身の腰に回した。その指先は拳銃にかかっている。

 ゴダイは逡巡した。軽蔑するような視線を前教皇に向ける。それから、後ろの担当刑事を見た。誰も口を開かない。どこかで回っている換気扇の音だけが聞こえる。重たい沈黙が辺りを支配した。ついに、ゴダイは右腕を下ろして、大きなため息をついた。そして、乱暴に椅子に座った。心底嫌そうな顔で――

「……で、そのあんたが一体、俺に何の用なんだ……?」

 話を本題に戻す。レイガナが真剣な表情でゴダイを見つめた。

「ユリアを探し出して、連れてきてもらいたい」

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