第参章の弐【総会議】1/3

 第一御教殿の大会議室。イトウは再び召集をかけられた。約一カ月ぶりの来訪である。彼は会議室入り口で秘書官と別れ、中へと入った。大勢の人間がすでに席についていた。前回の非公式な会談とは打って変わり、回廊状に配置された長机の中央に、二人の書記官が座している。

 イトウは、副総理大臣のカワノベを見つけて、指定されている隣の席についた。

「お疲れ様です。怪我の具合はいかがですか?」

 カワノベがイトウの腕を見て、尋ねた。イトウは先日の襲撃事件の際、瓦礫に腕を挟まれ、骨折する怪我を負っていた。

「まあ、ご覧のとおりだよ」イトウは、ギプスを巻いて吊るした右腕を軽く持ち上げてみせた。「でも、君だって怪我をしたじゃないか」

「何を言ってるんですか。私は少しの切り傷と捻挫だけですから……でも、イトウさん、今日は中々すごい顔ぶれですね」

 カワノベは周りを見回して、イトウにささやいた。

「貴族院議員が総出で集まっていますよ」

「……今日の議題が議題だからね……でも、この前の襲撃で貴族院議員の何人かは亡くなったんだろう?」

「そうですよ……だから、その亡くなった議員の穴埋めで、本家の跡取りや奥方が代理議員として出席しているんですよ……」

 確かに、よく見てみれば、まだ三十にも満たないだろう若者や場馴れしてなさそうな婦人たちが、何人もいることに気が付く。

「その埋め合わせを用意するのに時間がかかって、今日まで会議が延期されていたらしいです」

「意味が分からない。この緊急時に全員を出席させる必要があるのか?」

「さあ……そこは貴族院全体の力関係を考慮しての話なんじゃないでしょうか」

 イトウは左手で頭をかいて、溜息をついた。

「私たちの他に、民衆院で呼ばれてる者はいないの?」

「ああ、それなら、ほら、向かいに改新党の党首が来てますよ」

 イトウは、カワノベの指差す方に視線を送る。

「ああ、本当だ」

 眉間に皺を寄せ、目を堅く閉じた大柄な男が、イトウたちの向かい側に座っていた。民衆院最大野党の党首オオクマである。彼はまだ四十代と若く、野心的な議員の一人であった。

 しばらくすると、会議室にレイガナ前教皇が入ってきた。室内のざわめきは一瞬で消え去り、全員が立ち上がって頭を下げた。そして、前教皇が上座に着席すると同時に、全ての者がそれに合わせて腰を下ろした。

「さて、お集まりいただいたのは他でもない。先日の襲撃事件についての現状報告ならびに今後の我々の対応について、協議したいと考えたからである」

 レイガナがよく通る声で、聴衆に向かって話し始めた。

「まず、今日ここにお呼びしたのは、以下の者たちである。まず、全貴族院議員、次いで総理大臣、副総理大臣、改新党党首、また聖皇庁警護局局長、及び警護課実務部隊長、以下上級隊員数名、そして首都警察庁長官ならびに以下局長級が数名。一応、全員すでにそろっているとみていいかな?」レイガナは室内をぐるりと見渡す。「なお、今会議は、書記官二名による記録を取るものとする」

 一人の貴族院議員が手を上げて、レイガナの話を遮る。

「現教皇は、こちらにお越しにならないのでしょうか?」

 レイガナが素早くその議員を見留めて、平坦な声で答えた。

「質問の時間は、その都度用意するつもりなので、不用意な発言は慎んでいただいきたい。ただ、彼女についてはご指摘のとおりだ。現在、彼女は別件で遠くに出てしまっている。代わりに、とはいっても結局のところ、これほど大きな事件が起こってしまったのだ。どうあっても、私がこの会議に出席しないわけにはいかないだろう」

 レイガナに咎められ、その議員は必要以上に委縮して頭を下げた。

「では、さっそく始めよう。まずは、先の襲撃事件の報告、加えて、その後に起きた類似事件の報告を」

 レイガナがタケミカヅチの方を見る。タケミカヅチは頷き、隣に控えていた部下に、目で合図をした。部下が立ち上がり、報告を始めた。

「えー、それでは、先の九月二十四日に起きた御教殿襲撃事件について、報告をさせていただきます。まず、襲撃事件の犯人について。彼らは、自らの事を〝いびつな鉄の腕〟と呼称した集団であり、機械化した腕の者たちがその中心的な構成員と考えられます。なお、現在確認出来ている範囲で、機械化した腕の者は九人。そのほか〝歪な鉄の腕〟は、主に似て非なる者たちによって構成されております」

「主に……?」

 どこからか疑問の声が漏れる。

「ええ、主に、です。というのも、事件後に教会が捕獲、収監した犯人たちの中には、似て非なる者以外の者が混じっていました。そこで、鹵獲した似て非なる者たちに口を割らせたところ、彼ら組織の構成員には、未再開発地域、つまりスラム出身の者が多数含まれていることが分かりました」

「犯行グルウプグループの人数は?」タケミカヅチが尋ねる。

「事件当日の御教殿内および周辺の監視カメラの映像から、おおよそ四十名強と推測しています」

「侵入経路は?」

「御教殿周辺に広がる地下道からだと考えられます。今回の襲撃において、最初の爆発は、御教殿前の大通りに駐車された報道関係車両および警察車両によるものでした。犯行グルウプは、この車両に対し、地下下水道を通じて接近し爆薬を設置したものと考えられます。その後、最初に起こした爆発の混乱に乗じて、犯行グルウプは敷地内に乗り込んだのでしょう。そして、最後に起きた広場での爆発に関しても、再び地下が利用されたものと推察されます。こちらをご覧ください」

 そう言って、上級隊員は、左手で持った小さな情報端末をいじった。すると、辺りの照明が暗くなり、会議室中央に第主雅蘭大教殿だいすがらんだいきょうでんの立体地図が空域出力された。

「こちらは、第主雅蘭大教殿の三次元図になります。そして、これがその地下です」

 隊員が端末を操作する。教殿真下の空間にモグラの巣のような、縦横無尽に走る地下道が表示された。

「こちらは、現在使用されている地下鉄網、ならびに工事用通路などになります。それから……」

 空域出力された御教殿の図が縮小され、代わりにその下の空間に、より大きく、細かいモグラの巣が表示された。それは、先程とは比べ物にならないほどに入り組んだ地下通路図だった。見ていた者たちの間から、わずかな驚きの声がこぼれた。

「これは、過去に廃棄された地下鉄網や戦時中通路などを、現在判明している範囲で示したものになります」

 ――そう、モグラの巣には、所々何も表示されていない箇所があった。そしてまさしくそこが、未だに詳細を掴み切れていない隠れた地下通路であることを意味していた。

「御教殿の地下には、戦時中、武器保管庫として使用していた廃棄区画があり、恐らく犯行グルウプはそこを通じて中庭の爆破を行ったものと考えられます」

「武器保管庫? だ、大丈夫なのか?」一人の貴族院議員から声が上がる。

「ええ、廃棄された区画になりますので、銃火器等が置かれていたわけではありません」

「しかし、どうやって彼らはその区画に入り込むことが出来たのだね?」レイガナが尋ねる。

「こちらを」

 隊員が端末を操作し、御教殿直下の図を拡大させた。

「この廃棄区画のすぐ横。こちらに廃棄された地下鉄の職員用連絡通路が存在しています。恐らく彼らは、ここから廃棄区画へと横穴を開けたものかと……」

 レイガナは何も言わず、空域に浮かぶ三次元図を見つめる。

「そして、犯行グルウプは襲撃を終えた後も、この地下通路から逃亡したものと考えられます」

「レイガナ、一つ、いいかな?」

 隊員の話が一区切りついたところで、ダイスマンが手を上げている。この会議室で、話に割って入るだけの権威を持っている人間は、前教皇を除けば、彼以外にはいなかった。レイガナが旧友を向いて、頷く。

「御聖廟は無事なんだろうね?」

 その瞬間、その場にいた者たち全員に緊張が走る。

「大丈夫だよ。御脳ごのう超高度演算処理基匣タカノアマハラも、問題ないことをすでに確認している」

 レイガナの答えを聞いて、ダイスマンは小さく頷く。そして報告をしていた隊員に向かって、先を続けるように軽く手を上げてみせた。タケミカヅチも部下に頷く。

「えー、では、続けさせていただきます。この事件の後、ここ一カ月の間に、規模の大小はありますが、同様の事件が全部で九件発生しております」

 会議室中央にニホン地図が映し出され、九つの光点が明滅していた。それは、事件のあった場所を示したものだった。北はエゾから、西のミヤビ、南のクマソと、被害は全国に広がっている。それぞれの光点の下には、被害者の人数が表示されていた。

「ですが、これらの事件が、先日の襲撃事件と関係しているとは考えにくいです。というのも、どの事件においても、逮捕された犯人からは、〝歪な鉄の腕〟との関連を示す物が全く見つかっていないからです。また、事件の規模にもムラがあり、プラスチック爆弾を使った大規模なものもあれば、ナイフ一本で通り魔的に起きた事件もあります」

「犯人はいずれも似て非なる者なのかね?」レイガナが尋ねる。

「いえ、必ずしもそうではありませんでした。犯人のうち、何人かはスラム出身の者になります」

「犯行の動機は?」

「……彼らに、感化されたとのことです」

「感化……あの〝歪な鉄の腕〟、彼らに感化された……そういうことかね?」

 詰問口調でレイガナに問われ、上級隊員はぎこちなく頷き、それからこう答えた。

「模倣犯、という風に言えるかと思います……」

 模倣犯。その単語を聞いて、イトウは、たとえ不謹慎であったとしても、こう思わずにはいられなかった――これは起こるべくして起きた事件だ。犯人は、虐げられてきた似て非なる者たち、そしてスラム出身者。彼らの不満が、憎しみが、あの襲撃事件をきっかけに噴出した。ただそれだけのことだった。だから恐らく、この模倣はそう簡単には止まらない。何故ならば、彼らは直接的には〝歪な鉄の腕〟とは何の関係もないからだ。たとえ〝歪な鉄の腕〟を打ち倒しても、この国の体制や社会の在り方に、不平不満を持つ者が大勢いる限り、この種の事件はなくならないだろう。そんなことは、よほどの馬鹿でなければ、この会議室にいる者たちは全員、理解しているはずだった。だからこそ、こうやって今日、雁首を揃えて今後の対策を考えることになったわけなのだから――。

 イトウは黙り込んでいる前教皇を見た。他の議員たちも同様に視線を向けた。衆目に気が付いて、レイガナは顔を上げた。

「……さて、ここまでで何か質問などは、あるかね?」

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