第肆章の参【取調】1/3

「……もう一度はじめから順序立てて話そうか?」

 アワナキは、目の前にいる少年に対し、厳しい口調で言った。

「いいかい? 君が、ソウジ・アイゼン氏殺害の犯人であるとは考えられないんだ」

「でも、俺があの人を殺したんです。本当なんです」

 自首をした少年――ゴダイは、向かいに座る刑事に向かってハッキリとそう答えた。アワナキは頭を掻いた。今二人がいるところは、首都警察直下留置場、地下七階の取調室の一つである。装飾の一切ない、無味乾燥な灰色の部屋。二人の他には、机が一つと椅子が二脚、あとは天井隅にある監視カメラだけだ。

「もう、このやり取りも何回目になる? ええっ?」

 ゴダイは、諦めたように小さく肩をすくめる。

「まず、今回の犯人は女性だろうという証拠が幾つも出てるんだ。一つは防犯カメラに映った後ろ姿、それに、現場で聞かれた犯人とおぼしき女性の声。アイゼン氏の女癖の悪さも指摘されている。だから、君が犯人であることは、まず考えらないんだよ」

「……」

 ゴダイは拗ねた様子で、何も答えない。アワナキは続ける。

「君は、その左腕のせいで教会の敵としてみられている。教会からの身柄引き渡し要請だっていつ来るか分からない。むしろ、未だに来てないことの方が不思議なくらいだ。だけどね、俺個人の意見としては、君を犯人として事件を終わりにするつもりはない」

「……何でですか? 都合よく犯人が出てきたんだ。万々歳じゃないですか」

「全然よくない。君は犯人じゃない。俺は、犯人じゃない人間を逮捕するつもりはない」

「じゃあ反対に訊きますけど、先日の指名手配のあの少女、彼女が犯人だって言い切れるんですか?」

 アワナキは言葉に詰まった。あの指名手配は、教会が独断専行で発表したものだった。その報道直後、アワナキはクザンに説明を求めた。聞けば、事実、状況証拠だけは揃っていた。だが、物証は何もない。あの少女が本当に犯人だと言い切るだけの自信は、アワナキにはなかった。

「確かに状況証拠だけなのは認めよう。でもね、少なくとも殺害現場や周囲の状況から判断して、君が犯人である可能性はほとんどないと言っていい」

「状況証拠だけで、彼女を指名手配したんですか?」

「……そうだ。何か問題があるか?」

「いえ……ただ、彼女は犯人じゃあない」

 ゴダイが険しい顔でアワナキに向かって言った。そしてその時、アワナキは少年の目的に気が付いた。

「君、あの指名手配の子と知り合いなのか? 君は、あの子を助けようとして嘘の自白をしているんだな? 違うか?」

「……違う、そんなことはない。彼女はソウジ・アイゼンのことなんかこれっぽっちも知らない。ただ、あの指名手配が間違いだったから……」

「……まあ、彼女が本当にやったかどうかは、この際置いておこう。でもまあ、君がここに出てきた理由はよく分かった」

 アワナキは顔の前で指を組んで、ゴダイのことをジッと見つめた。

「……何ですか」

 ゴダイが苦い顔で尋ねた。

「君は、彼女とどういう関係なんだ?」

「はあ?」

「いや、別にただの興味本位なんだが……君は、あのフジの樹海からここに来たんだろう?」

「……ええ」

「あそこから、嘘をついてまで、あの子を守るために来たわけだ。まあ、どういう関係なのか、ちょっと気になっただけだよ」

「あなたに何の関係があるんですか……」

 ゴダイが不機嫌な顔で答える。

「……確かに俺には関係ないわな」

 アワナキは微笑を浮かべて、立ち上がった。

「今日はもうこれで終わりにしよう。教会からのちょっかいが入らなければ、また明日取り調べを行おう」

 アワナキは、ゴダイを促す。ゴダイは、ぼろいパイプ椅子から面倒くさそうに立ち上がった。両腕には太い手錠が、両足には重たい枷がはめられていた。

 地下の廊下を、アワナキが先に進み、ゴダイが後ろから着いていく。時折、ゴダイが拘束具をジャラジャラと鳴らすのを聞いて、アワナキは言った。

「君なら、ここから力づくで出ていくことも簡単かもしれないな。いや、きっと出来ると思っているんだろう?」

 ゴダイは前を歩くアワナキを睨む。

「でもね、それは止めた方がいい。君が暴れるようなことがあれば、俺たちはこの地下階を爆破してでも、君の逃亡を阻止するつもりだから……ああ、あと、そんな顔で睨まないでくれないか」

「……随分大げさなんですね」

「君がそれだけの力を持っているってことさ」

「別に、望んで手に入れたわけじゃないですから……」

 アワナキは、少年の意外な一面を垣間見て、表情を和らげた。そして立ち止まって言った。

「さ、到着だ。狭い独房ですまないな」

 二人は独房の前に着いていた。中に入る時、ゴダイは皮肉を言った。

「独房での生活も慣れたもんだな」


 翌日、取り調べはついぞ行われなかった。というのも、これはゴダイにとっても、またアワナキにとっても、およそ想像しえない事が起こったからである。

 その日の早朝、二人の人間がゴダイを尋ねてきた。もちろん、事前の面会要請はなかった。だが、彼らにはそんなものは必要なかった。そしてそれは首都警史上、最も極秘裏な面会になった。

「頼むから、君がこれから会う人にはそんな態度は取らないでくれよ」

 足早に歩きながら、アワナキがゴダイに注意する。朝早くにたたき起こされたゴダイは目をこすりながら、アワナキの後ろを追っていく。手足には依然、鎖が付いていた。

「……別にこれが普通なんですけど……ていうか、誰なんですか? 面会したい人って」

「ああ、いや……まあ、会えば分かる」

 アワナキは、面会室の扉を開けた。

 部屋を二つに仕切る強化ガラスを挟んだ向こう側に、二人の客人がいた。客人は共に黒いマントをはおり、艶やかに光る白いドミノマスクを着けていた。

 彼らはゴダイたちに気が付いて、振り向き、仮面に手をかけた。二人の素顔を見て、ゴダイは声を漏らした。

「代理教皇……! それに、ダイスマン・ウォヱンラヰトウォーエンライト……」

 ゴダイは眉間に皺を寄せ、険しい顔で二人を睨んだ。

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