パートナーの近況
週末、気乗りはしなかったものの、俺は瞳の家に再び訪問しに来ていた。父と母に口うるさく、ちゃんとご挨拶に伺いなさいと注意された結果だった。
手には、無理やり高めのお茶菓子を持たされていた。あの両親、談合するくらい向こう両親と親密なやり取りをしている癖に、わざとらしい見せしめを用意しやがるものだ。
両親は、相変わらず浮かれに浮かれまくっていた。
初孫が見れることが相当嬉しいのか、孫が生まれた後の再来年の年賀状が楽しみだとか、事前に親族に報告しておくかだとか、幸せの共有(俺の社会的抹殺)を嬉々として行おうと言ってくるのだ。端から止めろと口酸っぱく言っているが、いつ強硬手段に出てくるかヒヤヒヤものでしょうがない。
……まあ、両親の奇行には頭を悩ませているが、決して瞳の身が心配じゃないというわけではなかった。これでも一応、彼女のことを好いた男だからな、俺。それに、彼女一人高校を退学に追い込み、のうのうと学校に通っている現状にも後ろめたい気持ちもあった。
もし彼女への好意の自覚がもっと早ければ、彼女に強硬手段を出させずに済めば。
最近ではそんなことばかり考えてしまっていた。
「はあぁぁ……」
胃が痛い。
あの日以来。彼女が身籠り、俺が相手だと知ったあの日以来、初めて彼女とこれから会う。色々。本当に色々、今俺は恐れにも似た感情を覚えさせられていた。
インターフォンを押すのを戸惑いながら、意を決してボタンを押した。
「おはようございます」
「おはよう、ケンちゃん。瞳?」
俺を出迎えたのは、瞳の母だった。
「えぇ、まあ……」
そう言って、一つ思い出すことがあった。
「あ、そうだ。これ、つまらないものですが……」
手土産を掲げた。
「え? あらー。いいのよ、気を使わなくて」
「そ、そんなわけにもいきません」
理由は色々と。
「……なんだか悪いわね。こっちこそ色々と迷惑かけているのに」
「そんなことは……あるな、普通に」
思わず本音が出た。
そういえば瞳の両親も、彼女と俺の一連の騒動の首謀者側の人間だった。まったく、俺達の両親はどうしてこうも常識というか、道徳というか、倫理というか。
そういうのが欠けているのだろう。
類は友を呼ぶって奴なのだろうか。
……待てよ。だとしたら俺も、類?
「アハハ。ケンちゃん、相変わらず面白いわね」
「そうでしょうか?」
「そうよ。そういうところを、ウチの子は好きになったのかもね」
「……はあ」
「ごめんなさいね。あの子もあたし達も、一度決めたら止まらない性質で」
「それは正直少し反省して欲しいです」
瞳の母は苦笑した。
そのまま、手土産を預けて、二階の瞳の部屋に俺は通された。
扉の前、少し緊張していた俺は、大きく息を吸っていた。
そして扉を開けると、
「ケンちゃんー!」
「ふぐっ」
腹部に激痛が走った。それが愛しの彼女による日大タックルが根源だと悟ると、廊下のフローリングに打ちつけた後頭部を抑えながら彼女を涙目で睨んだ。
「痛いじゃないか!」
「ケンちゃん、ケンちゃん」
彼女は俺を押し倒し、腹部に顔を何度も擦りつけていた。彼女を日頃から猪突猛進だと言ってきたが、今の彼女は恐らく犬だった。
「くすぐったいから止めてくれ」
「嫌よ。学校にいたら通り過ぎ際にケンちゃんの匂いを嗅いで満足出来たの。学校に行かなくなって、こうしてケンちゃん臭を嗅げる時間が激減した。禁断症状が出ているの」
「色々と重症だな、それ」
それ以上の言葉は出てこなかった。つい先日、彼女の知られざる闇の顔……いいや、病みの顔を見た気がしたのだが、どうやら相当根は深そうだ。
「……あれ、ケンちゃん少し痩せた?」
「はあ?」
「いや、頬の肉が少し減ったような……」
ギクリ。
なんだよこええよ。なんでわかるんだよ。
あの一件以降、大体痛い胃のせいで、俺の食欲は激減していた。いつもは軽く食べれた弁当も、最近では半分くらいしか喉を通らない。夕飯だってそうだ。
『あら、ダイエット?』
そんな俺を見て、母は能天気なことを言っていたが、少しは心配してもらいたいものである。
「もしかしてケンちゃん、ダイエット?」
はい、ここにも能天気いましたー。
「違う、ダイエットをしようと思うくらい、太っているように見えるか?」
「全然。むしろ、もう少し胸板に筋肉付けた方がカッコいいかも」
「……あっそ」
「うん」
なんで俺、駄目出しされているのだろう。
「……そういうお前はどうなの?」
「ん?」
「お前のご機嫌は、いかがなの?」
そういえば、後頭部の痛みで忘れそうだったが……この人の体の具合の確認に来たんだったな、俺。
学校を辞めて、瞳と常日頃から顔を会わせられなくなった。普通だった時間が普通ではなくなった。
卒業し、新たな舞台に進んでいくように。
これからの俺の……俺達の人生は、そんな環境の変化だけでなく、普通だった生活、時間が変わっていくのだろうと気付かされた。
それでも、変わっていくその時を生きていっても、隣には彼女がいる。
好いた瞳がいる。
嬉しかった。俺は、自分が思っている以上に彼女のことが好きなんだ、と気付かされた。
だけど、隣にいるのは彼女だけではない。
俺と彼女が育てなければならない子供もいる。
その子の見本になれるような大人になれるのだろうか、俺は。
微笑む彼女を見ていたら、一時だけどそんな憂いも忘れられた。
しばらく俺と瞳は互いの近況報告をしあって、俺は日が暮れそうな時間に彼女の家を出た。
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