仕切り直しの関係
「今日は何をしてたんだ?」
「今日は義隆様の直衣を仕立てていました」
「そうか、ありがとう」
「染子様が一人では大変だったから助かると言ってくださって……とても心がぽかぽかして胸を張りたくなりました。染子様が言うには、それは嬉しいという気持ちと誇らしいという気持ちらしくて。毎日新しい気持ちを知るのは楽しいです」
かぐやは笑顔で話す。この数日でどんどん新しい感情を吸収していた。義隆は静かに相槌を打って聞いていた。かぐやの話し声が心地よかったのだ。
「義隆様は?屋敷にいない間どうなさっているのですか?」
「出仕して事務仕事だな。下っ端だから雑用ばかりだ。あまり面白い話はないぞ」
「染子様からお聞きしたのですが、神祇官なのですよね?」
「ああ、この国の祭祀の一切を仕切っている役職だ」
「大変ですよね。私も故郷で巫女の仕事をしていたのでよくわかります」
「お前、巫女だったのか」
「本職ではありませんが、巫女も仕事の一つでして。儀式となると覚えることも多くて」
「たしかに巫女たちは忙しそうにしてるな。俺は儀式の中で役割を持ったことはないが、儀式は裏方の仕事も増える」
「でもその分、儀式が終わった後の生活が落ち着く気がします」
「そうだな。大仕事を終えたあとは重い荷が下りて気持ちが軽くなる」
「今は何か準備していますか?」
「いや、今はちょうど何もない時期だ。もう少ししたらまた繁忙期が始まるが」
「がんばってくださいね」
「ああ」
そんな話をした翌日。いつもの帰宅時間に帰ってこない義隆が心配になったかぐやは染子に尋ねた。
「義隆様はまだ帰られないのですか?」
「あ!伝え忘れていました!申し訳ございません……。今日は帝が開かれた宴に参加するため遅くなります。いつもの時間を設けるのは難しいでしょう……」
「宴ですか。楽しんできてほしいですね」
「うぅ」
染子は涙が出てきた。男の帰りが遅くなるというのに文句一つ言わず……こんな健気でかわいらしい姫君が他にいるだろうか、いや、いない。世の姫君の鏡だ。この人を逃せば義隆に似合いの女性はもう一生現れないだろう。
「かぐや様!」
「は、はい」
染子の迫力にかぐやは押されている。染子はその圧を維持したまま続けた。
「どうか義隆様のそばを離れないでください。あの方にはあなた様がいないといけないのです」
妙な説得力がかぐやを頷かせた。染子は大きく胸をなでおろしていた。
義隆が帰ってきたのは日が暮れかけた頃だった。義隆はいつも早朝から午前中いっぱいまで出仕して帰ってきている。やはり宴ということで大分遅い帰宅になった。
「おかえりなさいませ」
「ただいま。わざわざ出迎えとはな」
「あっ、ダメでしたか……」
義隆には当初極力関わるなと言われていたことを思い出した。また失敗してしまっただろうか。
「いや、別にかまわないが……」
かぐやはほっとした。
「今日は遅いが、いつもの時間つくるか?」
義隆は時間をとってくれるらしい。意外だった。かぐやは即答で首を縦に振った。
「今日の宴はいかがでしたか?」
「疲れた」
義隆はいつもしゃんとしている姿勢を崩していた。疲れているのにかぐやとの時間を設けてくれたのだ。かぐやはそれが嬉しかった。
「疲れているのに気を遣わせてしまってすみません。でも嬉しいです」
かぐやは頬をほころばせた。それを見ていると疲れも吹き飛ぶ義隆であった。整った顔立ちのかぐやが笑うと花が満開に咲き誇るような華やかさがある。
「いや、お前を見てると疲れもとれる気がする」
「まあ……不思議なこともあるものですね」
二人はお互いになぜだろうかと首を傾けた。
「こちらこそ悪いな。遅くまで待たせて」
「いいえ。義隆様と何を話そうか考えていると待つのも苦ではありませんでしたから。それに染子様や使用人のみなさんも付き合ってくださったので」
「屋敷のみなとは仲良くなったのか?」
「はい。みなさま本当にやさしい方たちで、楽しく過ごさせていただいております」
「そうか」
「今日なんて使用人のみなさまが市場の話をしてくださって。にぎわっている市場なんて見たことがないので興味深かったです」
義隆は自分と同じ年頃の娘が単身このさびれた屋敷にやってきてよかったのかと思い始めていた(今更であるが)ので、かぐやが使用人のみなとも親しくしているようで安心した。義隆に長い間仕えている男たちだ。ここで過ごすには彼らとうまくやっていたほうがいい。
「今のところ、生活に支障はないのだな」
「はい」
「何かあれば言ってくれ。できるだけ対処する」
「あ……」
「どうした?」
「一つよろしいですか?この時間のことなんですが……」
それは先日、染子、使用人のみなと屋敷のことに取り組んでいたときのこと。
「そういえば、義隆様と随分打ち解けられましたね、かぐや様」
「あの変人の主に付き合える女なんて、姫さんぐらいなもんですよ。染子様から話を聞いたときは疑ったくらいだったな」
「やっぱり私の目に狂いはなかったわ。そうだ!かぐや様、そろそろ、わざわざ時間を決めなくてもよいのでは?もう自然と会話できるようになってらっしゃるでしょう?普通の友人のように自然とお話しできるようになってもいい頃合いのはずです」
「そうですね……義隆様に話してみます」
「もう忙しい時期になるのでしょう?今日のように帰りが遅くなる日もありますし、時間を設けていただくのはご負担になると思って……。これからも自然に義隆様とお話しする機会があればそれでいいかなと思っておりますが……」
義隆は少しショックだった。この時間が本当に癒しになっていたからだ。しかし、いつまでもこれを続けるのもおかしいというのもわかっていた。もともとこの時間は義隆がかぐや、もとい女に慣れるためのものだったはずだ。それを考慮して義隆は決断した。
「わかった。時間を決めて話すというのはやめよう。ただ……その……」
緊張でうまく言葉が紡げない。こんなことを伝えるのは初めてだった。義隆は何回か口は開けては閉じ、閉じては開くを繰り返したあと、一度大きく息を吐いて心を決めた。
「?」
「これからもお前といろいろ話したい……」
義隆は珍しく消え入りそうな声で言った。
「……!もちろんです!!」
かぐやは大きく目を開かせた後、今までにないぐらいの大輪の笑顔を咲かせた。
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