浮かれる連中

 はあ……。


 放課後まで俺のため息は止まらなかった。今日一日、本当に今後への不安ばかりが募るばかりで、平常心でいれる時間の方が少なかった。


 クラスメイトは、いつにもまして凹んでいる俺に対して、慰めの言葉をたくさんかけてくれた。とりわけ、澪ちゃんは人一番俺の身を案じてくれた。


『何よそんなに凹んで。まったく、別に知りたいわけじゃないけれど、言ってみなさいよ』


『べ、別に志村君の様子が心配ってわけじゃないんだからね』


『え……ちょっとくらい教えてくれてもいいじゃない』


 澪ちゃんは日頃から、クラスメイトの前では何故かツンとした態度を俺に取ろうとする。その理由は今日まで一切教えてくれなかったが、平常運転の彼女を見ていると少しだけ気持ちが楽になった気がしたのも事実だった。


 とはいえ、そんな気持ちも長く沈黙し、思考を働かす授業の時間になるとどこかへ飛んでいき、部活にも所属しておらず、帰る以外の余地がない放課後には、俺は朝と同じように痛む胃を擦りながら下校路に着く以外の選択肢が存在しなかった。


 今頃瞳は何をしているだろう。

 動画でも撮って、お腹の赤ちゃんのためとか言って安静にしているのだろうか。


『へー、おもしろいねー。人生好きに生きているって感じ』


 そういえば、朝クラスメイトが〇tuberとなった瞳について、そんな皮肉めいたことを言っていた。


 ……まあ確かに。

 財力も知性も何も足りてない十八歳という年齢でありながら、行為を働いた証拠でもある子を成して、その子供を半ば利用して金を稼ぐ彼女は、人生を自由気ままに生きているように見えるだろう。

 というか、口にしたらとっても自由に生きている気がしてきた。


 だけど、瞳がそうしたのは彼女のなりの理由があってのこと。


 その理由を知っている俺からしたら、彼女はとても自由気ままに生きているようには見えない。むしろ、お腹の子のために何とか食い扶持を稼ぐことに必死なんだと思える。


 彼女は、猪突猛進な少女だ。

 親に唆された部分があるとはいえ、最終的には避妊も怠って子を成した彼女の非は明白だ。


 だけど、結果を見て、後悔をして、それでも先に進もうと、足掻こうとする度胸がある。



 彼女は、本当に強い人だ。



 ……と、そこまで言い切るのは贔屓目が過ぎるだろうか。


 頭を掻いていたら、少しだけ胃の痛みが治まっていた。先ほどよりも歩調を早めて、俺は帰路を歩いた。


「ただいま」




 パアン!




 家に帰ると、爆音と煙の匂いが俺を迎えてくれた。


「おかえりー!」


 母だった。


「待ってました、一児の父!」


 父だった。


 訳も分からず、俺は目を丸めていた。


「ちょっと、どうしたのよ。辛気臭い顔して」


 どうしてって、未成年の息子が幼馴染を孕ませましたなんて口が裂けても言えないわ。


 ……って、この人達は事情知っているんだった。何故だか当事者である俺より先に事情を知って、更には幼馴染を唆した人なのだから。


 俺は、憎々しいとばかりに両親を睨んでいた。


「おいおい、なに睨んでいるんだよっ。こんなにめでたい日に」


「そうよ。おめでとうね、健太!」


 何祝ってるねん。

 お前達の息子、現状にとても戸惑っているというのに。


「ほら健太、今日は赤飯よ」


「おいおい母さん、それはおめでたい日に出す食べ物だろ。って、今日はめでたい日でしたー!」


「イエー!」


 今日ほどこの両親をヤバイと思った日はなかった。

 倫理観的な意味もあるが、一番はこのテンションについてだ。隣の家まで聞こえるぞ、さすがに俺も恥ずかしいから止めて欲しいんだけど。


「……聞いたぞ。あなた達、瞳を唆して既成事実を作らせたそうだな」


 事情を知っているとあれば、遠慮する必要はない。むしろこいつら元凶だし。


「だって、あんた瞳ちゃんにアプローチしないんだもの。このままじゃあ、いつ彼女に愛想をつかされたかわかったもんじゃなかった」


「そうだぞ、後悔してからじゃ遅いんだ」


「うぐ」


 後悔してからじゃ遅い。

 それは確かに、瞳が妊娠したと知った時。俺以外の人と結婚していくのだろうと思った時。そんな時に味わわさせられた。あの時の気持ちは、出来ればもう二度と味わいたくはなかった。


「まあ、子供が出来たことは最初は驚いたが……将来、二人が関係を深めていけばいつかは必ず巡ってきたこと。少し予定より早かったかもしれないけど、それがおめでたいことは間違いないだろう」


 そうだろうけども……。


 十八歳の俺達が子を成すことを当然という風に言っていいのだろうか。


 先行き不安ばかりを抱える今、父の発した言葉がどうもすんなりと受け入れられなかった。


「あたし達もサポートする。だからあなたも頑張って」


 サポートする、か。

 十八歳の親にとって、多分一番ネックなのは金銭面での不安だろう。両親は決して稼ぎが多い人ではなかったが、それでもたかが学生の俺から見たら立派な稼ぎ頭だ。

 そんな両親のサポートがあるならば、そこはもう心配する必要はないのかもしれない。


 だけど、気持ちの切り替えはまだ出来そうもない。


 むしろ、浮かれまくる両親を見て余計に深刻になった気がする。


 成り行きに身を任せることしか出来ないのはわかっているが、それでも俺は胸にしこりのように残る不快感を拭い去ることが出来ずにいた。

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