後ろめたい気持ち
機嫌が良くなった澪ちゃんとそれからもショッピングモール内の散策を続けた。相も変わらずショッピングモール内は、たくさんの人で溢れていた。そんな人波の間を抜けていき、目当てもなくあてもなくブラブラと散策を続けた。
ふと、あるお店を見つけたのは、まもなく帰ろうかと澪ちゃんと相談し始めた、そんな時間だった。
「うげっ」
「ん? 志村君、どうかした?」
思わず、足を止めてお店を凝視してしまった。そこにあったのは、赤ちゃん本舗。さっき、どこかのクレイジー両親が言っていた店名だ。店内には色とりどり大小さまざまなベビー用品が並んでいた。店内にいるお客さんは、お腹が膨らんでいる人だったりそうでなかったり、子連れだったり夫連れだったり、やっぱり俺が入るにはとても勇気を要する雰囲気だった。
さすが、あの……大阪市中央区に本社を置く乳幼児向けマタニティ・チャイルド・ベビー用品のチェーン店を運営する企業。セブンアンドアイホールディングスの傘下に入っている。 屋号の表記は「アカチヤンホンポ」である赤ちゃん本舗だな!
って、そうじゃない。
店内に両親らしい人物は……良かった、いなかった。もしいて、このお店の中に引き摺りこまれるようなことになったら、さすがの俺も我慢ならなかった。
「やっぱり、頭の中瞳のことばっかりね」
そんな俺の様子を見て、澪ちゃんが呆れたようにそんなことを言い出した。
確かに瞳のせいではあるが……考えていたことは瞳とはまるで似ても似つかない、皺の多い憎々しい二人組だ。
「……叶わないなあ」
「そんなこと良いから、さっさとここから立ち去ろう。そうしよう」
「きゃっ」
可愛らしい叫び声をあげた澪ちゃんの手を引いて、俺は親に見つからないようにとさっきよりも早い歩調でモール内を歩いた。
「ちょ、ちょっと」
「良いではないか良いではないか」
「それ、今の世代には通じないやつ」
「そうなの? わかんないなあ」
「もうっ」
そのままモールを出て、少ししたところで、澪ちゃんに手を振りほどかれた。
「そ、そんなに嫌だったの?」
「そういうわけじゃ……」
「じゃあ、なんでよ」
言葉に詰まり、俺は俯いた。まさかあそこにアラフォーの両親がいたから、とは言えなかった。いたと言ったとして、理由を尋ねられれば答える術はなかった。
「……なんかごめんね」
「え?」
しばらくして澪ちゃんに謝罪されて、俺は素っ頓狂な声を上げた。
「励ませないかなと思ったの。最近の志村君、さっきも言ったけど、ずっと落ち込んでいるようだったから。だから、励ませないか……ううん。励ましたいと思ったの」
澪ちゃんは、自分の胸中を吐露して、苦笑した。
「でも、迷惑だったかな?」
「そ、そんなことはない……」
「嘘」
何故そう思ったのだろう。
「だって、目を合わせてくれない」
……それは、嘘をついているからではなく、後ろめたい気持ちがあるからだ。
「嘘じゃない」
俺は大きく息を吸って、澪ちゃんを見据えた。
澪ちゃんは、儚げに微笑んでいた。
「じゃあ、また一緒に行ってくれる?」
「え?」
「このショッピングモールに、また一緒に行ってくれる?」
「……それは」
思えば、こうして澪ちゃんと出掛けることは、本当に良かったのだろうか。
今更、俺は思った。この行為は、俺達が路地で偶然出会ったことを知らない人から見れば、一体どういう風に見えただろう。
デート、に見えただろうか。
デート……して良かったのだろうか。
瞳という、俺の子を成した人がいる分際で、他の女の子と軽はずみに出掛けて良かったのだろうか。
俺は、何も言えなかった。
「何も言ってくれないんだね」
苦笑してそう言った澪ちゃんの言葉を聞いて、眩暈を覚えた。
つい先日、俺は選択することの重要性に気付いた。
選ばないことで後悔することを知った。
なのに俺は、また同じことを繰り返していた。
後悔と自責の念と……とにかく俺は、また同じ失敗を繰り返してしまっていた。それがただ、愚かで惨めで情けなかった。
「……文化祭執行委員、頑張ろうね」
そう言って、俺の前から立ち去る少女を、俺はただ見送ることしか出来なかった。
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