第11話 出会い

「雅って江口の事じゃん!」


「えっ…?

 雅君って言うの?」


「えっと…まあ…

 そうだね…」



一瞬動揺してしまった。

しかし俺に知り合いなどいるわけがない。


さらに俺の幼稚園の思い出なんてたった数日程度のもの。

名前も顔も何も覚えていなかった。


浅井は気になったようで、

その話を由希に追求し始めた。



「その雅くんが江口かどうかは後にして、

 何でそんな幼稚園の頃の人にこだわってるのさ」


「私、幼稚園に入りたての頃に池で溺れたらしいの。

 それで、意識を失ってたらしくて…。

 その時に私を助けてくれたのがその雅くんって子らしいの」


「それが江口だと…」



二人は俺の顔を覗き込むように見た。



「えっと…」


「溺れてた子を助けた経験があるのか?」


「幼稚園の頃に…。

 色々あって引っ越ししちゃったんだけどね…」


「じゃあ…。

 あなたが私を助けてくれた人なの!?」


「助けたって程の事はしてないよ!」


「でも幼稚園の子達が雅くんって子が私にチューしたって言ってたもん!」


「マジか江口!!」


「小さい子のいう事は大げさなんだって!

 俺もほとんど覚えてないし!」



俺ははっきりと覚えていた。

しかし、心臓マッサージをして人工呼吸を行い、

救急隊員や先生たちに指示まで出していたなんて言えるはずもなかった。



「まさか由希が言ってた人が江口とはな!

 運命ってやつかな!」


「ちょっと止めなさいよ!」


「お二人さんを邪魔しちゃ悪いですから、

 僕は飲み物買ってきますわ!

 ごゆっくり!」



浅井は教室を飛び出して行ってしまった。


俺と由希の間には沈黙が流れた。



「あの…。

 ちゃんとお礼を言いたかったの…。

 覚えてないかもしれなくてもいいから…」


「お…おう…」


「私を助けてくれてありがとう」


「どう…致し…まして…」



上手い事言葉を返すことが出来なかった。



「さっきからイチャイチャしてんじゃねぇ~よ!

 うるせぇな!」



教室の反対側から大きな声が聞こえた。


ふと目をやると、

そこには圭がいた。



「何見てんだよ!

 調子こいてんじゃねぇよ!」



圭はスッと立ち上がり、

俺の席にまで数人後ろに連れて歩いてきた。



「おい江口」


「何だよ」


「調子乗んなよ?」


「バスケ部がバスケで負けてひがんでんのか?」


「てめぇ!!!!」



圭は座っている俺の顔に向かってパンチをしてきた。

あまりの遅さにどうしようかと悩んだ。


とりあえず避けとこうと思い、

首を動かして躱した。



「おお!ケンカか!?」



圭の叫び声のせいで人が集まってきてしまった。

そこには圭のファンもいた。



「圭くんやっちゃえ!!」



すると圭の隣に立っていた男が叫んだ。



「見てんじゃねぇよ!!」



その男は俺の隣で立って話していた由希に向かって前蹴りをしたのである。



「いやっ!!」



由希は当たると思って目を瞑っていた。

しかし、その前蹴りも俺は座ったまま左手で受け止めた。


掴んだ足を払い、

そいつの髪の毛を掴んだ。

そして頭を机に叩きつけた。


男は悶えながらうずくまっていた。



「雅くん…?」


「ちょっと待ってて」


「うん…」



圭は俺の胸ぐらを掴んで自分の方に引っ張ろうとした。

しかし、ビクともするはずがない。



「何だこいつ!」



あからさまに圭は動揺していた。

俺は逆に圭の胸ぐらを掴んだ。


そして周りに聞こえないように耳元で囁いた。



「ここで止めとけ。

 じゃねぇと殺すぞ」



圭の唾を飲み込む音が聞こえた。



「クソが!行くぞ!」



圭は叩きつけられてうずくまっている仲間を連れて教室を出て行った。



「ごめん…。

 大丈夫だった?」


「う…うん…。

 雅くんって…強いんだね…」


「たまたまだから!」



ケンカを見に来ていた他のクラスの連中は俺の事を凝視していた。



「お前めっちゃ強いんだな!

 どこの中学校だよ!」


「いやっ…

 東京から越してきたから…」


「そうなんだ!」



東京という言葉が印象に残りすぎたのか、

渋谷とはどういう場所なのかとか、

秋葉原にはメイドさんがいっぱい歩いているのか等、

東京について色々聞かれた。


少し騒ぎになってしまい、

俺は面倒な事が嫌いな為、

目を避けるように教室を飛び出した。


圭はその様子を遠くから悔しそうに見ていた。



教室を出て俺は体育館の屋根にいた。

もし誰かが探しに来たとしてもここには確実に来ない。


そこは俺にとっては体育館裏から飛び乗れば容易い事だった。


一人でそこに寝ころびながら空を眺めていた。



ピリリリリリリリ…



「はい?どなたですか?」


「雅さんですか?

 達也です!」


「なんで非通知なんだよ」


「まあ一応いざという事も考えての事ですよ」


「で?」


「高校生活は順調ですか?

 問題起こしたりしてないです?」


「してないよ」


「初仕事ですよ!」


「初仕事?」


「一応我々の期間は日本を守る為にある事はお伝えしましたね?」


「ああ」


「最近雅さんの通っている高校の地域周辺でドラッグが出回っているそうです。

 なので解決してください」


「はっ?警察に任せておけばいいだろ?」


「残念これが未成年も関わっていたりして、

 何とも尻尾がつかめないみたいで我々に回ってきました!

 好きなように調査したり捕まえてもらって構いません。

 その代わり正体だけはバレないでくださいね!」


「バレたら?」


「転校です」



俺は両親が住んでいてお墓のあるこの地域から引っ越す事だけは避けたかった。



「分かったよ。

 何かしら情報無いのか?」


「ありますけど最初ですし自分でやってみて下さい!

 期限は一ヶ月でお願いします!」


「はっ?」


「じゃあ!

 捕まったってニュース楽しみにしてますね!」


「ちょっと!」



プープー…



電話は雑に切られてしまった。

非通知の為かけ直す事も出来ない。


俺はまた屋上に寝ころんだ。



校庭の桜の木が桃色から緑へと変わりかけていた。

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