おだやかな季節

「都のことを話そうか。お前はここに来てから一度も外に出ていないから、都がどんなところか知らないだろ」

この日初めて義隆から話題が始まった。かぐやにばかり話題を出させるのを申し訳なく思ったのか、それともかぐやに慣れ始めたのか、どちらにしても二人の関係は着実に歩を進めていた。

「これまでで気になったものはあるか?」

「そうですね……緑が多いことには驚きました。私の故郷では岩肌がそのままの地域が多いので」

「都は四季の移ろいが美しいんだ」

「しき?」

「季節を知らないのか?まあいい。都には四つの季節があるんだ。花々が咲き乱れる『春』、青々とした緑がいきいきと輝く『夏』、葉が赤や黄に色づく収穫の『秋』、雪が世界を白に染める『冬』、それらを四季と呼んでいる」

義隆は指折り説明した。かぐやはそれに夢中になって聞き入る。幼子が寝る前の親の話をワクワクしながら聞いているときの顔だ。さすがに義隆も指摘せずにはいれなかった。

「……好奇心旺盛なんだな、お前」

「へ?」

「いや、目を輝かせてるから」

「……胸が少しドキドキして、なんとなく上を向きたくなるような感じがします」

「そういうのをワクワクとか好奇心とか言うんだ」

「なるほど」

かぐやは自分に芽生えた感情を受け入れ、覚える段階に来ているらしい。義隆の言葉を噛みしめているように見えた。義隆は微笑んだ。幼い頃に感じた純粋で楽しさを含む不思議なあたたかさ。思い出の中のかの人にかぐやの姿が重なる。しかし、それはつかの間のことだった。今度は義隆が自分の感情に戸惑った。女に微笑みかけるなど……。

「なんで……」

「?」

「いや、こっちの話だ……」

義隆は芽生えた感情を拒み、葛藤していた。幼子のように心に成長の余地が空いているかぐやと違い、心がガチガチに固まっている義隆はそう簡単に受け入れることができなかった。苦虫を噛み潰したような気分だ。そうとは知らないかぐやは湧いてくる疑問を解決しようとワクワクしていた。

「今はどの季節何ですか?」

「春だ。ちょっと外の景色を見てみるか。そのほうがわかりやすい」

義隆はかぐやを伴って簀子に出た。義隆の屋敷には池がない。その分、植物が茂っていた。まあ、ただ手入れする余裕がないだけ、とも言う。

「ここの庭はちょっと殺風景だからわかりにくいが……小さい花がたくさん咲いているだろう」

義隆が指さした先には、わかりにくいが紫の花びらや濃い桃色の花びらが浮かんで見えた。春の野花が咲き乱れていたのだ。かぐやはふいに大きく息を吸い込み、自然と口角が上がった。目は大きく開き、この瞬間を見逃すまいと体が反応していた。胸のあたりが晴れやかである。そんなかぐらの様子を見て、義隆にはまた、さきほどの感情が芽生えた。あの人の笑顔が蘇る。しばらくして誰も声を出さずに花々を眺めていたが、思い出したかのように、かぐやは義隆のほうを向いた。

「すごいですね!こんなに美しいもの、初めて見ました!!」

「そうか」

義隆がそっけなく返す一方、かぐやは本当に楽しそうにしていた。

「色がついているのが花ですよね?あの薄紫の花は何というのですか?」

「あれは菫だな」

「ではあの桃色の花は?」

「あれは豌豆えんどうだ。菫も豌豆も春に咲く花だ」

「春以外にも花が咲くのですか?」

「ああ。それぞれの季節にそれぞれ違った花が咲く」

「見てみたいです……」

「一年間ここにいれば見れるぞ」

「……いてもいいのですか?」

「いいも何もここ以外に居場所がないんだろう?そんなやつを追い出すわけにもいかんしな」

「義隆様……」

それから長い時間、かぐやは花々を眺めていた。義隆もそれに付き合った。「まあ、いいか」という諦めの気持ちもあったのだろう、かぐやと過ごす時間が悪くないことを認めた。言葉はなかったが二人は穏やかな時間を過ごした。

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