ヤバイ奴ら

 自分のいけないところを知り、瞳の気持ちを知って、早数日。

 相変わらず俺は、この前みたいに悶々と悩む日々を過ごしていた。折角、自分が今後どうしていけばいいのかわかったのに、結局それを言葉に出来ず、彼女の家を後にしたあの日。


 覚悟が足らなかった。

 

 選択すれば、少なくとも今のように同じ悩みを繰り返すことはなかった。代わりに別の悩みが噴出したかもしれないが、停滞し時間ばかりが過ぎ、それに気付き余計に焦ることなんてなかった。


「……はあぁぁ」


 ただまあ、弁解もあるにはある。

 あの日、俺は覚悟を持っていたところで、何を選択していただろう。何かを選択出来るほど、これまで俺は瞳のお腹の子供のこと、更には瞳のことを考えていたのだろうか。


 彼女の好意を知れて良かった。

 だけど、子供はまだ早いと思った。

 だけど、瞳を一人にする最期通告を出せることはない。


 そうして、胃が痛いとお茶を濁すばかりで、結局現状から俺は逃げ続けていたのだろう。

 だから、あの時瞳に対して、何かを選択しなければいけなかったのに、何を選択すればいいのかわからなかった。


 そうして、結局今に戻る。

 前に進まず、停滞している今に。


 再び、俺はため息を吐いた。


 このままではいけない。

 俺達の関係が停滞していようと、時間は無慈悲に過ぎていく。時間は多分、思っているよりももう少ない。

 漠然としか残時間のことを考えていなかったが、そんな危機感を俺は感じていた。


 しかしまあ、結局俺の前にはどんな選択肢が広がっているというのだろう。

 それがわからないことには、選ぶことだってままならない。


 ……まずは選択肢探しだなんて、本当に俺は呑気なことだ。


「健太!」


 再び悩みに耽ると、一階から忌々しい母の声が聞こえてきた。


「なんだよ」


 自室の扉を開けながら、俺は母に返事をした。


「これから買い物行くんだけど、一緒に来て」


 母の頼みは、なんともわかりやすいものだった。


「なんで? 父さんと二人で行けばいいじゃん」


「お父さんも行くけど、たまにはあんたも来なさいよ」


「えー……」


 この気分で母達と一緒に買い物に行ったら、相手を陰険な気分にさせないだろうか。

 俺はそんな理由から嫌がった。


 母達は、俺が陰険であると小姑のようにぐちぐちうるさいのだ。


「いいじゃない。気晴らしになるかもよ?」


「気晴らしかー」


 二階にいるから、俺のこの声は母には届いていないだろう。

 ただまあ、確かに最近、誰かのせいで悩む日々が続いている。つい先日、クラス委員長からもそんなご指摘を頂いたくらいだ。


 たまには気晴らしも、悪くないのかも。


「ちょっと待ってて」


「早くねー」


「はーい」


 軽く返事をして、起きてからうだつが上がらず、着替えもしていなかった寝間着をベッドの上に投げつけた。そして、箪笥からジーパンと白色のTシャツ、ジャケットを身に纏った。


 階段を小走りに降りると、母が玄関で待っていた。


 外から車の音が聞こえていた。多分父は、もう車に乗り込んでエンジンを回しているのだろう。


「遅くなった」


「いいわ。鍵閉めるから早く出て」


「うい」


 簡素な返事をして、スニーカーを履いて、外に出た。十月になったにも関わらず、外は相変わらず残暑の様相を呈していた。


「行くぞ」


 車のパワーウィンドウを開けて、父が呼んできた。

 俺は後部座席に乗り込んで、母の到着を待った。母が助手席に乗り込んで、車はまもなく発進した。


 公道をセダンが走った。

 車から見る外の景色は、日頃歩きながら見る町の景色と少しだけ違って見えて、結構好きだった。


 ……そういえば。


「そういえば、今日はどこに買い物行くんだ?」


「ん? あれ、言ってなかったっけ?」


「うん。聞いてない」


 外の景色を楽しみながら、聞いたにも関わらず興味なさげに俺は返事をした。


「そうだった? あらあ、ごめんなさいね。うっかりしてたわ」


「いいよ。で、どこ?」


「赤ちゃん本舗」


「ふーん」


 そうかそうか。

 赤ちゃん本舗、か。


「……はあっ!?」


 赤ちゃん本舗って、あの赤ちゃん本舗か!?

 あの……大阪市中央区に本社を置く乳幼児向けマタニティ・チャイルド・ベビー用品のチェーン店を運営する企業。セブンアンドアイホールディングスの傘下に入っている。 屋号の表記は「アカチヤンホンポ」である赤ちゃん本舗か!?


「な、なんで?」


「なんでって、あんたの子供の衣服とか見に行くのよ。いやあ、今から楽しみっ!」


 し、しまった。

 この人ら、クレイジー夫婦だったんだった!


 赤ちゃん本舗なんて、高校生の俺が買うものなんてないじゃないか。


 ……って、そうじゃない!


 冗談じゃない!

 高校生の俺がそんな場所に行ったら、絶対に白い目をされるじゃないか!


 車が丁度、赤信号で停止した。


「あ、ちょっと健太!」


 その隙に、俺は後部座席から飛び出した。幸いにも車は歩道側を走行していた。


「あんたがいないと、アラフォー夫婦が白い目されるんだけどー!?」


 車の扉が閉まる最中、母のそんな決死の声が聞こえた。

 その言葉を無視して、俺はガードレールを飛び越えて歩道を走った。


「うわっ」


 走り出してしばらくして、住宅街の十字路を曲がった時、俺は誰かと激突した。


「い、いったーい」


「ご、ごめんなさい」


 慌てて俺は、激突し尻もちをついた人に手を伸ばした。


 その人は……。


「あれ、志村君」


 澪ちゃんだった。

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