第35話 男気

阿部さんと二人きりの静寂で気まずい時間が流れた。

一向に阿部さんは顔を上げる事はしなかった。


あまりに静かすぎて図書室へと向かってくる3つの足音が響いていた。



「雅くん!

 呼んできたよ!」



少し元気の無い団長と静かに怒りを抱えている彩先輩と一緒に沙耶が入ってきた。



「何よ?

 私は話す事ないんだけど」


「ちゃんと状況知ってもらいたかったのと、

 阿部先輩からも言いたい事あるみたいだったので…」



彩先輩は阿部さんを睨みつけた。



「言いたい事って何?」


「そんな怖い言い方しなくてもいいだろ?」



団長は彩先輩の態度に食ってかかった。



「元はと言えばあんたが浮気なんかするからじゃん!

 そっち庇う意味が分かんないんだけど!」


「言い方が悪いって言ってんだよ」



いつもなら低姿勢な団長が言い返している光景何か違和感があった。



「あの…」



2人の会話を遮って阿部さんが口を開いた。



「何?」


「ごめんなさい!」


「えっ?」



彩先輩はキョトンとしていた。



「私前から山田先輩の事が好きで…。

 でも彩先輩がいるから何も出来なくて…。

 でも気持ちだけでも伝えたくて…」


「おい…いいって…」



山田先輩は阿部さんの言葉を遮るようになだめた。

しかし、阿部さんは開いた口を閉じる事はなく、話を続けた。



「告白のタイミングを作りたくて…。

 でもみんなの前では言い出せなくて…。

 二人きりになれば出来ると思って…」


「それであんな事したの?」


「ごめんなさい…。

 山田先輩は悪くないんです…」


「告白はしたの?」


「しましたけど、

 彩先輩がいるからってフラれました」


「ふ~ん」



彩先輩は黙って阿部さんを見つめていた。

阿部さんは下を向いたまま微動だにしなかった。

その様子を沙耶はキラキラした目で見つめていた。

俺はそんな沙耶の様子に呆れながら事の結末を見守った。



「じゃあ浮気じゃなくて告白したかったってだけ?」


「はい…。

 ごめんなさい…」


「なぁ~んだ!

 私の早とちりだったわけね」


「えっ?」


「ごめんね。

 こいつ意外とモテるから浮気したんだと思って勘違いしてたんだね。

 それにしても何であんたも本当の事言わないの!?」


「フった何てことみんなの前で言えるかよ…」


「男ならもう少し女の子の気持ち考えなさいよ」


「お前が早とちりするからだろ!?」


「後で言えるタイミングもあったでしょうが!」


「う…うん…」


「まっ!

 浮気じゃないならいいや!

 ごめんね!

 こっちこそ怒っちゃって!」



阿部さんは涙を流していた。

彩先輩は阿部さんを抱き寄せた。

そして最終的には2人仲良く話し込んでいた。



「江口くんも沙耶ちゃんもありがとうね!

 迷惑かけちゃって!

 私の勘違いだったってみんなには謝っておくから、

 阿部さんの事は内緒にしておいてあげて!」


「いいんすか?

 彩先輩が後でなんか言われても…」


「私も悪いからね…。

 まあ大丈夫でしょ!」


「了解っす!」



俺は彩先輩が言った事を守ろうと思った。

そして彩先輩と団長と阿部さんは仲睦まじく教室へと帰って行った。



「彩先輩カッコイイね!

 私もあんな女の人になりたいな!」


「あれは中々言える言葉じゃないよ。

 実際浮気したって疑ってた団長とも別れてないわけだしな」


「何よ!

 私だって雅君が浮気したって大丈夫だもん!」


「じゃあ浮気しても怒られる事はなさそうだな」


「それはダメ!!

 っていうか阿部さんと二人きりも本当はダメなんだからね!」


「それは仕方ないだろ?

 目立つ行動は避けたかったし」


「今日のお昼に二人きりはダメって言ったもん!」


「友達はな?

 阿部さんは先輩だから」


「言い訳するな~!」



俺は沙耶に追いかけられながら教室へと帰った。



教室の雰囲気は最初は変わらなかったが、

日が経つにつれて周りも元に戻り、阿部さんの居場所も確保されたように見えた。


練習も佳境を迎え、

ついに明日体育祭というところまでやってきた。



「江口~。

 お前最近先輩達とも仲良いじゃんか」


「まあ色々あったからな」


「何で俺も仲間に入れてくれなかったんだよ」


「浅井は口軽いし、

 すぐにぼろが出るからダメだよ」


「なんだよ…」


「まあ仲良くなったら浅井も先輩紹介してやるから」


「本当だな!

 じゃあ許す!!」



浅井は嬉しそうに飛び跳ねていた。

するとその様子を見ていた沙耶が近づいてきた。



「浮気はダメだからね」


「はいはい」


「適当に返事しないでよ!」



俺はクスっと笑って校門を出た。





「江口君は明日何に出場するんだい?」


「一応学年対抗リレーみたいなものと100メートルとかですかね」


「走るのは速いのかい?」


「まあまあですかね」



俺は沙耶に連れられて沙耶の家に来ていた。



「明日は私達も見に行くから応援してあげるね」


「ありがとうございます」


「私と雅くんのペアダンスもあるからね!」


「そうなのか!

 それは見に行かないとな!」


「言うなよ!!」


「いいじゃない。

 どうせ見に来るんだから」



俺は明日は準備の為早く寝たいと伝え、

沙耶の家を後にした。


帰り際、携帯が鳴った。



「もしもし?」


「達也です!

 お元気でしたか?」


「お元気も何も高校生エンジョイしてたところだよ。

 なんか用か?」


「実は…」


「なんだよ…」


「明日の体育祭休む事出来ないっすかね?」


「はっ?」


「雅さんがあの高校の生徒だって事は楓達にもバレてます。

 制服着てやりあいましたしね。

 それで明日は人が多く集まります。

 雅さんを殺す為に人質取られる可能性もあるので…」


「俺が自分でその場合は何とかするよ」


「問題はそこだけじゃなくて、

 由希って子がいますよね…。

 お連れさんに…」


「いるけど…」


「彼女は危険です」


「はっ?」


「あの子は白川美鈴とグルだった可能性があります…」



俺は携帯を握りしめたままそこに立っていた。




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