成り行きに身を任せていく。

 さっき瞳が言っていた。

 

『ケンちゃん、あたしの気持ちに気付いていた癖に全然うんともすんとも言わないし、目を盗んで澪ちゃんと仲睦まじげに話をしているし……既成事実を作るしかないと思ったの』


 あの時、彼女は俺を断罪するようにそう言ったが、まあ一番いけない行為をした人が自分であることはわかっていただろう。

 あの時彼女は、俯きながら左手で右手親指を撫でていた。猪突猛進な癖に、彼女はしょっちゅう後悔をする。そして後悔する度、なんとか罪の意識から逃げる術がないかを模索する。そうして逃げられた試しは、端から見ていて一度もなかったが、とにかく自分の非を理解し言い訳をする時の彼女は、右手親指を撫でる癖があった。

 だから、あの時のあの台詞が本心から出たものではないことは気付いていた。

 

 でも、されどあの台詞が的を射ていなかったのかと考えると、主観的に見てそうだとはとても言えなかった。


 俺は瞳のことが好きだ。

 彼女がどこの誰かも知らない男と生涯を共にするかもとなれば数日憔悴し、教室で取り乱し涙もした。


 それくらい、彼女の身に何かあれば我を忘れるくらいに、俺は彼女のことが好きだった。


 彼女への好意は認める。認めざるを得ない。


 ……だけど。


 だけど、子供を受け入れれるかどうかは別問題ではないか。


 後悔しても遅いことはわかっている。時間を巻き戻すことが出来ないことはわかっている。


 だけど、やはり俺はまだ子供を受け入れることは出来なかった。未熟者である俺が、子供を育んでいけないことはわかっていた。


「あの……瞳?」


「ケンちゃん」


 意を決したタイミングで、俺は瞳に声をかけられた。瞳は、先ほどまでの悪いことをして不貞腐れる子供のような顔ではなく、決意の籠った顔をしていた。


「……なに?」


「あたし、この子を産みたいの」


 俺は、何も言えなかった。


「最初はさ、ただ嬉しかったの。ただケンちゃんの逃げ道を塞ぐために、お父さんお母さん、おじさんおばさんと画策してさ。そうやって、ケンちゃんの初めてをもらった時にさ、凄い嬉しかったし、満たされたの。これまでずうっとそうしたかったのに、出来なかったことが出来て……あたし、嬉しかったの。

 でも、子供が出来たことがわかって。

 冷静になって、お父さんやお母さんとやりすぎたことを後悔して、自分の行いを悔いて……これからどうしたらいいのかを考えて。

 あたし、それでもケンちゃんと結ばれたい。ケンちゃんの子供が欲しいって……そう思ったんだ。


 だから、ケンちゃんとの子供を育てたい。この子を育てたい。そう思ったんだ」


「……そうか」




 彼女への好意を自覚して。 

 彼女の猪突猛進具合を再確認して。


 彼女が言っても聞かない人だということを思い出して。


 これから俺が彼女に対して、子供を堕ろしたいと言って、彼女が俺の言葉を聞いてくれるだろうか、と俺は考えた。


 答えはわかりきっていた。多分否だ。彼女は俺の言葉なんてなくても、進んでいける人なのだ。


 そんな彼女だからこそ……俺は、彼女のことを好きになったんだろう。


「これだけははっきりしたいんだけど、ケンちゃんがどうしても嫌なら、認知しなくてもいいんだからね。ケンちゃんは優しいから、自分の本心を隠すかもしれないから、ちゃんと言おうと思ったの」


「……うん」


「あたしは、一人でもこの子を育てようと思う。だから、ケンちゃんがもし嫌なら、あたしは一人でこの子を育てるから安心して」


 瞳の決意を前にして、俺は中々思考をまとめられずにいた。


 だけど、俺との既成事実を作りたいから夜這いした、と言った彼女が、俺との関係をかなぐり捨てても子供と一緒にいたいと言った。

 これは、相当本気なのだろう。


「どちらにせよケンちゃんの遺伝子は手に入れたわけだからね。エヘヘ。……エヘヘへへ」


 ……なんか呟いているが、多分本気なのは間違いないはず。


 だけどふと、疑問に思った。


「高校生の身で一人でなんて……そんなの難しいだろ」


「大丈夫」


 いかにも大丈夫そうに、彼女は意気込んで続けた。


「実はあたし、〇tuber始めたの」


「……は?」


「JK妊婦チャンネルってチャンネル名でね。女子高生って立場で子供を育てるために、安産にするために色々するって動画なの」


 彼女は楽しそうに話し始めた。


「実は……マスクしてたんだけどさ、動画の端に映ってた制服で学校にバレちゃったの。それで、退学になっちゃった」


「それは何やっているんだよ」


 深刻なムードだったのに、思わず突っ込んでしまった。

 本当にこの人は、猪突猛進が過ぎる。


「……そんなことして、下衆なコメントばっかりじゃないのかよ」


 苦笑する瞳に目を細めて、俺は尋ねた。


「そういうコメントは多いよ? だけど、ためになるコメントも多い。まるで自分のことのように、あたしの体を案じてくれるコメントもある。少し傷つくけど、力には確実になってる。それに収益化も出来てさ。当分はお父さんやお母さんに助けてもらわなきゃいけないと思うけど……それでも、ミルク代くらいはこれで稼げると思う」


「……そっか」


「それにさ。生きるためにはなんだってしないと駄目じゃない。あたしはこれから、母親になるんだからさっ」


 ……彼女の覚悟の大きさを知って。


 俺はもう、彼女に子供を堕ろしてくれ、だなんて言うことは出来なくなっていた。


 彼女の意思を尊重することしか出来ない。

 そう気付いて、俺はそれから、彼女に何も言うことは出来なくなっていた。


 彼女と別れて、不安な気持ちを押し殺しながら家に帰った。


 家に帰ると、学校をサボって彼女の家に行ったはずなのに……外は既に真っ暗になっていた。


 家には、誰もいなかった。

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