第壱章の伍【保護】2/2

「これからどうしたいかと言われても……」

 ナナヒトは腕を組んで、考え込む。ゴダイが助け船を出す。

「君には今、三つの選択肢がある。一つは、このまま帰って、普段通りの生活に戻るという選択。その場合、君は自分が複写生命であることを公には出来ない。学校とか職場とか、そういう所でも、これからずっと偽っていかなくてはいけない」

 ナナヒトは頷く。

「もう一つは、これまでの生活を捨てて、俺らと一緒にやっていくという選択。少なくとも、川を渡った先のあのスラムで、君が複写生命である事を気にする奴は一人もいない。どこかしら社会からはみ出した奴らばっかりだし、自分のことだけで精いっぱいだからね」

「……三つ目は?」

「三つ目は、保護施設に君が収監されるケエスケース。まあ、これは君が選択するというよりは、親が親権を放棄したり、どこにも行く当てがない場合に、国に保護されるケエスなんだけれども……」

「保護施設?」

「複写人を保護するための施設だよ。各教区に一つずつ設置されてるんだけど、今はどうなんだろ? 今もそれくらいあるのかな……」

「ああ、なんか聞いた事ある気がします」

「ユリアはね、一時期そこにいたんだよ」ゴダイがユリアを指差す。

「捨てられて、そこに入れられてたの。狭い石造りの牢獄」ユリアが吐き捨てるように言う。

「ユリアさんはそこを抜け出して……?」

「そうよ。ゴダイがね、そこから連れ出してくれたの」

「ゴダイさんも捨てられたんですか?」

「いや、俺の場合は、父親が殺されたんだよ」

「殺、された……?」

 ナナヒトは声が詰まるのを感じた。だが、何も答えないゴダイを見て、これ以上は聞いてはいけないと判断し、話を元に戻した。

「その……施設は酷い所なんですか?」

「いや、そうでもないよ。曲がりなりにも、教会が運営している施設だしね。何か暴力を振られたりとか、痛い目に合わされるとか、そういうことは私がいたときにはなかったよ」ユリアが説明する。

「教区内にある施設については、あんまり問題はないんだ。アレは、都内に設置してある一時的な施設だからね」ゴダイが話を引き継ぐ。「問題は、一定期間そこにいた後に、別の収容所に移動させられることなんだ」

「別の収容所?」

「調べられる範囲では、フジの樹海近辺にその施設があるみたいだね」

「みたいって……」

「分からないんだよ。そこから先の情報は、超高度情報網には全く転がってないんだ。そこは完全に情報から隔絶された収容所なんだよ」

「少なくともこっちの収容所と同じって事はないんでしょうけど」ユリアが不安そうに自身の腕をさする。

「何なんですか、それ……そもそも何で樹海の中にそんな施設があるんですか? 嫌ですよ、僕。行きたくないですよ、そんなところ……」

 ナナヒトは、自分の声が小さく震えているのに気が付いた。それから両手で顔を覆ってうつむいた。ゴダイがなだめるようにナナヒトに声をかけた。

「……すまなかった。その、君を怖がらせるつもりはなくて……」

 ナナヒトはゆっくりと弱々しく顔を上げた。

「いえ……大丈夫です。いや、ホントは全然大丈夫ではないですけれども……でも、その、あの……お二人が来られた理由も分かりましたし……今聞いた話を知らないままでいるよりは……その、良かったかと……」

「大人なのね、歳のわりに」ユリアが言う。

「君の答えは、別に急がない。繰り返しになるけれども、帰れる場所があるのなら、それにこしたことはないからね」

 ナナヒトはため息をついて、再び下を向いた。靴のつま先を見つめる。しばらくの間、逡巡してから顔を上げた。

「……すみません、一度家に帰って、父と母に話をしてみようと思います」

「そうだね……君はまだ捨てられたわけではないのだから。君が、君の出自を知ったところで、もしかしたら何も変わらないかもしれないしね」

 ゴダイがユリアの方を向く。同意を求める仕草だった。

「うん、いいよ、それで。ナナヒト君にも考える時間が必要だと思うし……」そしてユリアはナナヒトに向く。「さっきはきつく言っちゃったけど……その、どういう結論を選んでもらっても大丈夫だから。あなたは一人じゃない。私たちがいるから。考えがまとまったら、連絡をちょうだい」

 ナナヒトは赤らんだ瞳でユリアを見て、頷いた。

「そしたら、アレだな、俺らの連絡先を渡しとかないと……まあ、俺自身のアイディじゃあないんだけど……」

 そう言いながら、ゴダイはジインズジーンズのポケットをまさぐった。

「その必要はありません」

 鋼の様に冷たく硬質な声。三人の会話に突如現れた四人目。ナナヒトは驚いて後ろを振り向いた。

 男が一人、立っていた。いつの間に、そしていつからそこにいたのか、全く分からない。

 三人は口を開いたが、続く言葉が出てこない。

 男は白い聖衣に身を包んでいた。黒い帯十字と中央に位置する赤い真円。そしてスキンヘッド。教会の警護隊、通称シヱパアドシェパード

「私、第八教区所属警護隊、保護士ムドウと申します。洗礼名はタケルノ」

 身の丈一八〇をゆうに超える筋骨隆々の男はそう名乗ってから、歪な笑みを三人に向けた。

「敬虔な信者より、この雑木林の中に一人、迷える子羊がいると聞き、立ち寄った次第です」

 左目に埋め込まれた鉛色の義眼が、ナナヒトを見て赤く点滅した。それから右手を、自身の右後頭部にやる。そこには、頭蓋から突き出した数センチ大の突起物があった。鈍く銀色に光る角。超高度情報網より脳内に直接情報を送り込むためのジャックイン‐デバヰスデバイス。噂に聞くこの国最高峰の技術であったが、実際目にしたそれは、およそ人間らしさの欠片もない、奇異で滑稽なものに見えた。

 ムドウが、至極落ち着いた声で言った。

「〝神の御加護〟を通じ、〝タカノアマハラ〟の裁定が下されました。ナナヒトと名乗る者よ、あなたは、我が国の経典において、似て非なる者とされ、教義上、その存在を許されていません。よって、今ここで、神の名においてあなたを保護します」

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