最後の学園祭
瞳と思い出すだけで顔が熱くなるような一幕を終えて一日が経った。さすがに一日だけでは、子供についてどうしたいかを再確認出来はしていない。
そのことについて焦りはあるが、だけど自分の気持ちをキチンと形に出来たからか、ずっと胸にしこりのように残っていた違和感が無くなっていた。清々しい気持ちだった。ずっと後悔ばかりしてきたのに、それさえもキチンと意味があったことだと思えるような清々しさだった。
かけがえのない思い出を作りたい。
学校生活は、人生でたった一度だけ。
つい先日までは斜に構えてそんなことを口に出すことだってあるとは思わなかった。
『まあ、あたしから見れば、斜に構えていることをカッコいいと思っている勘違い野郎だなってことだけ』
いつか澪ちゃんにそんなことを言われて、正論過ぎて逆に関心させられたことがあった。
多分、澪ちゃんの言う通りだったのだろう。
俺は、ただ斜に構えていただけなんだろう。皆が楽しむことをそんなことないと言うことが、カッコいいとか、そんなことを思っていたんだろう。
今、少しだけ俺の気持ちに変化が生まれていた。
それは何より、この学生生活が人生に一度しかないと気付いたことだった。
たかが三回中の一回。
だから、文化祭なんて大したことないと思わされた。
でも、そうじゃない。
これから大人になっていくまだまだ子供の俺にとって。
今目の前に広がる世界、光景一つ一つは全てがかけがえのないものだった。
それに気付けたのは、戸惑うばかりだったが、多分人が大人になるきっかけになるだろう瞳の中の子供の存在だった。
子供のことを憎いと思ったことはなかった。
子供のことを忌み嫌うことは、それこそ瞳のことを嫌っているような気さえしてくるから。
瞳のことを、俺は好きだったから。
好きだった彼女と結ばれた証であるその子のことを、俺が憎むはずがなかった。
俺は、瞳のお腹の子供によって気付けたこのかけがえのない時間を、初めて大切に過ごしていきたいと思っていた。
この大切な時間を……精一杯、楽しみたかった。
「ねえ、今日はちゃんと進捗会議しようよ」
その日の文化祭執行委員の作業時間。
俺は文化祭執行委員長の二年生女子にそう告げ口をした。
「はあ?」
その女子は、俺に対してあんた誰と言いたげな目をした。
「今の進捗具合、各チーム遅れているよ?」
そんなことどうでも良かった俺は、一事実としてそう言った。
「そんな証拠どこにあるのよ」
女子は反抗的な言葉を言ってきた。
「ちょっと志村君。どうしたのよ」
いきなりの知らない男の言い出した文句に、お気楽極まりない執行委員全員が静かになっていた。
その中で、唯一俺のことを知る澪ちゃんが慌てながらこちらに駆け寄ってきた。
「……遅れている証拠は確かにない。だけど、間に合っているという証拠もない。だったらそれを確認しなければいけないのは当然じゃないの?」
「それで作業がもっと遅れるかもしれないじゃない」
「じゃあ聞くけど、現状でこのまま作業すれば本当に間に合うんだろうね?」
「知らないわよ」
「だったら確認しなくちゃ駄目じゃないか」
そう言うが、女子は納得する気がないらしい。
「皆ー、作業に行きましょう」
女子は言った。どうやら俺の言葉を聞く気はないらしい。
「じゃあわかった。勝手にするといい」
周囲は少し騒がしくなった。変な難癖をつける男が、ようやく黙ったと思ったのかもしれない。
「先生。そういうことなので、各チームの作業具合を見て、遅れているかの判断よろしくお願いします」
「え?」
傲慢だった女子の顔に、初めて不安の色が滲んだ。
「……っち、面倒だなあ」
先生は頭を掻いていた。
言葉通り、本当に面倒臭そうにしていた。
もとはと言えば、多分この執行委員の作業が遅延しているのは今年から執行委員の担当教師となったこの先生が、キチンと生徒達の作業具合の管理を怠ったからだろう。
そんな先生に、俺は作業の遅延しているからと人手追加の要請をした。
先生は最初、自分の仕事が増えることに難色を示したが、いつか完全下校時間が過ぎた後も作業している俺と澪ちゃんに家に帰るよう怒ってきた先生の仲介が入り、今に至る。
「しょうがないだろう。君達は日頃から作業中も騒いで、時間になったら作業が予定分まで済んでいないのに帰って、まるでこの作業がお遊びと思っているようだった。だけど、そうじゃない。
……これは、仕事だ。終わるまでやるのは当然じゃないか」
女子は教師に委縮しているのか、何も言わなかった。
「どうする。先生に作業具合を見てもらって、そろそろ数週間している作業なのに、全然段取りすらうまく出来ていない姿を見せるのか。
それとも、この場でちゃんと会議をして相談するのか。
相談してしまった方がいいと思うけど? その方が、少なくとも作業時間が一日分増える」
「……わかった」
そうして、実に数週間ぶりの進捗会議が行われた。
結果は当然、酷い有様だった。
「お前ら、一体何やっているんだよ」
先生は、手厳しく俺達を叱責した。
「こんなことで、一体どう責任取るんだよっ!」
責任、か。
「先生、勿論先生も責任を取るんでしょうね」
「あぁっ!?」
「先生、俺達は子供だ。そして、先生は俺達を管理する立場の人間。俺達の粗相は先生の粗相。勿論、一番重罪なのは先生ですよね」
少なくとも俺の親は、子供の俺達の起こした問題行為の責任を取ると言ってくれた。
その点、この教師はまるで自分には責任がないと言いたげに言ってくる。そのことに、違和感しかなかった。
先生は静かになった。図星だったのだろう。
「責任の所在、一番は先生だろうね」
俺はそう言って、次に執行委員長の女子を見た。女子は既に、どうなるのか察しているのか半べそを掻いていた。
「……君は、遅れているのをわかっていながら、進捗会議をまともにしようとしなかった。それはどうして?」
「……あの、ごめんなさい」
「ごめんじゃわからない。どうして? どうして君は、進捗会議をせず、進捗具合の把握をないがしろにして、先生への報告も怠ったの? 進捗会議をした方が良いって話はあったよね?」
澪ちゃんをチラリと見れば、まだ俺の行動に目を丸めていた。
「……作業が楽しかったから」
「作業、ちゃんとしていたかい?」
「……遊ぶの、楽しかったから」
「……じゃあ、次からはちゃんと仕事しないとね」
ここまで言えば、もう作業をサボろうだなんて思わないだろう。
進捗会議は、先生による人手追加の相談を各クラスにする、という言葉で事なきを得た。
「ちょっと、どうしたのよ、志村君」
予定より長引いた進捗会議が終わり、初めて執行委員のお気楽な空気が締まったものになっていた。
そんな中、澪ちゃんが俺に近寄ってきた。
「あなた、そんなに積極的に人に怒ることなんてしないじゃない」
「そうだね。ちょっとだけ、胸が痛んだ」
やっぱり俺は、人に叱責することは向いていないのだろう。
「でも、俺は決断することの重要性を知ったからさ」
選ばなかった結果、俺は激しい後悔に何度も襲われた。
あんな真似、もう二度とごめんだった。
「でも……それでも、どうして学園祭のために?」
……どうして、か。
それは多分、この学園祭が、三回中の一回の学園祭ではなかったから。
「最後の学園祭、楽しみたいからね」
そう微笑むと、澪ちゃんはしばらく目を丸めて、感慨深そうに優しく微笑んだ。
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