第肆章の壱【犯人】2/3

 ユリア・ウォヱンラヰトが指名手配された十二月四日――終楽ノ園ついらくのその、深夜二時過ぎ。けたたましく音を立てる激しい横風に、真っ白な大粒の雪が荒れ狂っている。集落に灯るまばらな外灯は、今はすでに消え、息絶えていた。

「ゴダイ、君は何をやってるんだ!」

 吹雪の中、厚手のコオトを着込んだ少年が大声で叫んだ。ジュウゾウである。

 呼ばれたゴダイは後ろを振り返ったが、すぐまた前を向いて歩き始めた。積もり出した雪の上に黙々と足跡が築かれていく。そのあとを、ジュウゾウの叫び声が追いかけてくる。

 結局のところ――とゴダイは思う。いつかどこかで何かを決断をしなければいけないのだ。もちろん、その選択が正しいかどうかは分からない。だが少なくとも、何もしないことが、ゴダイたちを救うことはない。人が何もしなければ、世界はきっと勝手気ままに崩壊していくだけだろう。


 その日の昼、あの記者会見が開かれて、ゴダイはパニックに陥った。何故、ユリアが指名手配されているのか? 教会の真意は何なのか? あの記者会見そのものが嘘なのではないか? あらゆる考えが脳内を駆け巡ったが、答えは何も出なかった。

 午後の間中、ジュウゾウが何かをしきりに言っていた気がするが、ゴダイはほとんど聞いていなかった。そして、夜。眠れるはずもなく、ゴダイは、ベッドの上で横になりながら、懸命に考え続けた。何か出来ることがあるはずだ。折れて腐った心をなだめすかし、熱い鉄を撃つように自らを鼓舞こぶした。これまでの自分をかえりみて、これからの自分がなすべきことを想像した。そして深夜二時を過ぎたころ、ついに一つの決断を下した。ゴダイはコオトを羽織り、外へと出ていった。


 外は激しい吹雪だった。横殴りの雪が視界を白く遮っていた。だが、ゴダイは強い意志でもって、一定の速度で確実に歩数を刻んでいった。山道を登り切り、ゴダイは一つ目の目的地に着いた。そこは集落が使用している蓄電所であった。金網に囲われたひつぎのような黒い箱の連なり。ゴダイは金網を引きちぎり、中へと入っていった。

 電気をため込んだ真四角な箱を眺め、ゴダイはそれらに接続されているパイプの類をジッと見つめた。そしてコオトの左袖をまくり、鈍く光る銀色の腕を出した。パイプの一本にあたりをつけると、左腕でそれを強引に引きちぎった。

 バチンッ、という激しい音と火花が、雪の中に散った。パイプの中から覗く断ち切られたコオド群を、左腕で握った。感じるはずのない高熱をそのてのひらに感じた。集落を見下ろすと、電気が停まり、真っ暗な闇だけがあった。だが、あの暗闇も十分後には予備電源に切り替わり、光が戻るはずだった。

 数分後、ゴダイは集落の蓄電を全て食い尽くした。左腕がチリチリと小さく音を立てている。そして、次の目的地へと再び歩き始めた。急な斜面を力強く登っていく。

「ゴダイ、君は何をやってるんだ!」

 その時だった、ジュウゾウがゴダイを見つけたのは。だが、ゴダイは何も答えずに、一旦止めた歩みを再開した。

 ジュウゾウは声を張り上げて、雪に足を取られながら、ゴダイを追いかけた。そして、遂に追いついた。ジュウゾウは、常人よりも短いその腕で、ゴダイの肩を掴んだ。ゴダイは面倒くさそうに振り返り、ジュウゾウを見た。

「寝てたんじゃないのか?」

 おどけた調子で問う。

「ふざけんな! 君が外に出ていく物音で目が覚めたんだ。それに、何だ? 集落が停電になって、下は大騒ぎだぞ!」

「……そうか。それはすまなかった」

「すまなかったって……」

「でも、電気は予備電源に切り替わるんだ。問題ないだろう」

「違うだろ! そういうことじゃない! 何だい、君はここを出ていくつもりなのか?」

 ジュウゾウが大声で叫んだ。叫ばなければお互いに聞こえないほどの風だった。

「あの指名手配の女の子が原因なのか?」

 ゴダイは目を伏せて、そうだ、と答える。

「分かってるのか? 君がここを出ていくってことが、どういうことなのか?」

「……分かってる」

「……っ、君は……君は、その自分のワガママの責任を負えるのか?」

 ゴダイは何も答えない。ジュウゾウが続ける。

「なぁ、考え直すべきだ……ここにいれば、それなりに無事な生活が出来るんだ。君がここを出ていく。正直言って、やめるべきだ。犠牲者が出るんだよ? ……それに、ナリタカさんにだって迷惑が掛かる」

「……あんな奴の事を考えるだなんて、君は一体どっちの味方なんだ? まるで教会の人間みたいな言い草じゃないか」

「そんなつもりはない。ただ、あの人だって、悪い人じゃない。他の教会の人だって、必ずしも悪い人ばかりじゃないんだよ。悪いのは教会の教えだ。この国を支配している教えなんだよ」

「そんな屁理屈は、今どうでもいい! 俺は、そんな風に割り切れるほど大人じゃない。現に、教会がユリアを捕まえようとしているんだぞ! 必ずしも悪い人ばかりじゃない? 何を根拠にそんな馬鹿なことが言えるんだ」

 ジュウゾウが、虫けらを見るような目でゴダイを見た。

「君は分かってない……僕、前に君に言ったよね? 昔、自分が殺されそうになったことがあるって」

「……ああ」

「いいかい、そのときにね、僕を助けてくれたのは、ナリタカさんなんだよ。昔、殺されそうになっていた時に、止めに入ってくれたのは、あの人なんだ」

「……ジュウゾウ、君は、何を言ってるんだ……?」

「言葉のまんまだよ……いいか、あの人が準シヱパアドに格下げされたのは、僕を救おうとしたからなんだよ!」

 にわかには信じがたい話だった。

 複写生命を保護する――本当の意味で保護する。そんなことをするシヱパアドがいるはずがない……。それに、先日ナリタカが見せたあの墓は一体何なんだ。ゴダイは混乱した。

「も、もしもそれが事実だったとしてもだ……それでも、俺は彼女を助けに行かなくちゃいけない。君は、ずっとここにいるから知らないんだ……外の世界は、君が思う以上に残酷なんだ。ユリアが捕まって、無事でいる保障なんかどこにもない……」

「知ってるよ、前にも言っただろう。僕は教会に殺されかけたんだぞ?」

「じゃあ、俺の言いたいことが分からないわけがないだろ……俺はここを出て、彼女を助けに行く」

「……彼女は、君にとってそれほど大事な女性なのか?」

 ゴダイは固く頷く。ジュウゾウは険しい顔をする。

「どうしても行くんだね……? 君はその覚悟が出来てるんだね……?」

 ゴダイは再び頷く。

「でもジュウゾウ、俺は、君が思うような方法ではここを出ていかない。俺はこれからナリタカさんの所に行くつもりなんだ」

「……ナリタカさんの?」

「そうだ」

 そう言って、ゴダイはまた山を登りだした。

 ジュウゾウはわけが分からないという面持ちで、仕方なくゴダイの後を着いていった。

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