病んでる少女

 まあ一先ず、瞳のパートナーが明るみになったところで、内心の奥の奥でほんの少し安堵をしている自分がいることに、俺は気付かされていた。


 彼女がどこの誰かもわからない男と、気の置けない関係になったわけではないと知り、むしろようやく気付いた自分の気持ちと同じく、俺のことを好いていたというわけなのだから、それが嬉しくないわけがなかった。


 ……とは言え、いきなりの妊娠はさすがに。


「……ケンちゃんが悪いんだよ」


 今日一番、歯切れが悪くなった俺に気付いて瞳は俯いて呟いた。明らかに俺を断罪するような口振りだなと思った。


「ケンちゃん、あたしの気持ちに気付いていた癖に全然うんともすんとも言わないし、目を盗んで澪ちゃんと仲睦まじげに話をしているし……既成事実を作るしかないと思ったの」


 大分ぶっ飛んだ思考回路だな、とは言えなかった。言ったら、彼女の逆鱗に触れそう。会話にならなくなるのは、さすがに俺も望んではいなかった。

 ちなみに、澪ちゃんとはクラスメイトの女子のことだ。委員長をしている真面目タイプで、ものぐさな俺が度々心配になるのか、ふとした時に声をかけてくれる人だった。


「それで、夜這いを?」


 一先ず、事実確認とばかりに尋ねた。

 瞳は不貞腐れながら頷いた。


 頭が痛かった。


 まさか、好いた少女に夜這いを仕掛けられて、知らぬ間に身篭られる日が来ようとは。


「お前の両親は……その、知ってるの?」


「何を?」


「その……相手が俺ってこと」


「当たり前じゃん」


 当たり前、なのか。


「むしろ、ケンちゃんのパパとママも知ってるよ」


「……へぇ」


 そっか。

 俺の父と母も知っていた、か……。


「へっ!?」


 なんで!?

 なんで、父さん母さんがそんなこと知ってるの!?


「誕生日パーティーで薬を仕込むにも、あたし一人だと色々ボロが出たと思わない?」


「まあ、お前結構ドジだしな」


 なるほど。つまり、あの時瞳がボロを出さず、見事俺を眠らせてその隙に俺の初めてを奪えたのは、陰の協力者がいたからなのか。

 身内の協力者がいれば、さぞ作戦を完遂させるのは簡単だったろう。


 ……思えば。


『だけど、いつまでもそうしていても、埒が明かないぞ。お前も今年で十八歳。もう結婚出来る年になった。そんな大人になりつつあるお前が、そうしていつまでもウジウジとしていちゃいけない。成長しないとな。大人にならないとな。俺と母さんは……どこまで行ってもお前の味方だからな』


 第一話で父に言われたこの台詞。俺はてっきり、遅すぎた内なる感情に気付き、憔悴した俺を励ますべく父がかけてくれた台詞だと思っていたのだが……。


 だとしたら、十八歳で結婚出来るように云々はおかしくないだろうか。

 それに、味方だからどうだからなんて言葉も、まるで俺が何か悪事を働いたみたいな台詞ではないか。


 あの親、全部知ってやがったんだ。

 瞳が妊娠し、親が誰であるのか。


 知っていて、その事実を俺が知って凹んでいると思ったから、責任取れよ、と言いたげにあんなこと言いやがったんだ。


 なんて親だよ、おい。


 いや、そもそも寝込みを襲われ、幼馴染を孕ませたとして、果たして俺は悪いことをしたのだろうか……?


 だって……合意の上じゃないんだよ?


 そりゃあ、俺は彼女のことが好きだ。彼女がどこの誰かも知らない男と生涯を共にするかもとなれば数日憔悴し、教室で取り乱し涙もした。

 彼女が俺のことを好いていてくれたことは素直に嬉しい。


 ……だけど。




 妊娠は、早すぎるって……。

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