第肆章
第肆章の壱【犯人】1/3
『鉄の手のゲッツ・フォン・ベルリヒンゲン』
ドイツ農民戦争にて反乱軍として戦った義手の騎士ゲッツ・フォン・ベルリヒンゲンを題材にした戯曲。一七七三年。ギョエテ著。
ユリアの目の前で、空域出力された映像がチラついている。画面に映るシヱパアドが、ユリアの写真を指差しながら何かを言っている。だが、ユリアには全く聞こえなかった。その音は耳まで届いていたが、その意味がまるで脳まで届いていなかった。
――我々は彼女を犯人と断定し……
――彼女は似て非なる者で……
――彼女に関する情報を求めます。また……
――彼女を特イ級思想犯と定め、彼女を捉えた
――現在行っている掃討作戦の一時停止を検討しており……
「おい……」
壱號がユリアに声をかける。だが、ユリアは気付かない。
「おい、答えろ。お前がやったのか?」
二回目でようやくユリアは顔を上げる。壱號の表情が不機嫌になる。何かを言われる前に、反射的にユリアは答えた。
「やってないっ!」
「……ああ?」
「私、こんなの知らない!」
「知らない、ね……ふーん……」
壱號が片手を振って、映像の再生を止めた。ロクムネが装置を机の上から片づける。
「お前がもしも犯人でないのだとすれば、これは一体どういうことなんだ?」
ユリアは頭を横に振った。何もかも意味が分からなかった。
「ロクムネ、お前はどう考える?」
壱號に意見を求められ、コミュニティの技術担当はしばらく逡巡し、それから答えた。
「……うーん、彼女が犯人かどうかを別にしても、彼女は、御聖廟内にある複写生命のデヱタベヰスには記録がないわけです。まあ、それは恐らく、彼女の言うことが本当なのであれば、ダイスマン・ウォヱンラヰトの愛人の複写人だから、って理由でそうなっているんでしょう。ですが、先ほどの放送では、彼女を複写人だと言っていました。もしも本当に彼女が、教会が作った複写生命なのだとすれば、こんなふうに公開するのか疑問ではありますね……」
「……確かに、もしもこの女がダイスマンの女だとすれば、絶対にこんな発表はされないはずだ。だが、現実に発表がされた。これはつまり、この女がダイスマンとは何の関係もないってことを意味しているのかもしれない。しかしだ、さっきの放送でこいつは複写人だと断言された。御聖廟のデヱタベヰスに記録がないにも関わらず、だ。教会としては、アイゼン殺しの犯人を複写人に仕立て上げたいはずだ。あいつらにとって、その方が都合が良いからな。じゃあ、何で適当な複写人を犯人にでっちあげないんだ? 何故この女を――デヱタベヰスに記録のないこの女を、わざわざ指名手配する?」
壱號が言葉を切る。炎使いのニノミヤが言う。
「この女が本当に犯人なんじゃないですか?」
「そうだ。確かにその可能性はある。だが、もしそうならば、こいつが複写人であると言った理由は何なんだ? 御聖廟が複写人と判定しない奴を、わざわざ複写人だと言う必要があるのか? 他に生贄に出来そうな奴は、そこらへんに幾らでもいるじゃないか。その反対に、だ。御聖廟に情報のない、教会が生み出した複写生命ならば、こんな報道は絶対にされないはずだ。じゃあ、何故こんなことが起こっているのか」
「そっか……この子の存在は教会内でもタブゥなんだ……」
サンジョウが呟いた。
「そうだ。恐らく教会内でも、この女の存在はひた隠しにされてきたに違いない。公にはされないはずの複写生命。だが、それがこうやって――こいつが実際に犯人かどうかは別にして――最悪の形で世間に公開された。これが意味するところはただ一つだ……教会も、一枚岩じゃあない」
壱號は言い切って、周りを見る。他の者たちもめいめいに思考を巡らせている。ロクムネが壱號に尋ねる。
「……で、壱號さん。もし仮にそうだったとして……彼女の処遇はどうするんです?」
「引き渡すの?」サンジョウも重ねて問う。
壱號はユリアの顔を根目回すように見た。ユリアは何も答えない。もうどうしたらいいのか分からない。
「いや……引き渡しはしない。こいつは俺たちの切り札だ。教会が複写生命に手を出していたのであれば、こいつは取引材料になる。だから、こいつはこのままここに置いておく」
「ですが、壱號さん」ニノミヤが尋ねる。「コミュニティの中には、今の教会との衝突に対して否定的な意見も出始めています」
「否定的な意見?」
「……ええ。主に複写人ではないスラムの人間ではありますが……」
「で?」
「もしかするとその中から、彼女を引き渡すように要求してくる者が出てくるかもしれません」
「……おいおいおい、ニノミヤちゃんよ……一体どういうことだい? スラムの意見なんざ、聞かなきゃいいだろう? いいか、奴らは俺たちの足りない戦力を補うための駒なんだよ。行く場所のない奴らを、俺らが面倒みてやってんだ。複写生命でもないあいつらを、この俺が」
「はい」
「だから、俺の命令が絶対だ。ユリア・ウォヱンラヰトはここに置いておく。分かったな?」
壱號は全員の顔を見た。歪な鉄の腕の配下たちは、皆一様に堅い面持ちで頷いた。
「お前も分かったか?」
ユリアは、顔を上げる。壱號が自分にも尋ねていたことに少しばかり驚く。それから、小さく頷いた。
だが翌日、ここで出された結論は全て白紙撤回となった。ユリアの指名手配が取り消されたからである。何故か?――犯人が、彼女とは別に逮捕されたのだ。そして、ユリアたちはその時、アジト中央に空域出力された大画面を見つめていた。
彼女は、首都警察に送致されていく犯人の顔を見た。
ゴダイがそこに映っていた。
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