一児のパパになるらしい

 瞳が何を言っているかわからないことは珍し……くはなかった。彼女は基本、猪突猛進な少女だった。いつかの家出騒動もそうだが、彼女は結構考えなしで動くことが多い。だから、理論的に理屈っぽく話すことは珍しいのだ。


 それにしたって、今回はより一層彼女の言っている言葉の意味が理解出来なかった。


 俺の、『誰と一緒にその子を育てるんだ』と言う問いは、どう考えてもその子が誰の子であるのかを意味する言葉であったのだが、その問いに対して俺を指さすのであれば、それではまるで俺がその子の親みたいではないか。


 そんなことあるはずがない。


 いや、もし初めてこの状況を見る人がいれば、お腹の子の親権を認知しない気かこの野郎、と思うかもしれないが、これも致し方ないのだ。




 だって俺、童貞だもの。


 このまま三十歳まで貫けば、魔法使いになれるんだぞ。もう十年ぽっち貫くだけなんだぞ?

 そんな俺が、瞳のお腹に宿った子の親なはずがないだろう。


 そりゃあ、長い人類史を見れば、聖母であるマリアも処女でキリストを孕みもしたが……俺、聖母でもなければ紀元前生まれでもないし。

 ほうらやっぱり、俺が瞳のお腹に宿った子の親なはずがない。こんなにも物的証拠が揃っているじゃないか。


「本当はね、もう少し落ち着いた頃に話そうと思ったの」


 取り乱す俺に対して、瞳はあっけらかんとした態度で話し始めた。


「最初に。まず、お腹の子は今日で二か月を迎えることになりました」


「それは……おめでとうございます?」


「アハハ。ケンちゃん。おめでとうはおかしいよ。二人の子だよ?」


 だから、俺は童貞だっての。童貞に子供は作れないんだよ。


「夏休み中からさ、なんだか倦怠感があって。他にも色々あったから、もしかしてと思って産婦人科にお母さんと行ったら、無事妊娠が発覚したの」


 世間一般から考えて、高校生の妊娠は無事、でいいのだろうか?

 そりゃあ、新たな命の誕生はおめでたいことはおめでたいのだが……妊娠発覚後の学校での彼女への風当たりを見ても、やはり若い内の妊娠は様々なリスクを孕んでいるんだろうな、と最近では思い始めた。


「まあ、そんな話は一旦置いておこうか。それで……二か月前と言ったら、何があったか覚えてない?」


「期末テスト」


「惜しい」


 瞳は明るい雰囲気で指を鳴らした。

 いや、言っておいて申し訳ないが、本当に惜しいのか?


「ケンちゃん、七月に誕生日だったでしょう?」


「全然惜しくねぇじゃねーか」


 そう言えば、七月は俺の誕生日のあった月だ。かつてから誕生日は、我が家で両親と瞳にパーティーをしてもらうことが一種の決まりになっていた。十八歳にもなると親から盛大に祝われる状況に照れくささも感じたが、瞳が祝ってくれるということもあって、結局は結構毎回楽しんでいたのだった。


 思えば、彼女への気持ちがわからないと言っておきながら、こうして考えると端から見れば俺の気持ちは他人に筒抜けだったことだろう。


 そうか、それもあって瞳の妊娠が学校で知れ渡った時に、真っ先に俺がクラスメイトから疑われたのか。


 納得。




 ……納得している場合ではなかった。


「それで? 七月に誕生日があったから、何なの?」


「ケンちゃん、晴れて十八歳になったじゃない?」


「おう」


「結婚出来るようになったでしょう?」


「おう」


「だから、誕生日パーティーの晩餐、ケンちゃんの分だけ一服盛ったの!」


「一服盛ったんですか、そうですか」


 なるほど。

 つまり……どういうことだ?


 理解が追い付かず、首を傾げていると、瞳が頬を染めてそっぽを向いた。


「その晩、睡眠薬でぐっすりのケンちゃんに色々させてもらったんだ」


「なるほど」


 つまり……実は俺、童貞じゃなかったってこと?


 童貞って寝ている間になくなる物だったんだな。


「一回で愛の結晶が生まれるだなんて、ケンちゃんもあたしとの関係、望んでいてくれたってことだよねっ」


「いや、さすがにそれは飛躍しすぎだろ」


「あいたっ」


 思わず俺は、妊婦の頭を小突いてしまった。

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