第5話 事件
母親は不思議がりながらも家事を終え、
俺を連れて公園へと出かけた。
母親は幸せそうに俺と遊んでいた。
一般的に考えれば自分の子供の中身が他人に変わってしまう事をどう思うのだろう。
寂しいのだろうか。
それとも天才児になるから誇りに思うのだろうか。
確かに子宝にも100回の人生の中で何度も恵まれた。
親でもある俺だが、
彼らの感情がどうであるかとかまでは理解出来ていない。
自分以外にもこんな人間がいたのだとしたら、
自分の子供達ももしかしたら”生まれ変わり”していたのかもしれない。
では生まれ変わりしていたとして、
それは偶然なのか必然なのか。
元々そういう運命の元、
俺を含む子供達は生まれていたのだろうか。
幸せそうな母親の表情を見てそんな事を考えていた。
ピリリリリリピリリリリリ…
母親の携帯の着信音がなった。
母親は携帯を耳に当てた。
「もしもし?」
「江口美幸さんでよろしいでしょうか?」
「はい、そうですが…」
「旦那様である孝之さんが事件に巻き込まれまして…」
「えっ…?」
「お亡くなりになりました…」
母親は携帯を耳に当てたまま微動だにしなかった。
そして感情の読み取れないような暗い顔に涙が流れていた。
「美幸さん?美幸さん?」
「あっ…えっ…」
「お気を確かに。
現在調査中ですが、奥様にもお話をお聞きしたいので夕方ごろにお伺いしたいので
すがご自宅でしょうか?」
「分かりました…」
「大丈夫ですか?」
「あの…主人は…」
「詳しくはお邪魔した時にお話ししますので、
よろしくお願い致します」
母親は電話の相手に住所を伝え、
静かに電話をポケットにしまった。
「雅?帰ろうか?」
「ん?」
「夕方にお客さん来るらしいから準備したいからね」
「うん…」
電話の内容に気づいていたが、
俺は聞こえないふりをして母親の手を握り、
家へと帰った。
家に着いても母親の顔が明るくなることはなく、
震えながら唇を噛み締めていた。
俺は電話の相手に疑問を感じていた。
そして父親が殺害された経緯についてもいささか疑問を感じた。
まず父親が事件に巻き込まれ亡くなったという事は、
殺害された可能性が非常に高いという事。
何故なら、
事故である場合はまず救急車による搬送があり、
その後治療後に警察による身元の調査が入ってからの連絡となる。
しかし、父親が自宅を出たのは午前中。
まだ12時過ぎという事を考えると、
家を出てすぐに事故に巻き込まれたと考えるのが普通。
さらに公園から帰って来るまで、
そして自宅にいる間に救急車のサイレンは聞いていない。
つまりは事故ではなく、
救急車を呼ぶ必要がないくらい、
死んでいるということが一目でわかるという事だ。
そして一番の疑問は名を名乗らなかった事。
詐欺でもよくある手段だが、
いきなり精神的にショックな情報を与えると、
前後の会話に対して疑問を感じなくなる。
オレオレ詐欺でもよく使われる手法だ。
そしてどうやって電話を掛けてきたかが問題だ。
まず警察は個人の携帯番号にいきなり連絡してくることはあり得ない。
何故なら特定に時間を要するからだ。
それなら直接家に来る方が早い。
もし父親の携帯電話で番号調べたのだとしたら、
どうやってロックの解除を行ったのかが分からない。
今の携帯は指紋認証によって解除することが多い。
もし指紋認証を使っているのだとしたら、
死体である父親に触れ、解除したと考える他ない。
つまり電話の相手は警察ではない可能性が高いという事。
しかし母親は既に相手に電話番号と住所を伝えてしまっている。
夕方に来るという内容だったが、
明確な時間は不明。
相手が単独犯ではなく、
複数犯だった場合既に見張られている可能性が高い。
そして彼らの目的は金じゃない。
物取りの犯行や金銭目当ての犯行だった場合、
父親を殺して連絡をしてくる必要がない。
自宅に来る、もしくは俺か母親に会いに来ることが目的だ。
これは何が目的か先にはっきりさせる必要がある。
警察に連絡をするのが先かも悩みどころだ…。
しかし幼稚園児が何を言ったところでどうしようもない。
だが母親は警察だと勘違いしているから連絡はしないだろう。
今一番可能性が考えられるのは俺の存在。
朝の園長の電話が現実に事件になろうとしていると考えた。
なので俺はイチかバチか賭けに出る事にした。
「お母さん…」
「何?」
「ごめんね…」
「えっ?」
俺はスマホを母親から奪い、
玄関から飛び出した。
「雅!」
母親は必死に捕まえようとするが、
早すぎる俺を捉える事は出来なかった。
俺は母親を巻いて、
携帯電話の中身を確認した。
母親の携帯は指紋認証や顔認証のスイッチを切ってある。
彼女は反応しづらくてイライラするとの事からパスコードでロックをしているから、
開けるのはコードさえあれば容易だった。
俺は着信履歴を確認した。
そこには孝之と書いてあった。
父親の携帯を使ってかけていることが判明した。
これは間違いなく警察ではないと確信。
俺は電話を掛けた。
「もしもし?」
「おい。
狙いはなんだ?」
「気づいたんだ。
ただのバカではないようだね」
「質問に答えろ。
狙いは何だ」
「君だよ。
小さな坊や」
「何の用だ。
父親は関係ないだろ」
「優しくお家の場所と君の居場所聞こうとしただけなんだけどね。
素直に話してくれないものだからね」
「直接出向いてやるよ。
場所は何処だ?」
「君の見た目で外一人でいたら目立っちまうからな。
近くの公園前まで迎えをよこすから待ってな」
家の周りを必死に探し回る母親にバレないよう身を隠し、
近くの公園で待機することにした。
5分も経たないうちに公園の前に車が止まった。
車は黒塗りのベンツ。
あからさまにヤクザですくらいの圧がある車だった。
「乗れ。
ちなみに妙な真似はするなよ。
母親は監視してるからな」
ドアが開き、
俺は車へと乗り込んだ。
車内には運転手と男が一人。
胸ポケットにはちらっと銃が見えた。
すると隣の男が話しかけてきた。
「100回の生き返りをしたのは本当か?」
「本当だけど?」
「今からボスに会ってもらう。
いいな?」
「望むところ」
俺は車でボスと呼ばれる奴の元へ向かった。
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