第壱章の壱【地下ホオム】2/2

「今月十六日深夜、アズマ都第十一教区の港町ベイランのアパアトアパートの一室で、民衆院議員ソウジ・アイゼン氏が何者かに襲われた事件の続報です。アイゼン氏の遺体には、銃で撃たれたような跡が2発あったことなどから、首都警察では事故ではなく、事件として何者かがアイゼン氏を殺害したとみて、捜査を進めています……」


 いつの間にかテレビでは、即位式に関する中継が終わり、次のニュウスニュースが流れていた。キャスタァキャスターの声がわずかに上気している。

 ユリアとニイダは、顔を上げて番組を見た。

「……ソウジ・アイゼン氏は、政府が今国会での成立を目指していた『複写生命にかかる情報の管理に関する法律』、通称『複写生命管理法』の民衆院特別委員会の委員長を務めていました。今回の事件を受けて、法案の成立に一定のブレエキがかかることは、避けられない見通しです。さて、キイナさん、この事件、どうご覧になりましたか?」

 キャスタァが、隣に座る解説者に話を振った。

「そうですね……複写生命管理法――これは、第参次大戦以降、幾つかの民間企業が開始した複写生命事業の情報を、政府で一元管理をして、広く国民に開示するという法律なんですけれども……その成立の目的がですね、極めて教会の意向に沿ったものなんですよね」

「と、いいますと?」

「というのもですね、教会としては、その経典に忠実に従えば、複写生命の禁止をうたっているわけです。大戦中、沢山の尊い命が失われたという現実があるのですが、一方でまた戦中戦後、この禁忌に手を出し、複写生命を生み出した人々がいるだろうというのが、教会の推測なわけです」

「それは、ペットなどの複写生命だけでなく……人の複写生命も、ということですよね?」

「そうです。今でこそ、複写生命技術は国営の研究所でのみ限定的に許可されていますが、戦争の最中または戦後の混乱の中では、そういった事業を請け負った民間の企業が実際にあったわけなんですね。で、問題は、一体じゃあ誰が複写生命なのか、と言うことなんです」

「政府が企業から回収した複写生命の情報は、国民の戸籍デヱタデータと関連付けが出来ないのでしょうか?」

「政府が事業者から回収できたのは遺伝子情報だけで、その遺伝子が具体的に誰のものなのかは、一部を除き、分かっていないのが現状です」

 ニイダがユリアに尋ねる。

「消すか、チャンネル変えようか?」

「いや、別にいいよ。気にしてない」

 ユリアはそれっきり黙り込んで、食事を続ける。キャスタァが再び問いかける。

「それでは何故、今その情報を公開するのでしょうか?」

「一つはですね、戦後、教会が行っている保護事業、これを民間レベルでも容易にやれる様に制度的規制を緩和させるという目的です。先程の遺伝子情報から演算した人称デヱタを民間企業にも流すことで、複写生命の捜索を、より広範囲にわたって行うことが出来るようになるんですね」

 保護事業――極東御十教が推し進めている複写人の保護を目的とした事業。かつてユリアが入れられた施設などが、まさしくそれだった。

「戦後八年近くが経った現在、人々の心の支えは、御十教が中心となっています。また、この御十教の教えの下に、人々が一致団結しているという現実があります。だからこそ、教会の意向に沿うような法案が国会に求められてきたわけです」

 最低な団結の仕方……――心の中で舌打ちをし、ユリアは冷めた目で画面を見つめる。

 したり顔で言い終えた解説者に、キャスタァが最後の核心をついた。

「では、今回の事件の犯人は、一体誰になるのでしょう?」

「単純に考えれば、この法案の成立に反対している人間でしょう。もちろん、経典で言うところの〝似て非なる者〟。彼らが最も有力な容疑者で……」

 テレビの画面が消えた。いつの間にか、ユリアとニイダの周りに人が集まっていた。その中の一人がリモコンを手にしていた。傷だらけの髭面、齢六〇過ぎの男だった。

「ニイダ、お前がいながら……こんな下らない番組を見てるんじゃない。子供たちもいるんだぞ」

「あら、お帰りなさい。ごめんなさい、つい……」ニイダが頭を下げる。

「長老。私、子供じゃないんだけど……」

 ユリアが長老にくってかかった。長老は、険しい眼つきでユリアを一瞥する。

「十七歳、俺から言わせれば、まだまだ子供だ。それに、この子たちの事も考えて発言をしろ」

 長老は、自身の周りで縮こまっている三人組を指差す。さっきユリアに挨拶をした子供たちだった。一人は、十一歳の女の子。もう二人は、男女の二卵性双生児で、七歳だった。彼らも皆、複写生命だった。

「ユリアも子供なんだ」

 十一歳の子が、クスクス笑いながら言う。

「ハナ、あんたにはもう服譲ってあげないから」

 ユリアはきつく睨んで言い返した。

「はあー? 何それ!」

 ハナが裾の余ったワンピイスワンピースの袖を振り回す。

「だって、むかつくんだもん」ユリアがそっぽを向く。

「馬鹿な事、言ってんじゃないわよ。あなた、年上なんだから優しくしなさいよ」

 ニイダがユリアをとがめる。

 二人組の双子――テオとマオが、長老と一緒に帰ってきた、もう一人の男に尋ねる。

「テイスケ、闇市、なんか面白い物、あった?」

 テイスケと呼ばれた三十歳くらいの男は、斜視がかった目をパチクリさせて、少しばかり考え込んだ。そして、担いでいた大きなカンバス地の袋を肩から下ろし、中身を出しながら答えた。

「お、お、面白いものは、な、なかったかな。た、食べ物で、びびび、ビスケットがあるけれども……」

「ビスケット!」双子が声を揃えて叫んだ。

 テイスケは、酷い吃音症だった。昔はそこまで酷くなく、大戦の兵役時にこうなってしまったと、ユリアはニイダから聞いていた。

「ニイダ、茶にしよう」

 長老が、ニイダに言った。ここでは、その名の通り――その風貌ゆえか、ずっと昔からそう呼ばれている――長老が全てを仕切っていた。

 だが、誰もそこに不満はなかった。なぜならば、今ここで営んでいる生活は、全て長老のおかげだったからだ。先の大戦後、長老は、行くあてのないユリアたちを、理由もなく拾った。それは多分、戦争で失った家族の代わりだったのかもしれない。けれども本当の所は誰も知らない。長老は私的な話を一切しなかったから。そして、かつてひとかどの地位まで上り詰めた長老が貰う、僅かばかりの恩給で、ユリアたちは生活をしていた。

「長老、ゴダイは一緒じゃなかったの?」

 ユリアが、食べ終えた食器を片づけながら、尋ねた。

「いや。あいつはまた部屋にこもって、探しているみたいだったな」

「またぁ? あいつ、ちゃんと寝てるの?」

「分からん。とにかく皆で茶にするから、ちょっと呼んでこい」

 ユリアはそう言われて、ホオムの階段を一段飛ばしで登っていき、踊り場の角にある宿直室に向かった。ここだけが唯一、超高度情報網の回線を有線で引いてくることが出来た(大戦以降、かつて地下にも飛んでいた無線情報網は息絶えていた)。もちろん、ユリアたちが現在使っている公共基盤は――電気も水も情報も――全て正規のものではなかった。ありていにいえば、盗品だった。だから、政府当局にいつ立ち退きを命じられても、何も言い返すことは出来ない。

 宿直室の扉を開ける。室内灯は消えていた。その代わりに、西洋机デスク上に設置された何枚ものモニタアモニターが淡く光っている。だが、そのモニタアに映ったものが、何を意味しているのかは分からない。けれども、その中の一枚には、地上の街が映っていた。華やかな市街地の映像だった。

 そして一人の少年が、モニタアの前に座り込んで、ジッと見つめていた。ユリアが声をかける。

「ゴダイ、長老が上の買い物から戻ってきたから、お茶にするって」

 ゴダイは画面から目を離さずに、答えた。

「ユリア、見つけた」

 ゴダイの確信めいた物言いに、ユリアは少しの緊張を覚えた。ユリアは答えを知っていたが、それでも訊かずにはいられなかった。

「何を見つけたの?」

 ゴダイが振り向いて、言った。

「俺たちと同じ、複写生命」

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