第参章の漆【アジト】3/3

 しばらくして目を覚ますと、ユリアはアジトのいつもの一角で、厚手の毛布を掛けられて、横になっていた。

「良かった……目、覚ました……」

 ハナとナナヒトがそばに座り込んでいた。ハナが泣きじゃくってナナヒトの腕に顔をうずめた。

「体調、大丈夫ですか?」

 ナナヒトが静かに尋ねた。ユリアは重い身体を、ゆっくりと起こした。

「私、どうして……」

「ユリアさん、さっきの騒ぎの後、気を失って倒れてしまったんです……」

 ユリアは先刻の壱號との対峙を思い出し、また気を失いそうになる。意識のハッキリしない頭を小さく振った。

「ありがとう……。それで、二人が看病してくれたの?」

 辺りを見回すと、ユリアに付いた血を拭っただろう赤い布巾の山がかたわらに築かれ、少し離れた場所ではテオとマオがすやすやと寝息を立てていた。

「色々ありがとうね……」ユリアは改めて礼を言って、頭を下げた。「でも、よく私を運んで来れたわね……」

「いや、その……僕たち、騒ぎがあったのは聞こえていたんですけど……」

「私が運んできたのよ」

 その声で、ユリアは物影に立つ彼女の存在に気が付いた。

「サンジョウさん……」

 サンジョウは頭を掻きながら、三人に近づいてきた。

「あなたって、本当に馬鹿ね。何であんな事言っちゃうわけ? おまけに平手打ちって……頭おかしいんじゃないの?」

「すみません……でも、その、ありがとうございます」

「あ? 何が?」

「いえ、その、ハナたちのところまで運んでくれたりとか……その……」

「別にそれくらいはどうでもいいわよ……はあ……でもまあ、目が覚めたならいいわ。ちょっと来てくれない?」

「……?」

「あなたが倒れた後に事態が動いたの。で、あなたにも来てもらう必要が生じた。だから、起き上がれそうなら、壱號さんのところに来てちょうだい」

 ユリアは露骨に嫌な顔をした。サンジョウもキツい目でユリアを睨み返した。

「あなたに今、拒否権はないから。いい? 落ち着いたら、すぐに私たちの部屋に来て」

 そう言って、サンジョウはナイフの指をカチャカチャと鳴らしながら、立ち去った。

「ユリアさん」

「ユリア、行くの?」

 ハナたちが不安そうな声で聞いてきた。

「行かないわけにはいかないでしょ……何されるか分からないし……」

 ユリアは膝に手をついて、ゆっくりと立ち上がった。

「壱號たちのところって、あの奥にある管理室のことでしょ?」

 ハナが尋ねる。

「そうね……すぐ戻るつもりだけど、何かあったら、その時はよろしくね」

 努めて明るくそう言って、ユリアは一人、管理室へと向かった。肩越しに、ハナが首を振っているのを目の端に止めたが、振り返ることはしなかった。


 この地下空間にも、かつては今と違う存在理由があっただろう。その時に設けられた管理室。何を管理するのかも定かではないが、現在はただ、テロリスト幹部たちの溜まり場と化している。

 扉を開き、ユリアが中に入ると、そこに歪な鉄の腕たちが揃っていた。壱號をはじめ、ニノミヤ、サンジョウ、ロクムネなど、全部で九人だった。全ての鉄の腕が二十一人だと聞いていたので、全体の約半数がこのコミュニティに参加していることになる。

「……座れ」

 壱號がそう言って、向かいにあるボロいソファを顎で指す。ユリアは何も言わず、大人しく指示に従った。壱號の傍らに立つサンジョウを見やると、彼女はユリアに小さく頷いた。

「ロクムネ、出せ」

 壱號がロクムネに命じる。ロクムネは、部屋中央の低いテエブルの上に、小型の空域映写機を置いた。電源を入れると、超高度情報網に流れる一つの映像が映し出された。ユリアはただ黙って、それを見た。誰からも何の説明もなかった。

 空域出力された画面には、頭をそり上げた大柄な男が映っていた。画面下に表示されるタケミカヅチの文字。つまりはシヱパアドの最上位者。

「……我々はこれまでの調査を通じて、ついにソウジ・アイゼン議員殺害の犯人を特定するに至りました」

 タケミカヅチが記者たちを前に、大仰に語り始めた。そして一枚の写真が表示された。

「我々は、この写真の彼女を本件犯人と断定し、捜索を改めて開始しています。そして、情報提供を呼びかけると共に、アイゼン氏殺害事件以降の歪な鉄の腕の活動との関連性を調査していく予定です」


 ――その写真には、彼女が、ユリア・ウォヱンラヰトが、写っていた。

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