第肆章の壱【犯人】3/3
「……こんな夜中によくもまあ、叩き起こしてくれたな?」
ナリタカが不機嫌な顔でゴダイたちを見た。宿直室に通された二人は、石油ストヲブに当たりながら、勧められた椅子に腰かけている。
「それに、何だ? さっき停電が起きただろ?」
「ああ、ええ、まあ……」
ゴダイが曖昧に答える。ジュウゾウは何も言わずに小さく肩をすくめる。
「で、何なんだ? こんな夜遅くに」
ナリタカが珈琲を入れたカップを二人の前に置いた。湯気が立ち上る珈琲を一口飲んで、ゴダイはゆっくりと口を開いた。
「俺は今日、罪の告白をしに来ました」
「罪の告白? 俺にか? ははっ、君も知ってるだろう? 俺は準警護隊なんだぞ。聖職者としては落ちこぼれで、神父の資格はない。その俺に何を告白するって言うんだ」
そう、罪の告白。昼間、ユリアの報道を見て、ゴダイはすぐさまここを出ていくことを考えた。だが、ここから逃げ出せば、自分以外の複写人が犠牲になる。罪もない人々を犠牲にする選択は出来ない。だから、ゴダイはここから問題なく出ていく方法を懸命に考えた。そして、その唯一の方法が、今この場でこれから行われる罪の告白だった。
「ナリタカさん。今日記者会見のあった、あの事件については知ってますよね?」
「ああ、そりゃあまあな。で、それが何だって言うんだ?」
「あの議員殺しの犯人。指名手配が出されましたが、あれは誤りなんです」
「……誤り? 何を根拠にそんなことを……」
ゴダイは目の前の男をジッと見てから、落ち着いた声で言った。
「だって、あの事件の犯人は、俺なんですから」
それは嘘の告白だった。もちろんゴダイは犯人ではない。だが、犯人だと自白する人間を、この集落にそのまま置いておくことが、ナリタカに出来るだろうか? たとえ、どれだけ犯人だと思えなくとも、彼一人の判断で、ここにとどめておくことが出来るだろうか? 事実もしゴダイが犯人だった場合、それは重大な隠匿行為になる。だから絶対に、ナリタカは、ゴダイのこの告白を警察本部ないしは教会中央に連絡するはずだった。そうなれば、ゴダイは逮捕され、ここを出ていくことになる。ユリアの指名手配も解除されるだろう。
ナリタカは、その真意を確かめるかのようにゴダイを見つめた。ジュウゾウは口を開いたが、驚きのあまり言葉が出てこない。
「俺が、あの事件の犯人なんです。だから、教会にそう連絡をしてくれませんか?」
ゴダイは丁寧な口調でお願いをした。ナリタカが顎を指でそっと撫でて、それからゆっくりと話し始めた。
「いくつか確認をさせてくれ……まず、君はあの指名手配犯の少女の事を知っているのか……?」
ジュウゾウがゴダイの顔を見る。ゴダイはハッキリと答える。
「いいえ、知りません」
「……君がもしも犯人だとして……何故、今このタイミングで言うんだい? 黙っていても何の問題もなかったはずだよ」
ゴダイは何も答えない。
「ダンマリか……」そして、ナリタカは口元に手をやり、考え込むように呟いた。「確かに……君は、そうだな……頭は悪くない……まあ中々上手い手だとは思うよ……君がここからそういう理由で出ていくのであれば、確かに問題はない、か……」
ナリタカは立ち上がって、窓に近づいた。風の音は先程よりも弱くなり、吹雪は少しばかり収まってきたようだった。しばらくして、準シヱパアドは口を開いた。
「ねえ、君さ。まあ、仮定の話だけど、もし君がここから出ていくことが出来たとして、だ。ここよりもっと酷い目に遭うかもしれないってことは、よく分かってるよね?」
「……ナリタカさん、俺はあなたと話し合いをしにきたわけじゃないんです」
「分かってるよ、ただね、俺はこんなんだけどもね、心配もしてるんだ」
「心配……? 俺は別にあなたになんか心配されなくても……」
「ゴダイ……君は何も分かってないよ」ジュウゾウが口を挟む。
「うるさいな、黙ってろよ」
「なっ……僕だってな、君がここを出ていくのを心配してるのに、何でそういう口を……」
「分かったよ。悪かったよ……」ゴダイはジュウゾウに謝って、改めてナリタカに向く。「ナリタカさん、俺は外の世界に残してきた約束があるんです。だから、ここにずっといることは出来ない」
しばらくの間。そして――
「そうかい……よく分かったよ」
ナリタカはそう言って、机の引き出しから煙草とマッチを取り出した。慣れた手つきで火を付けて、一息に煙を吐き出した。紫煙が冷えた部屋の中、ストヲブの熱気に乗って上がっていく。とぐろを巻きながら、霧散していく煙を通して、ナリタカはゴダイを見る。それから、頭を掻いて、小さくため息をついて言った。
「明日またここに来るといい。それまでに教会には連絡しておいてやる……」
「ナリタカさんっ!」
ジュウゾウが叫んだ。
「いいんだ、ジュウゾウ。いいんだよ。こうもハッキリと覚悟されてたら何言ったって、無駄ってもんだよ」
ナリタカの諭すような口調に、ジュウゾウは頭を垂れた。
ゴダイは礼を言って立ち上がり、ジュウゾウと共に宿直室を後にした。部屋を出る間際、ナリタカがゴダイに言った。
「良かったな」
ゴダイは振り返った。
「……どんな形であれ、君はここから出ていける。これまで誰も出来なかったことを最初にやってのけた。よくやったと思うよ、本当に」
ナリタカが小さく微笑んだ。ゴダイは、その笑みの真意が飲み込めず、ただしかめ面を返すだけだった。
外の風はすでに止んでいて、夜の闇の中を白い雪が途切れることなくしんしんと降り続いている。ゴダイたちは、暗い雪原に音を立てながら、深い足跡を残していく。
「……色々世話になったな」
ゴダイがポツリとつぶやく。
「君は本当に馬鹿だよ。大馬鹿野郎だよ……」ジュウゾウが肩を落として言う「……でも、その、アレだな……なんていうか、寂しくなるよ」
二人はそれ以上互いに何も言わなかった。それからしばらく歩き続けて、二人が暮らしていた寮が見えてきた。すでに電力は復旧していて、窓から淡い光が漏れている。沈黙を破るようにゴダイが言った。
「ジュウゾウも出てくればいいじゃないか。外には色々、君の知らないことが沢山あるんだ。きっと楽しくやれると思うぜ」
「……君って、時々馬鹿な事を言うよね。君は逮捕されに行くんだよ?」
「分かってるよ」
「覚悟しとくんだね」
「分かってるって。でも、それでもここにずっと閉じ込められているわけにはいかないからな……」
その時ふとゴダイは、さっき抱いた違和感を思い出す。ゴダイが最初にここを出る――ナリタカは確かにそう言っていた。
だが、本当にそうなのであれば、何かおかしいことがある……しばらく考えてからゴダイは気が付いた。ナリタカに見せられたあの墓の真実。
「……まさか、そんなことが……」
ゴダイは呟いた。ジュウゾウが不思議そうに友人の顔を覗きこむ。
「……ジュウゾウ、君は知っていたんだな? あの墓はブラフだ。ナリタカさんは誰も殺しちゃいない。アレは、見せかけの墓なんだな?」
ジュウゾウが微笑んだ。
「そうだ。昔、僕はあの墓を暴いたことがある。地面の下には何もなかった。そう、あの墓は、僕たちを脅すためだけのただの飾りなんだよ」
「ははっ、ホントに適当な人だな、あの人は」
「だから、僕は何度も言ったはずだよ。ナリタカさんは悪い人じゃないって。あの人は、必ずしも協会の側に立ってるわけじゃないんだよ」
「でもなあ、教会から給料もらって生活してるわけだろう? そんなんでいいのかよ、信じられないな、ホントに」
そして二人は顔を見合わせて、大声で笑った。
雪の降る湿った夜の闇に響くその笑い声は、まるでこれから昇る朝日の到来を告げる鐘のようだった。
だが、彼らを真に覆う闇は、まだ取り払われていない。教会は、今も存在している。
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