バアルの日常 その一
それは数百年前、ある人間の召喚に応じ一国を滅ぼした時の話だ。
俺こと、バアルは戦好き。戦いに強い悪魔としても有名な話。
召喚者が、敵国を滅ぼして欲しいと望んだ。数十人がかりで、召喚儀式を行い俺を喚んだのだ。俺は、その望みを叶えるべく敵国へ単身で乗り込む。
「一人で乗り込むなど愚かな!」
「弓兵! 射てぇぇえええええっ!」
誰かの号令で矢が飛んでくる。
雨のように矢は、俺を狙い降り注ぐが動じることはない。
「くくっ。少しは楽しめそうだな!」
降り注ぐ矢を口から吹く紫色の炎で一掃。それを見た人間共は、驚愕しありえないとたじろぐ。
「な、なんということだ⁉ ま、まさか魔術師か⁉」
「奴らめ! 魔術師を加えていたというのか!」
「怯むな! 射ち続けろ!」
いいね! そうこなくては面白みがないってもんだろ!
腰を落とし城壁までの距離を一気に詰め右手で壁を殴る。その威力は、硬い土壁をいとも簡単に砕き崩れていく。上にいた人間共の悲鳴を聞きながら、俺は攻撃を止めることはなく城壁の全てを拳のみで破壊していく。
瓦礫の下敷きになった人間、崩れ落ちた衝撃で怪我を負い動けない人間、武器を手に俺を攻撃してくる人間と様々。
「くくっ、ははははっ! さあ、もっと俺を楽しませろ! 人間! 俺を殺さなければ、貴様らが死ぬだけだぞ!」
俺の宣言に、怯えの色、死への恐怖の染まりそうな心を奮い立たせる人間共。いいぞ、その目! 殺らなければ殺られる、だから武器を手にする!
さあ、来い!
「此処から先は行かせん!」
「此処で食い止めろ!」
「魔術師風情が、我ら王国兵を舐めるな!」
剣、槍を手に向かってくる。
手に魔力を創り出し、拳を覆い武器から壊しにかかる。一撃を入れるだけで砕け散り、無防備になった胴体へ魔力を纏った足蹴りを入れる。城壁を失った城内へ、蹴り飛ばされた人間が視認できないほど吹き飛ぶ。それは一人、また一人と同じように。
それでも、兵共は俺を殺そうと向かってくる。
「いいぞ! もっと、もっとだ! 俺を殺しに来い!」
高笑い、嬉々として戦、殺し合いを心の底から楽しむ。
飛んでくる矢を素手で掴み取り圧し折り、俺から距離を詰め指先を伸ばし腹部を貫く。貫かれた兵は口から血溜まりを吐き、腕を抜くとその場に倒れ動かなくなる。
血で濡れた右腕で、近くにいた兵の頭を鷲掴み頭蓋骨を握力のみで砕く。身体が痙攣を起こしまた動かなくなれば捨てる。
背後から剣で刺される。
「あ? へえー。俺の背後を取るとはな。そんな貴様は、塵一つ残さず消し去ってやる」
「な、なんで動けて――あああああああっ……」
首だけを後ろへ向けて、左手から濃密な魔力の塊を放つ。背後にいた兵は叫びを上げたが最後はその声さえも掻き消えていく。
刺された剣を引き抜き、腹に空いた穴は瞬時に再生され傷一つ消える。その光景に兵共が、言葉を震わせ信じられないと首を振る。
「う、嘘だ……。そ、そんなことありえるものか……⁉」
「き、傷が消えて……⁉」
「こ、こいつは魔術師ではないぞ⁉」
「ば、化け物が!」
化け物? いや、違うな。俺は、悪魔だ。
陣形どころではなくなった兵の下へ詰め寄り、殴り蹴り飛ばし吹き飛ばし殺す。城壁を守っていた兵共はみな死に、俺は単身で城内へと侵入する。王を逃がそうと兵が集まるが、それは死体を増やすだけの行為だぞ?
王族、民、家畜と等しく殺し尽くす。城内は赤い炎に包まれ黒い煙を巻き上げ、血の臭いを充満させ、死を撒き散らす。
「久々の戦で楽しかったぞ。人間共」
敵国に襲撃して半日足らずで滅びた。
悪魔にかかれば、こんなもの朝飯前だな。
召喚者の下へ戻り、対価を頂く。
「さて、貴様らの望み通り果たした。対価を貰おうか」
「……そ、それはどのような対価でしょうか?」
「むろん、召喚者の貴様と儀式に参加した者全員の魂に決まってるだろ」
「なっ……⁉」
何を驚くことがある? 貴様が敵国を滅ぼせと命じたのだろう。何万、何十万という命を消し去って、自分には何も代償を支払うことはないとでも思ったのか? それはいくらなんでも傲慢だろうに。
「どうした? 早く対価を寄越せ」
「む……」
「む? なんだ?」
「無理、でございます……」
「なに?」
貴様、何を言っているのか理解しているのだろうな……!
「い、命以外でしたら何でも差し上げます! だから、どうかご容赦を……!」
「ふざけるなよ! 人間の分際で!」
「ひっ……⁉」
何が命以外なら、だ! 人間が、俺たち悪魔が望む対価以外を望むな! 貴様らの望みに応じ力を貸し与え欲を満たすというのか!
悪魔の力を、貴様ら人間が一方的に行使することを俺が許すとでも思ったのか!
愚かな!
「そうか。ならば、契約など破棄だ」
「そ、それはどういう意味……」
「今から貴様の国も、貴様ら人間も等しく死ね」
「お、お待ち下さい! そ、それだけは……!」
「もう遅い。素直に俺へ対価を支払っていればよかったものを。愚かな選択をしたな人間」
結果、敵国同様に召喚者も民も国諸共、滅ぼし何百万人という人間の魂を一度に喰らった。
ふんっ。傲慢にも俺への対価を拒否した末路だ。貴様ら数人の魂で済んだものを、命以外などとほざくからだ。
俺が求める対価は、魂以外にありはしない。
悪魔の力を人間が何の代償もなしに行使できるはずがないだろ。
「何でも命令し服従できるなどと思い上がるな。人間風情が」
毒を吐き捨て、俺は冥界へ帰る。
魂は喰えば喰うほど、俺の糧となる。契約は能力の底上げに必要だが、魂は生きる糧であり能力を使う原動力にもなる。だから、俺は魂を対価に契約を交わす。
他の悪魔は知らんがな。
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