外伝 悪魔のちょっとした日常

グレモリーの日常 その一

 それは、主こと大磨夏目に会う前の話――。


 私こと、グレモリーは悪魔の中でも変わった性格をしていました。


「おっ。グレモリーじゃないか」

「ダンタリオン。お久しぶりですね」


「人間界で言うと十年か?」

「はい。契約は無事に済んだようですね」

「ああ、まあな。で、お前さんはまた世話焼きの契約でもしに行くのか?」


 ダンタリオン。私と同じ七二柱の悪魔。お調子者でいつも遊んでばかりの自由人。

 彼が契約する人間は決まって、博打の沼にハマり抜け出せない人間。一種の依存なのでしょう。私とは違う人種との契約を進んで取るのが彼。


「ええ。永い生ですので、やりたいことをやって生きている方が楽しいでしょう?」

「言えてる。オレも、楽しいからそういう人間を選んで契約を取りにいってるくらいだからな」

「でしょうね」

「じゃあな。グレモリー」

「はい、ダンタリオン」


 彼と別れ、人間界へ通じる門へと向かう。


 さて、今回の召喚者はどのような人間なのでしょうね。世話のやり甲斐のある者ならよいのですけど。

 そんなことを思いながら召喚者の下へと応じる。


 応じた先は白い部屋。一定の音を鳴らす機械と、白いベッドの上に上体だけを起こし私が来るのを待っていた見た目は十代の少女。


「貴方ですか? 私を喚んだのは?」

「ほ、本当に来たっ……!」


 まだ幼さを残す声。半信半疑で、悪魔召喚を行ったということのようですね。


「貴方が望むものは?」

「え? あっ、えっと……」


 私の問いかけに姿勢を伸ばしまっすぐ見つめ口にする。


「あのね、わたし。余命一年って先生に宣告されて……。それで、残りの一年を楽しく生きたいの。悪魔のお姉さんには、わたしがしたいことを一緒にしてほしい。それがわたしの望み」


 強い子ですね。普通なら、一年で死ぬと宣告されれば死にたくない生かす方法を悪魔に望むようなもの。


 なのに、この人間は最期まで楽しく生きたいからやりたいことをして死にたい、そう言いたいのですか。


「よいでしょう。貴方の望み、私ことグレモリーが叶えましょう」

「本当⁉ いいの⁉」

「はい」

「ありがとう、悪魔さん!」


 それからというもの、残りの時間を強く生きる少女、「春香様」のそばで望みを叶えていく。


 学校に通えず、一人で勉強は面白くないというので私が教師となり教える。今年の春で小学六年生になるという。


 他にも一緒に本を読んであげたり、天気が良く医師の許可が下りた時には車椅子を押して散歩にでかけたり。


 春香様がしたいこと、してみたいことを毎日していく日々。

 季節を巡り、春には花見を、夏には病院の屋上から花火を眺め、秋には焼き芋をご馳走に、冬は彼女を抱え雪景色を見て雪だるまを作ったりと思い出を残す。


 そして、


「えへへ……。お姉さんと過ごす一年、すっごく楽しかったよ」

「思い出はたくさんできましたか? 春香様」

「うん……。お父さんも、お母さんも、弟と妹のお世話でわたしのことはほったらかしだから退屈で……寂しかったけどお姉さんのお陰で最期に楽しくて嬉しくて大切な思い出ができたよ」


 中学に上がる前の春を目前に、春香様の容態が悪化。冬を越した辺りからベッドから出ることもできず、身体を起こすのも一苦労。


 悪魔だからこそ分かること。彼女の命の灯火は消えようとしている。


「お姉さん……」

「なんでしょう?」

「契約の対価、わたしの命でいいんだよね?」

「はい。春香様の魂を対価に契約を結んでいますので」

「じゃあ、お父さんたちには何もしないんだよね?」


 自分のことよりも、家族の心配ですか。見舞いにすらほとんど来ない家族の。


「いたしません。私が頂くのは、春香様のみです」

「そっか。良かった……」


 そのままゆっくりと瞳を閉じ、目を覚ますことはなかった。


 春香様の魂を頂き、その場から離れ冥界へと戻る。


 契約を結んだ以上、契約主の望みのままに叶えるのが私のやり方。

 それから次の召喚に応じる。


 次の契約主は、家族に捨てられた孤独な男性。


「俺は馬鹿だった……」


 私を召喚した途端、懺悔をする男性。


「仕事ばかりで、妻に子供に何もしてこなかったんだ……」


 古いアパートに一人。妻と子がいたようですが、現在は離婚し親権は妻に。


「結婚記念日も、学校の行事も一度も参加せず。俺はどうしようもない最低な夫で父親だよ……」


 気づいた時にはもう遅く、何もかも取りこぼしたのだと。

 仕事も上手くいかず退職。そんな彼の望みは、死ぬ前に誰かに優しくされてから死にたいのだと言う。


「よいでしょう。貴方の望み、私が叶えて差し上げます」

「いいのか?」

「ええ。それが契約ですから」

「そ、そうか。じゃあ……」


 一夜限りの契約。

 晩酌の相手、彼の懺悔を聞き、最後は私の能力で家族の今の姿を見せる。


「ああ……! こんなに大きくなって、幸せそうだ。良かった。俺みたいな奴と一緒だったらきっと、こんな風に笑ってくれなかっただろうな」


 涙を流し、空中に映し出された映像を見て泣き笑い。


「悪魔さん、ありがとう」

「いえ。契約ですので」


 朝日が昇り、対価を頂く時が訪れる。

 名も知らない男性から魂を頂く。


 こんなやり取りを永遠に続ける。


 未だに、世話を続けたいと思える人間には出会えていませんが。いつか、そんな人間に出会えるといいのに、などと思ってしまう。

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