迷惑〇tuber
インターフォンを押したが、反応はなかった。留守なのかと思ったが、この前した取り留めのない瞳との会話の中で、ご近所に噂されてあまり外に出れてないんだ、と笑いながら彼女は言っていた。
もしかしたらいるかもしれない。
そう思って扉を開けようとすると、不用心にも家の鍵は掛かっていなかった。
「瞳、いるか」
反応はない。
玄関は明かりが灯っていなかった。夏至をかなり前に過ぎ、陽が沈むのが早くなってきたこの季節、差し込んでいた夕日が扉が閉まる拍子に消えると、家内は真っ暗闇に染まった。
「瞳」
返事はなかった。
「入るぞ」
靴を脱いで、玄関を上がり、二階にある彼女の自室に真っすぐ向かった。
「瞳、いるか」
「うぇあっ!」
扉を開けた拍子に、俺は固まった。部屋の中から好いた少女の叫び声が聞こえたから。
一、二、一、二。
立ち上がって、間抜けなポーズを決めた瞳と目が遭った。よく見れば、彼女の小さなスマホから体操をしているような女性の掛け声が聞こえていた。
彼女の前方には、カメラが三脚に立てられていた。
「……何やっているの?」
「動画撮影」
「ああ」
そういえば彼女、〇tuberになったんだったな。
「まさか、ライブ?」
「違う。録画だよ」
ホッと胸を撫でおろした。
扉を閉めて、彼女の前に向かった。
瞳は、マスクを取ってスマホの動画を静止させた。
「今日はどうしたの?」
「え?」
瞳の問いに、俺は固まった。そういえば会いに来た理由は考えていなかった。まさか、お前はどうして強かなんだ、とも言えない。
固まる俺を他所に、瞳は俺に顔を寄せ、制服の匂いをクンクンと嗅ぎだした。
「女の匂いがする」
彼女は鼻が利く。つまりは犬だ。
「まさか浮気かっ」
「違うわ」
「あいたっ」
思わず妊婦を小突いてしまった。
彼女は少しだけ痛そうに頭を擦っていた。
「じゃあ、なんでって言うのよう」
「学校で集団生活していれば、女子の一人や二人と接触するだろ」
「嘘ばっかり。日頃一緒にいたあたしに、そんな嘘が通じると思う?」
「いやだって、身に覚えがない」
「澪ちゃんの匂いがするけど」
「ああ、そういえば最近よく話すわ」
納得げに、俺は手を叩いた。
「うぅぅ。あの女狐、ケンちゃんに色目使いやがって……」
「口が悪いぞ、そもそも色目なんて使われてない」
「ケンちゃんは鈍感だからわからないだけなの」
「なんだそりゃあ」
怒る瞳が面倒で、俺は呆れるようなため息を吐いていた。
「……で、結局今日は何しに来たの?」
「え?」
ギクリ。
掘り返すなよ、恥ずかしい。
……しばし、俺は言い訳を考えた。
「何よぅ……」
「あの……そろそろ文化祭の季節だろ?」
だから何だと言うのだろう。話題選びに失敗したことを悟りながら、俺は額に冷たい汗を流しながら微笑した。
「それが?」
「……えぇと、去年の文化祭は色々あったな、と思って」
「あー、あったね。人混みに揉まれて、ストッキングが伝線して、それをケンちゃんが気付いてくれて……その場で脱ごうとしたら頭を小突かれた」
「いや、それはモラルがないお前が悪い」
そういえばあったな、そんなこと。
この猪突猛進娘は、本当に昔から考えなしで行動することが多かった。その度に俺は悩みに悩み耽り……時には彼女を叱ったり、時には彼女を小突いたり。
あれ、俺彼女に怒ってばかりだな。
心のどこかで彼女への態度を改めなければ、と思ったことも何度もあった。だけど、彼女が変わらないから俺も変われず、結局なあなあで過ごしてきて……。
そして、あの妊娠騒動が訪れた。
愛想を尽かされたんだと思ったんだ。
小姑のように口うるさい俺に、彼女は呆れて、俺のことが煙たくなって、傍から離れていったと思ったんだ。
そして、離れた理由が俺にあると悟ると、後悔して……。
俺はようやく彼女への好意を理解させられたんだ。
「そっか。もうそんな時期かー」
瞳は感慨深そうに言った。
そして……。
「JK妊婦が退学した学校の文化祭に行ったら、視聴数増えるかな?」
彼女は、また馬鹿なことを言い出した。
「炎上するから止めておけ」
俺は苦笑した。どうしてか、少しだけ心が軽くなった気がした。
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