正論パンチ
澪ちゃんに俺と瞳の近況を伝えたことへの後悔はあった。つい先日まではそれを言うのを躊躇った身。そうやすやすと、切り替えが出来るはずもなかった。
だけど、あの時あの場の空気に当てられず瞳との現状を話せなかったとなると、多分澪ちゃんはしばらく俺の傍を離れることはなかっただろう。
彼女は優しい人だから。
未だ失恋に憔悴しきっていると思える俺のことを、彼女が放っておいてくれるはずがなかった。
だから、多分あの判断は正しかったのだと踏ん切りをつけるように考え始めた。
後悔がなかったわけではないが、それでもやっぱり、選ばなかった時の惨めさとかよりは、随分と清々しい気持ちで俺はいれた。
「で、そろそろ事情を説明してもらえる?」
が、俺のそんな気分などどうでも良い人が一人いる。それは勿論、俺に好意を持ってくれて、ついさっき俺が一児の父親になることを知った澪ちゃんだった。
澪ちゃんの目は、とても冷たかった。
まるで、ひとでなしでも見ているような目だった。どうしてそんな目で俺を見ているのだろうと考えたが、理由はすぐにわかった。
多分、俺が瞳のパートナーであることを疑ったわけではないと思った。俺と瞳の仲の良さは、最早澪ちゃんくらいになると知っていて当然だった。
というか、瞳の妊娠騒動の時、俺真っ先に疑われたし。
となると、このひとでなしを咎めるような目は何なのか。
多分、母親である瞳が退学したのに、父親であるあんたが何のうのうと学校通っているの、と言う目だろう。
冷たい視線に気圧されて、背中に冷たい汗を掻き、それが止まらなかった。さっきまで泣いていて、今度は冷や汗とは、今日の俺はとにかく水分を放出したい気分らしい。
澪ちゃんに目も合わせられず……俺は、ただ彼女の次の句を待つことしか出来なかった。澪ちゃんがとてつもない迫力を纏っていて、口を挟むのは躊躇われた。
澪ちゃんは、しばらくして大きなため息を吐いた。
「……ここまで話しておいて、これ以上の説明をしないなんてことはないわよね」
「うん。勿論、全部話す」
と言ってから、俺は苦笑して頬を掻いた。
「と言っても、信じてもらえるかどうか……」
いざ他人に瞳との一連の騒動を話そうと思うと……俺は、この話の突拍子のなさに少しだけ不安を覚えた。
だって、そうだろう。
誰が、誕生日に親と結託した瞳に薬を盛られ、既成事実ついでにゴムなしで夜這いされて、挙句妊娠したなんて話を信じてくれるのだ。
「なるほどね」
納得してくれる人、いたよ。
「信じるの?」
「嘘だったの?」
「嘘なもんか」
こんな向こうにだけしか非がないような言い方、誰が嘘で吐けるか。
「それでも、さすがにそう簡単に信じられる話でもないだろう?」
「いやまあ、なんというか……正直、あなたと瞳ならあり得るなって」
それは瞳に対して……いや、俺に対しても? とにかく、酷い発言ではないだろうか。
それではまるで、瞳が考えなし猪突猛進娘で、俺が曖昧な態度を繰り返すろくでなしみたいではないか。
ふむ、なんということだ。完璧に合っている。
「とりあえず、大体わかった。なんというか……志村君、率直なあたしの感想、一ついい?」
「何かな?」
「瞳のしていること、ただの〇姦じゃない」
それは俺も陰ながらに思っていたやつだから、なるべく言わないで欲しかったかな。
「さすがに酷い話過ぎるわ。いくら両想いだからって、相手の寝ている間に既成事実を作るだなんて。挙句、妊娠。迂闊にも程がある」
まあ、それは事実だ。
「でも、俺もずっと曖昧な態度をしていたのも悪かったんだ。瞳の暴走だって、俺が答えを出していたら止められた」
「あたしにも散々曖昧な態度をしていた気がするんだけど。責任取ってくれるの?」
「はう」
今日の澪ちゃん、あまりにも正論パンチが過ぎる。
パンチ一発が鋭すぎて、俺既にKO寸前だよ。
「そんな犯罪まがいのことで……無理やり関係を築くなんて、そんなの絶対に認めない。認めたくない。だったら、あたしが先に志村君に夜這いをかけていたら、君はあたしのものになってたの?」
「それは、なんとも……」
「ろくでなしめ」
「ごめんなさい……」
頭を一つ下げると、澪ちゃんの気も少しは晴れたのか大きなため息を吐いて消沈した。
「ごめんなさいは、あたしだよ……」
言い辛そうに、澪ちゃんは呟いた。
「志村君は、被害者だもの。そんなあなたを責めること自体間違ってる」
「いや、だから俺も曖昧な態度をしたから……」
「……仮に」
「ん?」
「仮に、あなたが被害者で、瞳が殺人犯だとする。瞳はあなたの浮気性な性格に腹を立てて、浮気相手との一夜の帰り道、酒でふらつくあなたをナイフでずぶりと一突きした。あなたは即死だった。
仮に、そういうことにあなた達がなったとして、警察はあなたの非を主張するかしら?」
「……いや」
「今回の件もそれと一緒じゃない。罪の程度に差はあれ、ね」
KO!
返す言葉もありません!
いや本当、何も言い返せんかったわ。
「……そんな人と一緒にいて、あなた本当に幸せになれるの?」
俺は黙って俯いていた。
「……あたしなら、幸せに出来るよ?」
……そうか。
澪ちゃん。まだ、諦めていなかったのか。
それくらい、俺のことを好いていてくれていたのか。
「……ごめん」
再び、俺は頭を下げた。
俺のことをここまで一途に思ってくれている澪ちゃんへのお礼と、そして謝罪のために。
頭を下げた。
「……本当、瞳には敵わない」
澪ちゃんは、寂しそうに俯いた。
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