【ある日の公爵家の出来事】エリックの修行

 公爵家嫡男、エリック・スタティス・アンドレウ。

 エリックは日々、修行に邁進していた。


 全ては、世界の命運を握る、アティ姫(※実際は姫ではなく侯爵令嬢)を守る為である。

 アティ姫(※本当は姫ではない)、そして世界を救う為に組織されたドラゴン騎士団。

 エリックはそこの最年少団員だからだ。

 エリック団員は、団長(※本人は決して自分が団長だと一言も言った事はない)から貰った騎士の印のナイフを部屋の一番良い場所に飾っていた。


 部屋を訪れた母に「そのナイフはどうしたのですか?」と尋ねられたので、ドラゴン騎士団に任命された事、アティ姫(※姫じゃない)を救う事、そしてそのナイフがその証である事を鼻の孔を広げて熱く語った。


 母は「しかしその印はベッサ──」というところまで語ってから、何かに気づいたかのように扇子を広げて顔を隠してしまった。

 エリックには母の肩が震えているように見えた。どうやら母は、そのあまりの光栄さに感激して打ち震えているのだとエリックは思った。

 母も鼻が高いだろう! なにせ、息子がドラゴン騎士団の一員に選ばれたのだから。

 エリックは母に向かって胸を張った。

「……精進なさい……」

 震える声で母はそう告げると、部屋を出て行ってしまった。母がいつも連れている侍女たちが、何故か自分を物凄もンのスゴい朗らかな笑顔で見ていたのは何故だったんだろうか?

 しかし、エリックには母や侍女たちを気にしている時間はなかった。


 何故なら、ドラゴン騎士団の修行は厳しいからだ!

 エリックが最年少だからといって、団長(※団長ではない)は決してエリックを甘やかさない。それはそれは厳しい訓練を日々要求してきた。


 まずは、お野菜を残さず食べる事。

 これがエリックには一番辛かった。

 なにせエリックは芽キャベツが大嫌いだったからだ。茄子は大好きなのに。なんで世界の野菜は全て茄子じゃないんだろうかと、エリックは世界を理不尽に思い恨んだ。

 しかし、恨んでも皿の上の芽キャベツはなくならない。ソースがかかっていようと、何かに包まれていようと、あの歯ざわりといい匂いといい、エリックは我慢できなかった。

 何故そのような悪魔の食べ物を食べなければならないのか。ある日エリックは団長()に尋ねてみた。


「おなかに良いからです。腸の動きを良くします。内臓が強い人間はサバイバルに強く、生き残る確率が高くなるんですよ」

 それを聞いて、エリックは衝撃を受けた。

 そう、エリックが大嫌いだった芽キャベツは選ばれし戦士の食べ物だったのだ。

 その日以来。エリックは嫌いでも芽キャベツを食べるようになった。

 これも強くなるため、修行の一環である。

 ならば避けて通るべきではない! エリックは頑張った。物凄く頑張った。頑張って食べた。料理人たちもエリックを強くする為に協力してくれ、様々な料理方法で芽キャベツを出してくれた。

 そうやって頑張って食べているいるうちに、なんで嫌いだったのか忘れた。

 むしろちょっと好きになった。


 次に要求されたのは、本を読むことだった。

 実はエリックは、まだあまり字が読めなかった。でも、読めなくてもよかった。子守が代わりに読んでくれるので、別段不便も感じていなかったから。

 本は勉強の為に読むものだったので、正直嫌いだった。それよりも、体を鍛えた方が騎士団としては良いのではないか、エリックはそう思っていた。

 しかし。

「文字も読めず、どうやって命令書を読むのですか?」

 団長()にそう言われ、エリックは衝撃を受けた。

 そうだった! 騎士団の間に伝わる書物(※そんなものはない)を読む為には、文字が読めないとダメではないか! 外部には漏らしてはならない密書を子守に読んでもらうワケにはいかない! このままではダメではないか!!

 けれども。エリックは本を読むのが物凄く苦手だった。文字だけを見ていると、瞬間的に眠気が襲ってきて理解する事ができなかった。

 もしかしたら、あの本は眠りの呪いがかかった魔道書なのかもしれない。

 エリックは困ってイリアスに相談した。

 イリアスはエリックに背中を向けて震えていた。そうか。イリアスも魔道書の恐ろしさに気づいたのか。怖くて震えているんだな。大丈夫だイリアス、お(↑)れ(↓)がイリアスを守るぞ!


「……エリックならこの本からの方がいいんじゃない?」

 そう言ってイリアスが出して来てくれたのは絵本だった。

 ドラゴン騎士団ともあろうものが絵本だと!? 重要な密書も読めるようにならないといけないのに絵本だと!? 絵ばっかりで文字も少ないじゃないか! 何故こんな本を──

 と、思っていたら。

 絵の中に、ドラゴンがいた。

 イリアス、もしかしてこれは……!?

「古典的なヤツだけど。ドラゴンを退治しにいく勇者の物語だよ」

 やはりそうか! これは絵本の姿に似せた、ドラゴン騎士団の歴史を伝える歴史書だったのだ! まさかウチにそんな重要な書物が隠されていようとは!!

 イリアスはその事を知っているのか?!

 エリックはイリアスに恐る恐る確認を取ってみた。

 尋ねられたイリアスは、一瞬あらぬ方向へと視線を向けた後

「……僕には僕の秘密があるんだよエリック」

 そう、ポツリともらした。


 なんと! イリアスはイリアスで何かの使命を帯びていたのか!!

 イリアスがまた背中を向けて肩を震わせている。ああ、秘密の暴露に勇気がいったのだろう。イリアスありがとう。自分と同じように隠された使命を帯びたイリアス。

 エリックは、心の中だけでイリアスの事を応援する事を決めた。


 とにかくまず、この歴史書の解読が必要だった。

 エリックは注意深く、文字、そして、絵を眺めた。眺めているウチに、文字の意味がなんとなく理解できるようになってきた。

 しかも、そのドラゴン騎士団の歴史はエリックを一瞬にして虜にした。力強いドラゴンと、それをなんとか攻略する勇者。血で血を洗う激しい激闘。勝利の向こうにあったもの。教訓。

 エリックは、その本を何度も何度も読んだ。大好きになった。イリアスが他にもあるよと色々な本を持ってきてくれた。エリックは貪るように読んだ。読みふけった。

 その本たちは、エリックのバイブルとなった。


 最後に要求された事は、よく眠る事だった。

 これはエリックにとっては難しい事ではない。何故なら、毎日庭をゴロゴロ転がり、団長()に言われた「受け身は基本中の基本」を常に守っているからだ。

 毎日修行を行っている為、ベッドに入ったら秒で意識を失った。

 毎日屋敷中もマラソンして体力向上に努めている。「走っては危のうございます!」と血相変えて追いかけて来ていたメイドたちも、途中で修行の重要性を理解してくれたのか、追いかけて来なくなった。

 それどころか、途中水やタオルを差し入れてきたり、汗でビッショリになった服を着替えさせてくれた。笑顔で見送り、時には危ない事もあったが、すぐに手を差し伸べてくれた。

「頑張ってくださいね、エリック様」と声援を送ってくれる家人たちもいた。

 ありがとうメイドたち、ありがとう執事たち。お前たちのお陰でお(↑)れ(↓)は強くなっている。エリックは家人たちの協力に感謝した。


 そんな日々の努力を、団長()に報告しに行くのが楽しみだった。

 団長()は毎回必ず褒めてくれた。そして、その成果を見せると物凄く驚いた顔をしてくれた。

 そしてアティ姫()。

 アティ姫()には、余計な心配をかけたくなく世界の命運である事は秘密にしていたが、修行については報告していた。

 アティ姫()は笑顔で、凄いね凄いねと褒めてくれた。

 エリックはそのたんびに有頂天になった。

 でも、アティ姫()は時々つれない態度も取るが。

 いや、世界の命運を背負った姫なのだ。時にはそういう事もあるだろう。

 しかし、姫がどんな態度を取ろうとも、エリックは気にしない。


 だって、アティ姫から貰った、大切な大切なハンカチがあるのだから。

 それには、アティ姫が一針一針エリックの無事を祈って刺してくれたエリックの名前がある。アティ姫から初めて貰ったプレゼントだ。


 エリックはこの一生物の宝物を、日々ポケットに忍ばせて、今日も修行に邁進していた。



 了

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る