告白
「優しい、か」
そういえば、いつかそんなことを瞳にも言われた。俺は優しい、と。
果たしてそれは正しいのだろうか。
正直俺は、自分のことが嫌いだ。
女子である瞳よりも決断力がなく、女子である澪ちゃんよりも他人に嫌われる覚悟もなく、ポーズで胃を痛めるような自分が、大嫌いだ。
しかし、人はそんな俺を見て優しいと言う。
優しいという言葉の曖昧性が、酷く腹持ちが悪い。
「また面倒なこと考えているでしょ」
澪ちゃんは笑っていた。
「まあね。俺は馬鹿な男だからさ、しょっちゅう面倒なことを考えているよ」
特に、最近は酷いありさまだ。本当に。
変わりたいと思っているが、中々望む姿になることは出来ずにいた。
「まあ、存分に悩むと良いよ」
「悩んでばかりもいられないだろ。時間はゆっくりと、されど確実に進んでいくんだから」
「そうね。ならさっさと答えを出しなさい」
「それが出来たら苦労しない」
「本当、あなたは面倒ねぇ」
再び、呆れたような苦笑の声が隣から聞こえた。
「……あなたは、優しいわよ」
「どこがだよ」
あまりにも妄信的に言ってくるから、思わず突っ込んでしまった。
「看板作りを手伝ってくれたし、夜道であたしを送ってくれているじゃない」
「それはどっちも当然のことだ」
「……そういうところよ」
意味がわからず、俺は首を傾げていた。
「下校時間を過ぎても残っていた、ということは、看板作りも遅れているんだね」
「そうね。壇上の装飾品飾りもまずそうね」
「うん。俺の持ち場だけが彩り豊かになってきて、逆に目立ってる」
「何よ、それ」
アハハと笑う彼女に、何故だか少しだけ安堵させられた。
「……このままじゃ間に合わないわね。文化祭に」
「そうだね。だけど俺は、あの馬鹿な連中に食ってかかる勇気はないよ」
「あら、あたしを馬鹿にしている?」
「そんなことないよ。むしろこれは……そうだな、尊敬だ」
俺に出来ないことを彼女は出来る。
瞳がそうであるように。
彼女もまた、俺には眩しいくらいに羨ましい。
「あら、奇遇ね。あたしもあなたのこと、尊敬しているわよ?」
「皮肉?」
「違う。本当」
そう言って、彼女は可笑しそうに笑った。
「気付いている? 他の男子、あたしのこと倉賀野って呼ぶのよ?」
倉賀野とは、澪ちゃんの苗字だ。
「倉賀野さん、倉賀野さんって。男のくせになよなよそう呼ぶの。正直少し身の毛がよだつ」
「だから世間が君に冷たくなるんだ」
「そういうのいいから。……で、周囲の男子はあたしを苗字で呼ぶ。でも、あなたがは違う。あたしのことを下の名前で呼ぶ。でも、ちゃん付け。正直最初は、余計に引いた」
「それは悪かったな」
やっぱり皮肉じゃないか。俺は目を細めた。
「ねえ、あなたがどうしてあたしを下の名前で呼ぶようになったか、覚えている?」
「え?」
急に尋ねられた言葉に、俺は頭を捻った。
澪ちゃんを下の名前で呼ぶようになった理由、か。
……覚えてない。
「それはね、瞳があたしをそう呼んでいたからよ」
俺は何も言えなかった。
「瞳の敵はあなたにとっても敵。瞳の味方は、あなたにとって心の友。あなたの友人関係はそんな感じなんだって、その時気付いた」
「そりゃあヤバイ奴だな、俺」
確かに、瞳がいなくなった今、俺は教室で誰かと話すことが極端に減った。だけど、なんだかそれ、認めたらいけないことな気がする。
「本当、面白い人だなーって思ったの。あなたのこと。瞳の幼馴染で、金魚の糞なんだと思った。だけどよく見れば、むしろ付きまとっているのは瞳の方。
瞳の傍にいるあなたは、誰よりも素直じゃなくて。
あなたが笑った時の瞳は、誰よりも素敵だった。
あなた達の関係が、最初は羨ましかったの。あなた達みたいな気の置けない人が傍にいることが、とてもとても」
「……そう」
少しだけ、気恥ずかしさから居た堪れない気持ちになっていた。
一体彼女は、どうして今そんなことを言っているのだろう。
「いつの間にか目で追ってたの」
チラリと横顔を見たら、澪ちゃんはどこか遠くを眺めていた。
「瞳を誰よりも喜ばせられるあなたを」
「……うん」
「どうしてなんだろう、どうしてなんだろうって。そうしたら、いつの間にか……
好きになってた」
「え?」
十月に吹くには冷たい風が、頬を掠めた。
立ち止まった彼女の方を振り返ると、風が彼女の艶のある黒髪長髪を靡かせていた。
「好きよ、志村君」
再び、冷たい風が吹いた。
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