第壱章の参【散策】1/2

「準備出来た?」

 ユリアがゴダイに声をかける。

「出来たよ」

 ゴダイがエンジニアブウツブーツを履きながら小屋から出てくる。上にグレイのミリタリィミリタリーシャツ、下は黒いジインズジーンズといったいでたち、左手には革のグラブグローブをはめていた。ゴダイの左半身には酷い火傷の痕が残っていて、それを隠すために長袖を着て手袋をはめるんだと、ユリアはゴダイから聞いていた。

「ちゃんとシャワアシャワーも浴びた?」

「浴びたよ」

「あんた、ここ二三日ずっと部屋にこもりっきりだったから」

「大丈夫だって。これから新しい家族を迎えに行くんだから、身だしなみくらい整えるさ」

 ユリアが顔をしかめる。

「いつもだらしないくせに」

「うるさいな。準備出来たんだから、早く行こうよ」

 そう言って、ゴダイは階段を登り始める。

「ちょっと待って、出掛ける前に挨拶。長老に怒られるよ」

 ゴダイは振り返って、肩をすくめる。

「俺はいいや。どうせまた小言聞かされるだけだし」

「はあー? また私一人で行くの?」

「いいじゃん、ユリアが行けばすぐ済むじゃん。頼むよ」

 ユリアは溜息をついて、仕方なく一人、長老の所へと向かった。地下ホオムを降り、線路沿いを少し歩いた先に木片で組んだボロ小屋があった。そこが、普段長老が寝泊まりしている場所だった。

「長老、ちょっと入るよ」

 今にも外れそうな扉を開ける。長老は擦り切れた絨毯に座り、装飾の施された黒い手帖に何かを綴っていた。顔を上げ、老眼鏡の奥からユリアを見る。

「出掛けるのか?」

「うん。さっき話した複写人に会いに行ってくる」

「こんどのは幾つくらいの奴なんだ」

「さあ、十二、三歳くらいじゃないかな、ゴダイが言うには」

「また、うるさくなるのか」

「どうかな……彼に上での居場所があれば、こっちには来ないだろうけど……」

「そうあってもらいたいものだな。うちは孤児院じゃないんだから……それで? 今日はどこら辺まで行くんだ」

「第八教区内の公園って、ゴダイは言ってたけど……」

 長老は数秒間黙り込んだ。恐らく、おおよその場所を思い起こしているのだろう。

「……そうか。分かった」

 そう言って視線を落とし、長老は再び手帖に向かった。それ以上は何も言わなかった。ユリアが尋ねる。

「ゴダイももちろん一緒に行くんだけど……何も言わなくていいの?」

 外に出る時は、長老に一言挨拶をする。それがこのコミュニティでのルウルルールだった。

「何だ? なんか言って欲しいのか?」長老が下を向いたまま答える。

「いや、別にそういう訳じゃないけど……」

「あいつはな、好き勝手ばっかりだ……拾ってやった俺の恩も忘れて……約束も守らない。ユリア、お前にも似たようなところがある」

 ユリアは何も言い返せない。

「だいたいあいつはな、少し出来る事が人より多いからって……」

 ユリアは黙ったまま、居住まいを正すように着ていたコオトの裾を伸ばした。長老が続ける。ああ、また始まった、とユリアは思った。

「確かに今ここで、皆が生活出来ているのは、あいつのおかげでもあるだろう。でもそれにしたってな、年相応に礼儀ってやつを覚えてだな。だいたい将来の事を考えてるのかどうか……でもまあ、もうこれ以上言っても仕方がない。勝手にすればいい。何かあっても俺は知らない。あいつが自分で責任を取れるなら、俺は文句を言わない」

「まあ、そんなに怒らないでよ」ユリアがなだめるように言う。

「別に怒っちゃいないさ……まあ、いい。行くんなら早く行ってきな」

「ありがとう」

 お礼を言って、ユリアは小屋を出ようとする。後ろから、声がかかる。

「気を付けて行けよ」

 ユリアは足を止めて振り返る。

「あと、出来るだけ大通りを歩くようにしろよ。暗いからな」

 ユリアは思わず笑顔になる。

「何をニヤニヤしてるんだ」

「いや、別に」

「じゃあ、早く行ってこい。帰りが遅くなるだろうが」

「うん、じゃあ行ってくる」

 そしてユリアは小屋を出た。遠くから長老が声を張り上げて、駄目押しの一言を言った。

「あと、ゴダイに伝えとけ! 帰ってきたら必ず俺の所に来るようにって」


 × × ×


 複写人を見つけて保護する。それは、ゴダイがユリアと一緒に長老に拾われてから、一貫して目指していたものだった。もちろん、複写人はそれと見て分かるような特徴は、足裏に遺された生体符号を除けば、何もない。だから、街中を歩いていて分かるようなものでもない。だが、ゴダイはそれを見分けるための方法を編み出していた。

 複写生命情報記録一覧。教会が、かつての複写生命関連企業全社から強制徴収をかけた複写人の遺伝子情報のリスト。これは、教会が所有する中央演算処理基匣〝御聖廟ごせいびょう〟に記録・管理されていたが、ゴダイはそれを盗み出していた。その量およそ一万人分。それでもそれは、複写人全員の情報ではなかった。事実、そこにユリアの記録はなかったからだ。

「見つけて保護をする。あなたがそうしてくれたように」

 ガラクタの山から演算処理基匣えんざんしょりきこうを見つけては繋ぎ合わせ、ついに複写人たちのリストを教会から盗み出した時、ゴダイは長老にそう告げた。もちろん、長老がこれに同意するわけもなく、教会のデヱタベヰスデータベースに無断で接続した事を咎めた。

「お前にそういう才能があることは認めよう。だが、お前のその軽率な行動が私たちを危険に晒すとは考えないのか?」

「長老だって、機匣を使って貯金をかさ増ししているじゃないか」

「アレはかさ増しじゃない。俺の恩給を運用してるんだ」

「……運用っつったって、色々裏でやんなきゃ、俺たちの面倒見るだけの金にはならないでしょう?」

「それは、それだ。俺がそこら辺から情報をくすねてくるのと、お前が教会の最重要機密に接続するのでは、全く意味も危険度も違うのが分からないのか」

「それくらい分かってるよ。だから、教会への接続には、偽装アイディを使って何重もの回廊を通してる。まずばれる事はない」

 長老はゴダイを見つめた。ゴダイの今言った事を信じるべきか、考えているようだった。ようやく小さな溜息を漏らして、言った。

「まあ、接続してしまったものはもう仕方がない。今更何を言ってもな……だけど、遺伝子情報から、どうやって複写人を見つけるつもりなんだ?」

「リストの情報から、それぞれの年齢時の容貌を割り出せる。これを市街地の防犯カメラの映像と照合させれば、該当者が見つけられる。これくらいなら、問題なく出来ると思う。まあ、当の本人が整形してたら、もちろん無理だけど……」

「……理屈はよく分かった」長老は顎に手を当てて考え込む。「だがなあ……例え見つけられたとして、これ以上ここに人を増やしてやっていけるのか? 俺の恩給だって、限度があるんだぞ」

「はは、そこはどうにか頑張ってさ。俺も手伝えるところは手伝うし」

「お前って奴は、何だかなあ……能力はあるのに見通しが甘いというか何ていうか……」長老は俯き、目頭を抑えて答えた。「分かった。お前の好きにしてみろ。その代わり、何か危ないと思ったら、必ず俺に相談をしろ。これは皆のための約束だ」

「分かってるよ。ありがとう、長老」

 そう言って、ゴダイは全ての段取りを整えてしまった。そして、ハナとテオとマオを見つけてきたのである。

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