デート

 本屋を出て、モール内の散策を開始した。


「どこか行きたいお店はあるの?」


「そうね、雑貨屋とか見たいかも」


「へえ」


 女の子とモールで遊ぶ機会は……件の猪突猛進娘とよくあったが、瞳は結構衣服とか、アクセサリーとか、あとはランジェリーとか、そういういかにもなお店を好んで俺を連れまわしたが、どうやら澪ちゃんと瞳の趣味はあまり合致していないらしい。


「また瞳のこと思い出しているでしょ」


「え」


 図星だった。鋭い澪ちゃんに、俺は少し冷や汗を掻いていた。女子との遊び中に、他の女子のことを考えるなと口酸っぱく俺を咎めてきたのは、やはりあの猪突猛進娘だった。


「……驚くくらい、志村君ってわかりやすい」


「そう? 自覚はないなあ」


「そうよ。もっとポーカーフェイスを出来るようにならなきゃ。後々困るよ」


「どうして?」


「相手に自分の気持ちが筒抜けだったら、駆け引きも何もないじゃない」


 なるほど。


「でも大丈夫。瞳は俺の気持ちなんてまるで気付いていなかったんだから」


 まあ、当時の俺も自分の気持ちには気付いていなかったが……彼女も俺の気持ちが筒抜けだったら、俺に夜這いを仕掛けてくることはなかっただろう。

 そういう意味で、彼女に俺の気持ちはまるでバレていなかったことは明白だった。でも確かに、どういうわけか澪ちゃんには俺の気持ちは筒抜けらしい。はて、一体どうしてだろう?


 理由を聞こうと思って、俺は澪ちゃんの方を向いた。


 澪ちゃんは驚くくらい辛そうな顔をして俯いていて、俺は絶句してしまった。


「ど、どうかした?」


「ごめんなさい。辛いことを思い出させて」


 さっきと違い、澪ちゃんの声色は少しだけ優しく、そして後悔が交じっていた。


 辛いこと?

 まあ確かに、夜這いされて知らぬ間に子供を作られたことは相当辛いことになるだろうが……それは彼女は知らない話だ。


「瞳のこと、無理に思い出させてごめんなさい」


 ああ、そうか。


 瞳の相手。

 それはまだ、俺以外の同級生は知らない事実なんだよな。


 だから、澪ちゃんからしたら今の俺は、いつか教室で涙を流した憔悴しきった時の俺のままに見えているのだろう。



 ……待てよ?


 そうであれば、彼女がさっき言っていた俺がいつも辛そうな顔をしているとは……つまり、俺が相変わらず瞳を失ったことへの失意の中にいるとでも思われていた、ということか。


 まあ、あの時の憔悴具合に匹敵するくらいの先行きの不安を抱えているものの、今の俺はあの時より少し心の面持ちが違う。

 それにも関わらず、澪ちゃんに変な気を遣わせてしまい、挙句落ち込ませてしまったことに、俺は結構焦った。


「えぇと……あの、その」


 ど、どうしよう?


 瞳との実情を言うことは躊躇われた。彼女は今、学校と退学へ向けての処理を相変わらず進めている。処理が長引いているのは、学校側の瞳へ対するせめてもの良心だと周囲では噂にされている。まだ学校でポツポツ噂されている彼女を今退学処分にすることは、彼女の噂話を再燃させるきっかけになりかねない。せめて、数か月経った頃、誰もが忘れた頃にそっと退学にさせてあげよう、と言うのが学校側の現状の見解らしい。

 まあ、それにも関わらず瞳が〇tuberなんて始めた日には職員室で不満を露わにする教師もいたそうだが、それは今はどうでも良かった。


 とにかく、今澪ちゃんに向けて俺と瞳の現状を伝えることは出来ないと思った。


 そんなことしてもし学校にバレたら、俺も退学させられかねない。


「き、気にしないでよ。俺別に、もうそこまで引きずってないから」


「嘘」


「嘘なんて……」


「……学校であんなに黄昏ている癖に」


 それを言われると弱い。


「……じゃあ、ご飯でも奢ってよ」


 まあとにかく、俺はこの空気を変えるべく馬鹿になったつもりでそう言った。女子にご飯奢らせるだなんて、甲斐性なしに育てた覚えはないとか母には言われそうだが、甲斐性の一つで彼女とのこの空気が吹き飛ぶなら安いものだと思った。


「……そんなことでいいの?」


「う、うん」


 別に奢ってくれる必要もないのだが……何かをさせてあげた方が、彼女としても傷ついているはずの俺に対する罪滅ぼしと思ってくれることだろう。

 すぐに言い訳を断行する瞳とは大違いだな、と少しだけ思った。


「……また」


「え?」


「また、瞳のこと考えてる」


 思わず、声にでも出しているのか、と思ってしまった。


 それくらい、彼女は鋭く、観察眼にとても優れていると思わされた。


「よくわかったね」


 最早否定の言葉も浮かばず、俺はただ澪ちゃんを褒めた。


「わかるよ。ずっと見てるんだから」


「え」


 それは一体、どういう意味なのだろう?

 首を傾げていると、ハッとした澪ちゃんと目が合った。途端、彼女の顔が真っ赤に染まっていった。まるで茹蛸みたいだと思った。


「ほら、行くわよっ」


 そっぽを向いて、怒りっぽくそう言う澪ちゃんは、学校で見る彼女のようで、少しだけ懐かしさを覚えさせられた。


 入ったファミレスで昼食を頂き終わる頃、澪ちゃんの機嫌はすっかりと回復していた。

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