第参章の肆【探索】1/2

 ある廃棄された地下鉄のホオム。ついこの前まで、何人もの人々が暮らしていたホオム。到来が間近な冬の冷気が、地下を満たしている。唯一残ったの主人は今、地上に上がっていた。

 そして、空っぽの地下ホオムに、足音が響き、迫る。線路の先の暗いトンネルの中から、彼らは現れた。武装した三人のシヱパアド。

「コミュニティ、発見しました。今日二つ目のコミュニティですね……」

 若いシヱパアドが、後ろを歩く隊長格に告げる。隊長は厳しい表情で頷く。それから、小型の拡声器を腰から取り外し、ホオム全体に響く声で通達をした。形ばかりの警告である。

「あー、我々は第八教区所属警護隊である。このホオムに住んでいる者はいるか?」

 返事は、ない。

「すでに住人はいないのでしょうか?」もう一人のシヱパアドが尋ねる。

「さあ、どうだろうな。今たまたま、いないだけかもしれない。だが、いないのであれば好都合だ。我々だけで、先に捜索を開始する。地上へ上がり、本部に連絡をしろ」

 隊長が、部下に命じる。若いシヱパアドは敬礼をして、ホオムへと上がり、地上へ通じる階段を駆けていった。


 通常、全てのシヱパアドは、拡張レンズと超高度情報網に接続するための角を換装かんそうしている。だが、この廃棄された地下区画では、超高度情報網に無線接続することが出来ない。だから、彼らシヱパアドは、御聖廟ごせいびょうの持つ複写生命情報を見ることが叶わない。つまり、この地下においては、誰が似て非なる者なのか、すぐに見分ける術がなかった。もちろん、技術的には小さな記録媒体に外部保存したものを脳の一部に組み込むことも可能ではあった。しかし、教会が情報の独占を望み、外部流出を恐れた結果、シヱパアドにはスタンドアロンな保護権限が与えられていなかった。

 当然、保護対象は、年齢二十歳以下であることが絶対だった。だが、それだけでは保護対象かどうかの判断がつかない。その結果、仕方なく、彼らはコミュニティを見つけては、そこにいる人間の足裏を見るしかなかった。そして、すべてのコミュニティがその命令に素直に応じるわけではなかった。スラムに住む人々は、彼らが複写生命であろうとなかろうと、多かれ少なかれ、政府に対しての反発感情を抱いていた。だから、シヱパアドの地下探索には、少なくないいさかいがそこら中で発生していた。そして、その諍いの中で、双方に更なる敵愾心てきがいしんが生まれることは想像に難くない。襲撃者テロリストでない者が襲撃者テロリストのように扱われ、殴られる。襲撃者テロリストでなかった者が武器を手にし、シヱパアドに抵抗する。

 この一二か月のかん、実際に死人が出ることは稀だったが、それでもその数は、確実にゆっくりと増加の一途を辿っていた。

 

 だからこそ、ここに誰もいなければ、それに越したことはなかった。

 隊長はため息をつき、残った部下に命じた。

「お前は向こう側を。俺はこちらから捜索を行う」

 そして二人は無遠慮に、ホオムに作られたボロイあばら家にずかずかと入っていった。若いシヱパアドの入ったあばら家には、少女が住んでいた痕跡があった。細かい雑貨や何やらが、所狭しと並べられていた。そして、そういった邪魔なものは乱暴にどかされていく。

 シヱパアドはベッドの下を覗きこみ、奥に仕舞われた籠を見つける。引き出してみると、古新聞で包まれた何かを見つけた。取り出して広げる。

 それは小型の拳銃だった。そこに住んでいた少女が、ここを去る前に置いていった物だと思われた。

 武装した似て非なる者たちは容赦なく制圧すると、教会は喧伝していた。だからきっと、ここにいた少女は、持っていた武力を置いて逃げていったのだろう。若い隊員はそう考えた。そして、あばら家を出て、隊長に今見つけた物の報告をした。

 地上へ上がっていたシヱパアドが、地下に戻ってきた。彼が言った。

「報告します。階段踊り場の宿直室にて、高度情報端末がありました」

「どれくらいの規模なんだ?」

「いくつもの機匣きこうを繋いでいます。かなりの数で、普通の使い方ではないんじゃないかと……」

「少し調べる必要がありそうだな……それと」隊長は、ホオムの片隅に放置された石油ストヲブを見た。「ここで暖を取っていた形跡がある。それもまだ、ごく最近ものだ」

 隊長は部下二人に向き直り、断固とした口調で言った。

「増援を呼び、ここら一体の地下区域を重点的に捜索する」


 × × ×


 アズマみやこ、首都警察庁の大会議室。入り口前に設置された看板には、ソウジ・アイゼン氏殺害事件捜査本部、と書かれている。

 だが――と、会議室前方のスクリヰンスクリーン前に着座したアワナキは思う。ソウジ・アイゼン殺しは、すでに通常の捜査の枠から外れ、完全に、先日の御教殿襲撃に引っ張られる形で、似て非なる者を犯人とした前提で動くようになっていた。それは、教会の意向でもあった。そして、一介の刑事であるアワナキに、そんなバイアスを跳ね返すことは出来ない。アワナキは小さく溜息をついて、辺りを見回した。

 室内には、警察官の他、多くの教会警護隊がいた。それはクザンだけではなかった。例の襲撃事件以降、教会は、治安維持の一環として、この殺しにより多くの口を出すようになっていたからだ。

「次いで、第八教区以南における廃棄地下区域の捜査状況です」

 一人のシヱパアドが立ちあがり、報告を始める。

 スクリヰンに地下区域の映像が表示される。アワナキは、身体を回して背後の画面を見つめた。

「まず、我々捜索隊が把握できている、現在の地下コミュニティの位置です」

 地図上に赤い符号が表示される。かなりの数の光点である。

「続いて、女性が、特に若い女性がいたと思われるコミュニティに絞ります」

 画面の赤い印の数が減った。若い女性のいないコミュニティは、捜査対象から外されたのである。

「その上で、今回の事件で使用された犯行道具、武懺ぶざん二四口径を所有していたコミュニティ、もしくはそれに類する拳銃を所有していた可能性のあるコミュニティは……全部で七カ所になります」

 光点の数が七つになった。

「だいぶ減ったな……」

 アワナキの隣に座るカガが、呟く。シヱパアドが続ける。

「そして最後に。今回のアイゼン氏殺害において、高度情報網に不正に接続したことを考慮すると、それを実行することが可能だったと考えられるコミュニティは、こちらの三つになります」

 スクリヰンに残された赤い三つの光点。

「もちろん、これ以外のコミュニティに犯人が所属していた可能性は十分にありますが、アイゼン氏殺害の犯人を上げるにおいて、まずはこの三か所を起点に捜索することを進言いたします」

 シヱパアドが着席をし、報告が終わる。

 アワナキは、教会の持つ人的資源の量、そしてその情報収集能力に少なからず圧倒された。だがその一方で、これだけの力を持って、警察の捜査に干渉してきたということは、この事件の真相は、今やすでに教会の手に落ちているとも言えた。つまるところ、事件の真相は、教会の都合のいいように作ることが出来るからだ。そもそも、事件の犯人を複写人だとすることそのものが、アワナキには早計過ぎるように思えてならない。しかし、先の襲撃事件のあおりを受け、教会ひいては貴族院の目下の方針は、似て非なる者の迅速な保護だった。そのためには国民の理解を必要とする。だからこそ、この殺人事件を利用して、似て非なる者を犯人とし、保護事業推進に一層の弾みをつけたいのである。

 アワナキは隣に座るカガにささやいた。

「いいんですか、こんなに一方的に教会にやらせて……」

「……分かっている。だが、上からの通達があってだな……」

 カガは、自分は悪くないと言わんばかりの態度で言う。アワナキはそんな上司を見て、小さく溜息をつく。そして何とはなしに、捜査資料の束を手に取って目を通し始めた。


 会議が終わり、アワナキが帰り支度をしていると、クザンがそばにやってきた。

「アワナキさん」

 アワナキは顔を上げる。刈り上げた頭に曇りガラスの大きな眼鏡、表情の読めないその顔に、アワナキは無表情で答える。

「何か?」

「この後、お時間ありますか?」

「時間……?」

「ええ、出来れば少しお付き合い頂きたいことがあるのです」

「捜査に関してのことですか?」

「ええ」

 アワナキは少しいぶかしんだ。ここ一ヶ月以上一緒に捜査に取り組んでいるとは言え、二人の仲は決して良くなかった。だが、捜査に関わることであれば、断る道理もない。アワナキは承諾した。

「いいでしょう。それで? どちらへ?」

「……教会病院へ」

 教会病院は、その名の通り、極東御十教イヰスタンクロスが運営する教会直属の病院だった。首都警察から車でおよそ十五分のところに、それはあった。

 アワナキは、クザンの運転する黒塗りの教会公用車に乗り込んで、病院へ向かった。アワナキが胸ポケットから煙草を取り出す。

「アワナキさん、禁煙です」

 クザンがアワナキを咎めた。アワナキは眉間に皺を寄せ、しばらく考えあぐねてから、結局煙草をポケットにしまった。居心地の悪い沈黙に嫌気が差して、アワナキが尋ねた。

「病院に何の用で?」

「……先月のアイゼン氏殺害の三日後の事件、覚えていますよね?」ハンドルを握りながらクザンが訊き返す。

「ええ、あの森林公園の……」

「はい。そこで襲われた警護隊員から情報を抜き出しに行くのです」

「情報を抜き出す? 彼はまだ昏睡状態じゃなかったですか?」

「ええ、その通りです。本来であれば、彼の回復を待ってから、情報を聞くのが一番いいのですが、すでに事件から一ヶ月以上が経過しています。取れる手段があれば、全て取りたいというのが、教会上層部の意向なのです」

「教会上層部……ね。で、具体的に何をするんです? 昏睡状態の人間から何を聞き出そうっていうんですか?」

「彼の視覚を取り出します」

「視覚?」

「ええ、彼は警護隊員として、眼球を視覚情報拡張球かくちょうきゅうに換装していましたから……そこから眼球を取り出して、あの襲撃事件の際に記録された情報を取り出そうというわけです」

「へえ……教会も割とえぐいことをするんですね」

 アワナキは皮肉めいた口調を隠さずに言った。

「これは、致し方ない措置なんです。一応、教会法上では、教会がその存続において一定期間の危機状態にある場合にのみ、情報の取得に関しての基準を緩和させることが認められているのです……」

 アワナキは、教会警護隊員の横顔をちらりと見る。隠された眼元からは正確に判断できないが、それでもそのシヱパアドは、その措置に必ずしも乗り気ではない様子が伺えた。

「ま、下っ端はどこでも大変ですわな……」

 アワナキが外に視線を移して、呟いた。

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