寛容的なクレイジー親
澪ちゃんと色々あった翌日、結局悩みが解決しなかったことへのモヤモヤを抱えながら、今日も学校に向かうためリビングで朝食を頂いていた。
「おはよー」
「ああ、おはよう。健太」
寝起きで乱れた髪を掻きながら、大あくびをして席に着いた。
「朝ごはん、何食べる?」
「んー、何でも」
「じゃあ、パンね」
俺はもう一度あくびをした。
母はそんなうだつの上がらない俺を気に留めることもなく、せっせと朝食の準備をしてくれていた。
パンをトースターに突っ込んでいる母を横目に、スマホをスリープから解除した。いつもなら通知は瞳からしか入っていないのに、どういう理由か今日はもう一つメッセージが入っていた。
「うげ」
相手は、澪ちゃんだった。
昨日の一件もあり、余計に気まずくなってしまったのだが、向こうはそんなことお構いなしらしい。
『今日、お昼休み時間ある?』
メッセージにはそんなことが書かれていた。何をするつもりだろう。
『あるけど』
『じゃあ、手伝って』
『何を?』
『文化祭の出し物、クラスの準備も遅れているみたいなの』
なるほど、そういうことか。
『お安い御用だ』
『あたしの告白は無下にしたくせに……』
「はう」
澪ちゃん、絶対面白がって悪態ついているだろう。
決断しないことで後悔することはもう勘弁だが……決断してみてもこれだけ辛い思いをするとなると、手控えたくなってしまう。
「瞳ちゃん?」
「え?」
メッセージに釘付けになっている内に、目の前に母が立っていた。焼けたパンを載せた皿を俺の目の前に置き、スマホの画面を凝視しようとしていた。
「み、見るなよ……」
「いいでしょ、減るもんでもない」
「減るよ。俺にもプライバシーとかあるんだ」
「……そういえば」
母は、俺に対して目を細めていた。
「土曜日に遊んでいた女の子、誰?」
サーっと血の気が引いていくのがわかった。見つかっていないと思っていたのに、どうやら澪ちゃんと遊んでいた様子は同じショッピングモールにいたらしい両親にバレていたらしい。
「べ、別に……」
断罪されたりするのだろうか。かなりビクビクしていた。これでも一応、瞳のお腹に宿った子の父親という立場なのだ。また別の女の子と遊ぶだなんて、そんな行為が許されるはずもないと思っていた。
母の顔は、怖くて見れなかった。
「まあ、そう眉間に皺を寄せなさんな。あんたの好きにしなさいよ」
しばらくして、母は言った。
「へ?」
俺は素っ頓狂な声を出した。まさか、親という立場でありながらそんな軽い反応でいいのだろうか。
「そりゃあ、あたしとかお父さんからしたら嬉しいのよ。孫の顔が見れることは」
まあ、そうだろう。
そうでもなきゃ、あんなに浮かれたりしない。息子の気も知らずに。
「でも、あんたにとったら戸惑うことばかりでしょう? そして、そうなった原因はあんたに非がないと来た」
「……俺にも非がある」
「大人ぶっても無駄よ。あんたが戸惑っていることはわかっている。不安なことから、言い訳を探して、逃げ道を探すのは結構当然なことよ。それは大人でもね」
「……うん」
どうやら俺の気持ちを、両親は多少は知っていたらしい。だとしたら、もっと早く俺の身を心配してほしかったものだが……まあ、それも俺が何も言わなかったからしてこなかったのだろう。態度なり言葉なり、結果としてなし崩し的に気持ちを示したから、母は今更俺の身を案じ始めたのだろう。
「だから、あんたの好きなようにしなさいな」
母は、焼けたパンを齧ろうとも、再びスマホに視線を向けようともしない俺の両肩を叩いた。久しぶりに、母を頼もしいと思っていた。
「責任は、あたし達が取るからさ」
だから、俺は非がないから自由に生きろ、か。両親は俺にはないものを持っている。それは知恵であり、財力であり、責任感である。
瞳の夜這いに両親が協力していたと知って、俺は両親の無責任さを内心で責めていた。
だけど、両親からしても自分達の責任は承知していたのだろう。
いつか、俺の行動が筒抜けだった時がある。
瞳に会い、俺が彼女の身籠った子供の親と知った翌日、家に帰ってみると両親は俺が全ての事情を知ったことを知っていた。
多分、瞳の両親からそのことを言い含められたのだろうが……俺が全てを知って、能天気に俺を祝福する光景は、俺に取ったら相当異質な光景に映った。
両親は自分達の責任の重さを知っていた。
知っていて、あんなにお祝い事のように俺を祝福したのは……。
あれはもしかしたら、悩みなんて抱えず好きにしろ、というメッセージだったのかもしれない。
重責のあるあたし達が責任を取るから、巻き込まれた立場であるお前は好きに自分のしたいようにしろ、と。責任を抱える必要はない、と言いたくてあんなことをしたのかもしれない。
母は今、俺に好きにしろと言った。
瞳という相手がいながら、別の女の子と不用心に遊んだ俺を咎めることもなく、その責任さえ負ってくれようとしていた。
大人にならなければならないんだと思っていた。
だから、決断するようにならなければならないと思っていた。
子供のように、判断を他人に委ねてはならないのだとわかった。
だけど、結局俺はまだ、子供だった。
責任を両親にも肩代わりしてもらう、子供だったのだ。
大人にならなきゃいけないと再確認させられた。
そのためには、早く瞳に俺の気持ちを理解してもらわないといけない。
俺が瞳とどうなりたいかは……今五月雨でメッセージを飛ばし、スマホを震わす少女のおかげで理解させられた。
だからあとは、俺がどうしてそう思ったかを理解しないといけない。
理解しないと……俺は多分、瞳に俺の気持ちを理解してもらえない。
瞳に俺の気持ちを納得してもらえない。
理解しても……納得してもらえるとも限らない。
だけど、それは理解することをないがしろにする言い訳にはならない。むしろ、俺を好いてくれた彼女のためにも、俺はキチンと自分の気持ちを理解しないといけないんだ。
そう思ったが……やっぱり、まだ自分の気持ちは理解出来そうもなかった。
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