アスモデウスの日常 その二

 冥界でグレモリーちゃんと一緒にいた時、珍しく召喚儀式がお姉さんの下へ届く。それも、誰もが行ってきていた儀式の方法とは異なるやり方で。


「この召喚儀式は……」

「グレモリーちゃん。何か分かったの?」

「まさか、とは思いますが」

「なに?」

「ゴエティアによる召喚でしょうね」

「ゴエティア……」


 まさか、お姉さんたち七二の悪魔を使役したソロモン王が記したあの書を? それを使って人間が召喚儀式を行ったというの?


 もう一人、バアルちゃんもその召喚に応じお姉さんたち三人が向かうことに。


 魔法陣から、召喚主の下へ降り立つ。そこは薄暗い部屋。

 目の前には若い坊やが立っていた。


 細身、黒髪、どこにでもいそうな男。でも、その目だけは違う。濁り、負の感情だけが込められた冷たい瞳。


 そして、彼が望んだ契約は復讐。自身の魂も肉体、血すらも捧げ成し遂げたいと。他にも五人の魂も、本人の意志関係なく捧げると。


 それが夏目ちゃんとの出会いであり始まり。


 契約に応じたのは、悪魔らしく交わしえみようかという単純な理由。以前にグレモリーちゃんに言われたっていうこともあるけれど。


 契約を、夏目ちゃんと交わしたその日の夜からお姉さんは街へと出かける。

 そこでも、欲深い人間を見つけては遊ぶ。


 人気のない路地裏、または公園の公衆トイレへと気づかれないよう誘導しわざと襲われる女を演じる。


「お、お前がっ、こんな時間にそれも一人で彷徨いてるから悪いんだからな⁉ お、俺は何も悪くねぇから!」


 などと、小心者の捨て台詞を吐き逃げる坊や。


 場所は公衆トイレ。ヤる時はノリノリで、終わると罪の意識からおどおどして。今の時代の坊やはからかい甲斐があるわね~。


 それにしても、こんな下着も見えそうな薄着で胸も大きくて無警戒で一人、人気のない道を出歩く女なんていないわよ~。


「さて、と。乱暴にされるのは慣れているし。にしても、今日はもう終わりかしら。うふふ。いっぱい注いで貰ってこれ以上は誤魔化しが利かないわね~」


 下腹を擦る。今度はどんなプレイを楽しもうかしら。


 その翌日も朝から街へ出かけ楽しませてくれそうな人間を捜す。この時代には、面白い創作物がたくさんあって参考になるわ~。


 フィクションだからこそできるのであって、現実で行えば警察に捕まって人生終わりなのに次から次へと犯罪が増える。


 まあ、お姉さんもそれを参考に楽しんでいるから何とも言えないのだけどね。


「次はこれをしてみるのもいいわ~」


 痴漢。電車で背後から襲われるもの。背徳感、極限の緊張感、別の意味での恐怖感を味わえそうね。

 さっそく試してみる。


 電車に乗り、痴漢されるのを待つ。すぐに坊やが釣れた。スカートの中に手を入れ弄る。声を押し殺して耐えてみる。恐怖に震え涙も見せる演技。


 坊やはそんなお姉さんを見て、


「そうそう。声を出すなよ。こんな姿、周りに見られたくないだろ? 女子高生ちゃん」


 う~ん。その言い方は気持ち悪いわね。確かに、襲われやすいなんて勝手に思って女子高生に化けてみたけど。


 これは失敗かしら……。


 その後も痴漢行為が続いたけれど思っていた程、欲は満たせなかったわ。なので、痴漢坊やは、電車を降りトイレへ連れ込まれたタイミングで魂を喰らう。


「はあ~。これはもうしないわね。この坊や喋りや指、気持ち悪くて全然、楽しめなかったから食べちゃったし」


 気を取り直して、他のプレイも試してみようかしら。

 坊やを誘惑、ラブホテルへ。それ以外にも変態プレイと言われるやり方でお姉さんの欲を満たしていく。


 今日一日、遊び尽くし家へ戻ると玄関先で夏目ちゃんに出くわす。


「ん? アスモデウスか。おかえり」

「あら、夏目ちゃん。ただいま」


 夏目ちゃんは、お姉さんを見つめたまま立ち止まる。


「どうかした?」

「アスモデウス」

「何かしら~?」


 おそらく、夏目ちゃんはお姉さんがしていることに想像はついているだろうから、そのことに関して何か言いたいことがあるのかしら。


 でも、お姉さんは悪魔で欲に忠実なのよね~。


 昔、契約に応じることはあったけど行動制限、絶対服従を強いるからつまらなかったのだけど。夏目ちゃんは、どうする気なのかちょっと興味はあるわね。


「帰ってきたらすぐ風呂に入れ」

「……え?」

「臭いまま部屋を歩き回れるのは困る。グレモリーも怒るぞ?」

「それだけ?」

「ああ。他に何がある? いいから、さっさと風呂へいけ。湯も湧いているから」


 それだけを言ってリビングへと消える夏目ちゃん。


 あら? 何か言ってくるのかと思ったのだけど……。


 まさか、お風呂に入れ、なんて言われるとは思っていなかったわ。お姉さん、そんなに臭うのかしら?


 自分の腕を嗅いでみるが分からない。


 夏目ちゃんの言う通り、お風呂へ直行。


 その後も、毎日のように昼夜と問わず出かける。そして、帰ってくると夏目ちゃんはお姉さんにお風呂へと勧める。


 おかしいわね。何も言ってこないなんて……。今までの契約者は、あれしろこれしろと命令に制限が当たり前のように言うのに、夏目ちゃんはお姉さんに契約以外の命令をしてこない。気になるわ、夏目ちゃんが何を考えているのか。


 だから、問いかけた。


「ねえ、夏目ちゃん。一つ訊いてもいいかしら?」

「なんだ?」


 リビングのソファーに座り動物のおもしろ映像のテレビ番組を見ていた夏目ちゃんは、右手にマグカップを持ったままお姉さんに振り返る。


「どうして、何も言ってこないのかしら?」

「はい?」

「お姉さんが何をしているのか、想像はついているでしょう。夏目ちゃん」

「そうだな。それで?」

「なのに、命令もしなければ行動制限もしない。なぜ?」

「…………」


 お姉さんの問いかけに黙る夏目ちゃん。

 しばらく黙ってから口を開く。


「僕は、お前たちと契約は交わした。でも、だからといって契約以外の命令をする気はない。人間の僕に、悪魔のお前たちを完全に支配したなんて思っていないから。アスモデウス、お前が外で何をしようが、喰らおうが僕は何も言わないし命令も、制限もかけない」


 そう語る。悪魔を完全に支配したとは思わない。そう言ったのは夏目ちゃんが初めてね。


 そして、


「好きにして欲を満たせばいい。だが、遊んで帰ってきたらすぐ風呂に入って臭いと汚れを落とせ。朝だろうが夜だろうが関係ない。僕が言うことはそれだけだ」

「そう」


 驚いた。契約がなければ人間なんて、取るに足らない存在なのにそれを分かっていない人間は多い。何でも命令して服従させられるなんて思い込む。


 だけど、夏目ちゃんは悪魔を理解しているのね。契約があったとしても、時に悪魔は対価より、契約者を殺して魂を喰らうことがあるってことを。


 契約を取る理由は簡単。お姉さんたちの能力を底上げし、魂は悪魔の色々な面で糧となるから。


 でも、あまりに気に入らなければ契約など関係なく殺すことも厭わない。それが悪魔。


 うふふ。これは直感なのか、それとも第六感なのか。夏目ちゃんと一緒にいると退屈しないわねきっと。


 お姉さんのやりたいよう、好きにやらせてくれて。契約以外の命令も行動制限もしない。悪魔のお姉さんの欲を受け入れ理解してくれる。


 夏目ちゃんのそばで、復讐を成し遂げ最期に何を想うのか見届けたい。そう願ってしまうわ、お姉さんは――――。


                                 ―終わり―

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