悩みを打ち明ける若人

 翌日、休みということもあって、俺は親に諭されて瞳家に向かうように指示を出されていた。昨日の澪ちゃんとの散策は、どうやら両親にはバレていなかったらしい。そのことに少しだけホッとしながら、裏切り行為のような行いをしたことで気を重くさせながら彼女の家に向かった。


「あ、ケンちゃんー」


 家が見えた頃、インターフォンを押すことを躊躇う間もなく、二階の窓を開けて外を見ていた瞳に見つかった。


「危ないっ、危ないからっ! 落ち着けよ!」


 身を乗り出してこちらに手を振る瞳は、今にも窓から転落しそうでヒヤヒヤものだった。彼女のせいで重くなっていた気が冷や汗に変えられた気がした。走って家に向かうと、瞳も家に訪問する気と気付いたのか、窓から引っ込んだ。


「ケンちゃん、おはようっ」


 インターフォンを押す間もなく、彼女の家から瞳が現れた。ハーフパンツにパーカーという出で立ちだった。


「うん。おはよう」


 とにかく、大事に至らずに済んで良かった。安堵からため息交じりに挨拶をして、俺は彼女が招くままに彼女の家にお邪魔した。


「びっくりさせるなよ。落ちたらどうするんだよ」


「エヘヘ。その時はケンちゃんを巻き込んで一緒に死ぬ」


「物騒なこと言うなよ」


 寝ている間に情事を行った彼女が言うと、どうも冗談に聞こえないから質が悪い。俺は顔を青くして瞳に少しだけ怒った。


「冗談冗談。それで、今日はどうしたの? もしかして、あたしに会いたくなっちゃった?」


「……まあ、そんなところかな」


 昨日の澪ちゃんの顔が重なって、目を見て言うことは出来なかった。

 そんな俺の言葉を気にすることなく、彼女は俺の上着に顔を押し当てて、匂いを嗅いでいた。


「うん。女の匂いはしないね」


「だから、怖いわ」


 相変わらず、彼女は病んでいた。


 それから俺達は、雑談する場所を彼女の部屋に移して最近の互いの近況報告をし合った。

 と言っても、俺の近況は別に取り留めて面白い話はありはしなかった。まあ、昨日の話は除外して。

 やはりどうも後ろめたい気持ちがあって、俺は澪ちゃんとの昨日の話をすることは出来ずにいた。


 彼女の方は、ほぼ大半の時間を部屋で送っている割には充実した時間を送っているらしい。〇tuberの活動も順調だそうで、最近では好意的なコメントが大半を占めだしたそう。猪突猛進に加えて飽きっぽい彼女の割には長い事同じことを続けている。それだけ、周囲の視線が思ったよりも好意的だったということだろう。

 意外とこの世界も、まだまだ捨てたものではないのかもしれない。


 まあ、それが理由で彼女のモチベーションが保たれるのであれば、それに越したことはないのだろうと思った。


「で、どうなの?」


 しばらく話し込んで、瞳が突然前かがみになりながら嬉々として言ってきた。


「何が?」


「文化祭だよ、文化祭」


「……ああ」


 文化祭、ね。

 最近準備も本格的になってきて、執行委員という立場であり、本当に忙しない時間が続いていた。それを青春と呼び喜ぶ層もいるのだろうが、日陰者の俺にはただただ肉体労働に汗を流す辛い時間だった。


「大変かな。まあ、なるようにしかならないと思ってる」


「そんな心持ちじゃ勿体ないよ、最後の文化祭だよ?」


「はんっ」


 思わず、鼻で笑ってしまった。

 最後かもしれないが、たかが三回中の一回だろう?


 馬鹿にしてやろうと思ったが、


「いいなあ。楽しそうだなあ」


 羨望の眼差しで文化祭への思いを馳せる瞳を見たら、言葉を失ってしまった。


 ……そうか。

 彼女は、三度目の文化祭を行うことが出来なかったのか。


 そう思うと、少しだけ一人で文化祭を楽しむことへの申し訳なさのようなものが生まれていた。


「……俺、文化祭に出ていいのだろうか」


 最近、後悔することばかりだ。

 だからか、主観的にも中々見せることがない弱音を、俺は吐いていた。


 瞳の顔が、羨望から驚きに変わっていた。


 そこからは、彼女の顔は見れなかった。


「ケンちゃん、何言っているの」


 彼女の声は明るかった。


「良いに決まってるでしょ。むしろ、あたしの分まで楽しんでよ。そうじゃなきゃ、あたし化けて出るよ!」


「勝手に死なないでもらえるか」


「じゃあ、死んでほしくないなら楽しんで」


「……わかった」


 そうまで言われたら、そうするしかないのだろう。


 少しだけ胸のつっかえが取れたような気がした。


 ……思えば。


 今まで中々吐かなかった弱音を吐いた今の俺は、情けない話ではあるものの、一つの選択をしたことになるんだよな。


 弱音を吐いて、不安を誰かと解消する。


 それも一つの選択肢であり、思春期だとかなんだとか、つまらない理由を付けて俺が避けてきた一つの選択肢だった。


 情けない話の中で見つけた俺の望む姿に、俺は少しだけ拍子抜けしたような気分を抱いた。

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