変わり始める世界
喧騒とする教室は、相変わらずマリッジブルー? な俺の気分を放っておいて、毎日を楽しくエンジョイしていた。
前々から騒がしいクラスの連中と一線を画していた俺だったが、最近、特に俺と周囲の仲介を担っていた瞳がいなくなってから、一層周囲を煙たく思う時間が増えたように思う。
まあ、最近のクラスメイトの浮かれ具合が以前よりも大きくなっているのは事実で、だからこそ俺も余計に彼らを疎ましく思ってしまうのだが……じゃあ何故、クラスメイトがこんなにも騒がしく浮かれているのかと言えば、理由はあまりにも明白だった。
「文化祭ヒャッハー!」
「ヒャッハー!」
高校最後の夏もまもなく終わる。九月、残暑の気配も徐々に薄れ、まもなく始まる十月にある学校一のビッグイベントに皆が浮かれるのは最早必然。
何せ、三年生の俺達にとってこれからの行事は全て、高校最後と付くから。高校最後だからなんだよ、たかが三回中の一回だろと思った奴は捻くれてる奴。
はい、捻くれていてごめんなさい。
「志村君、相変わらず浮かない顔だね」
「……ん、そうだね、澪ちゃん」
澪ちゃんが俺の傍に寄ってきて、声をかけてきたから、曖昧に俺は返事をした。最近、クラスだと澪ちゃんと話す機会が結構増えていた。だけど、俺から彼女に声をかける機会は滅多になかった。クラス委員長という立場があるから、クラスで浮いている俺の心配でもしているのだろう。
「澪ちゃんは、あっちで皆と騒がなくていいの?」
指さした方向にいたのは、文化祭への思いを馳せる若人達。と言っても、俺も彼らと同い年だけど。
「その言葉はそのまま君にお返しするよ」
「そういう人間性じゃないんだよ、俺は」
瞳がいれば、俺の手を無理やり引いてあの輪の中に混じらせたのだろうが……俺一人で、あの輪に入るわけがないではないか。
「人間性が関係あるの?」
「騒げる人、騒げない人はいるだろう」
「騒げない、じゃなくて、騒ぐ気がないの間違いでしょ」
「ほぼ一緒だ」
「全然違う」
「どこが」
澪ちゃんの顔を見ると、彼女は白々しくそっぽを向いた。
「騒げないって言うのは、騒ぐことが怖いことを言うの。あなたのそれは、騒がないことに美徳を持っているからそうしているだけよ」
「ほう」
騒がないことに美徳、か。中々良い響きだった。
「まあ、あたしから見れば、斜に構えていることをカッコいいと思っている勘違い野郎だなってことだけ」
「あまりにも正しい」
そう言われると、あの輪に交じって騒ごうと思う気がしてくるのは何故だろう。
それは多分、これが高校最後の文化祭だからなのだろうな。
三回中の一回?
そんな考えしている勘違い野郎は、ここから出ていけ。
……ごめんなさい。
俺は素直に謝った。
「今日のロングホームルーム、文化祭の持ち場決めをやるそうよ。志村君は何をするか決めているの?」
「全然」
顎に手を当てて、目を細めて続けた。
「そんなことをすることすら知らなかった」
「相変わらずだね」
「そうだろう?」
「じゃあ、今からでも考えてみたら? 何をするか。何をしたいか」
「そうだなあ……」
少し考えて、俺は斜め右後ろの席を振り返った。
「なあ、ひと……み……」
そこの席には、誰も座っていなかった。元々は、あの猪突猛進娘が座っていた席だった。
瞳は今、退学手続きを進めていた。まだ退学にはなっていない。一応、校則違反による停学処分という形に留まっている。だけど、夏休み明けから彼女は一度だって学校に来ていないし、多分このまま学校に来ることはないのだろう。
さっきも思ったし、いつかも思った。
俺はいつも瞳といた。
誇張抜きで。まあ、俺の匂いを嗅がないと禁断症状を起こすとか馬鹿みたいなことを言っている人となのだから、その具合は窺えるのではなかろうか。
この教室から瞳がいなくなって、まもなく一月が経とうとしている。
学生にとって、クラスとは家のようなものだ。家にも勝るとも劣らない時間を、このクラスで俺達は一緒に過ごしている。集団行動を行っている。
ならばこの学校は、俺達学生にとっては第二の世界なのだろう。
そんなこの世界は、好いた少女一人が消えてしまうくらいで姿かたちを変えようとしていた。
この前まで瞳のことを皮肉った連中が、最近ではすっかりと彼女の近況を気にしなくなり始めていた。
彼女はもう、この世界の住人ではない。
皆がそれに気付いて、彼女のことを忘れようとしているのかもしれない。
世界を変えようとしているのかもしれない。
世界の変化に取り残されているのは、多分俺一人なのだろう。
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