土地勘のない男
澪ちゃんと路地をしばらく歩いた。この辺の光景は、あまり見覚えがない。思えば俺の生活圏は、近所から半径二キロ圏内くらいがほとんどだなあと気付かされた。
瞳に色々な場所に連れて行ってもらったりもしたが、彼女は猪突猛進なだけでなく飽きっぽいから、同じ場所に二度は中々行かず、覚えが悪い俺は土地勘を掴む機会がなかったのだ。
「そういえば、澪ちゃんはそんなポーチ掲げて、どっかに行こうとしてたんかい?」
「うん。近くのショッピングモールへ行こうとしてたの。志村君と今から行こうとしているのもそこだよ」
「へー。どこにあるの?」
「……あそこに見えるでしょ」
ちょっと怒っている。
確かに、家屋の屋根の更に上から微かに見える。
「最近出来たんだよ。ショッピングモールなだけあって、色んな店舗が入っててさ。……志村君、結構人嫌いだと思うけど、大丈夫?」
「何が?」
「出来立てのショッピングモールって、結構人が集まるの」
「ほえー」
うわあ、それは確かにちょっと大変そうだ。
「まあ、頑張る」
「うん。頑張って」
「それで、あそこにはどんなお店が入ってるの?」
「たくさんだよ。洋服。喫茶店。ファミレス。本屋。数えたらきりがないね」
アハハ、と澪ちゃんは笑っていた。
なんだか彼女の笑顔を見ていると、こちらまで元気な気持ちになる気がするのは気のせいか。学校にいる時と違い、今日の彼女はとても快活に見える。……いつもは眉間に皺が寄って見えるから。
「なんか今、酷いこと想像してなかった?」
「そんなことあろうはずがございません」
なんでこんなに鋭いんだよ。
「ふうん。まあいいけど」
口をすぼめて、そっぽを向いて、澪ちゃんは続けた。
「志村君、今日はなんだか楽しそうだね」
「え、そう?」
いつも通りうだつが上がってないと思っているんだけど。
それ、自分で思うのどうなんだろうな。
「うん。いつも学校では辛そうにしているじゃない」
「……まあ」
確かに、ある日突然一児のパパになる、と言われて元気になる人なんて……結構いそう。まあ、そのことをどう思うか、それは結構人によるのだろうなあ。状況とかも色々重なるかもわからん。
「……あたし、これでも心配してたんだからね?」
「何を?」
「君が辛そうにしているのをさ」
え、どうして?
俺は首を傾げた。
「……わかってないって顔だね」
澪ちゃんの顔はコロコロと変わる。さっきまで怒って、笑って、今度は呆れていた。
……思えば、これだけコロコロ気持ちを変えられるくらい、俺がすっとぼけたことを言っている、ということなのではないだろうか。
「なんかごめん」
「謝らないで、何もわかってないくせに」
また怒られた。
「……結局君の中心は、いつだって瞳なんだよね」
彼女の囁いた声は、小さくて聞こえなかった。
聞き返すことは、どうしてか躊躇われた。今度は憂いを帯びた澪ちゃんの顔を見た時、今何かを言うことは彼女の気持ちに水を差すことになると思ったのだ。
「早く行きましょう。日が暮れちゃう」
デパート、もう頭見えているくらいに近い距離なのに。
日が暮れるだなんて、澪ちゃんは変わったことを言うものだと思った。
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