第48話 神話

「お前沙耶に何もしてないだろうな?」


「綺麗なお嬢様でしたので、

 日本語でお誘いはしたのですが、

 丁重に断られてしまいまして…」



するとまたにっこりと沙耶に向かってほほ笑んだ。



沙耶は俺の背中にささっと隠れた。


いつもならここで何か言うはずなのだが、

多分あの時の事がよほど怖かったのだろうか。


何も言い返さず、

俺の後ろでにただ隠れていた。



「立ち話もなんでしょう。

 おかけください」



大きなソファーの真ん中に沙耶と座った。

沙耶はそれでもまだ引っ付いたままだ。



「大丈夫ですよ。

 変な事しませんからね?」


「う…うん…」



男はくすくすと笑っていた。



「あなた…名前は?」


「雅(みやび)だ。

 お前は?」


「私はウェスリー。

 他にはヘパイストスやサラマンダーと呼ぶ人もいます」


「だから神の領域か」


「いえ…。

 神の領域とはあくまで憶測ですが、

 また可能性が出てきたと共に失われましたね」


「というと?」



ウェスリーは語り始めた。



「私達覚醒者は他のタイムリーパーとは違い、

 より強く、そして速く、さらに正確に動くことが可能になると同時に、

 それぞれにとてつもない負担と引き換えに能力を授けられます」


「お前のあの熱と、俺の光…」


「はい。

 私は熱ではなく火…炎…。

 あらゆる物質を燃やし尽くせる炎だと思われます。

 雅さんの場合、

 あの輝きや音からして電気…雷のようなものだと思います」


「雷?」


「私の知っているロシアのヴァレリーは水分。

 ドイツのエルザは砂や大地のようなものを操ります。

 しかし、神と言っても世界中には様々な神が存在します。

 つまり、我々が神の力を得たのなら、

 他にどれほどの神の力を得たものが出てくるのでしょうか」


「死んで神になったとでも言いたいのか?」


「しかし事実は神と呼ばれても大げさではないと思いますが?」


「まあ…」



自分達が神であると仮定しても、

国や地域によって信仰する神も違えば、

同じような意味合いの能力を持つ神も存在する。


つまり、火で言えばサラマンダーや12神のヘパイストス等、

様々な炎の神が存在する。


さらに神には戦いの神や知略の神、愛の神も存在する。

それらも存在すると考えたら恐ろしい数となってしまう。



「私は神ではなく、

 自然のエレメントのようなものだと考えています。

 そう解釈も出来る気がするのです。

 しかし、あくまで仮説。

 神と言えば神です」


「過程はいいとして、

 俺ら覚醒者の存在に関しては明確な答えは無いという事だな」


「はい…」



あくまで仮説。

そう俺は自分に言い聞かせた。



俺は次の疑問をぶつけた。



「覚醒する条件とはなんだ」


「絶望の淵、死の間際…。

 あらゆる場面からの突然の覚醒であるとは言えるでしょう。

 しかし、覚醒する際にはっきりしている事があります。

 それは女性の声」


「それは俺も聞いている。

 2度な」


「2度!?」



ウェスリーは驚いていた。



「私達は一度しか聞いていません!

 内容は!?」


「俺はリミットを迎えるタイミングで”これで最後”。

 覚醒するタイミングで”あなたにはまだやるべき事があります”と…」


「内容が私達とは違います…。

 普通リミットを迎える際に言われる言葉などありません!

 さらに私達は”力を授けましょう”と!」



ウェスリーは困惑していた。



「そんな事言われても俺にはそう言ったんだ!」


「他の覚醒者とは違う何か…。

 やはりあなたの100回という稀なリミットが関係あるのでしょうか…」


「それは俺にも分からない…」



ウェスリーはどこかに連絡をしていた。



「他の覚醒者にも知らせるべきです!」


「俺の勘違いの可能性だってありえるだろ?」


「2回あったという事実は間違いないはずです。

 これは新事実ですからね」



ウェスリーは一人でぶつぶつと何かを言っていた。



「雅くん?」


「なんだ?」


「どうしたの?

 なんかすごい必死に見えるけど…」


「俺とあいつの話に食い違いがあるんだ。

 だからそれの事実確認の為に焦ってるんだよ」


「ふーん」



沙耶は再び俺の腕にしがみついた。



神の領域とは覚醒者の特別な力が自然の力を得ている事を指している事が分かった。

しかし、絶望の淵や死の状況に出くわしていたリミットの人は数多くいるはずだ。


その中で何故こうも選ばれた少数だけが覚醒したのだろうか…。


少し落ち着いたのか、ウェスリーは話題を変えた。



「そういえば雅さんはラファエルとやり合ったそうですね」


「ああ」


「彼も前はフランス支部の構成員だったのですが、

 少しいざこざがありましてね…」


「いざこざ?」


「フランスはタイムリーパーの管理にすごく厳しいです。

 彼は自分の婚約者に自分がタイムリーパーだと誤って話してしまい、

 それを知った政府が彼女を処分してしまいました。

 その為彼はタイムリーパーの管轄を抜け出し、

 あのような理想郷を作るテロリストと化してしまったのです」


「そうなのか…。

 ある意味あいつも被害者なのか…」



その話を聞きながら俺は沙耶の顔を見た。



「どうしたの?」


「いや…。

 何でもないよ」



俺はどこかでいつかそのタイミングが来たらどうするのだろうと考えていた。

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