終章

エピローグ 雪の日、最期は笑顔で。

 全てが終わり、あの日と同じ雪が降り寒さに堪える朝。


「……雪が積もってる」


 時刻は六時。外はまだ暗い。

 カレンダーに目を向ける。今日は、僕の誕生日……。そして、姉さんの命日……。


「寒いな……」


 窓の外を眺めながらぼそりと。


 未だに世間やマスコミは僕がアップした動画関連で明かされた虐めについて騒いでいた。とはいえ、あの動画は前日に全て消去済み。ダウンロードができないようプロテクトをかけて。


 家にあった悪魔三人の生活品や道具、その痕跡は何も残っていない。庭で育てていた野菜も全部、食卓に並ぶ料理に使って綺麗に食べきっている。


「すごいよな、悪魔って。生活していた痕跡もそこにいたという存在すらも何一つ残さず消し去るなんて」


 身支度を済ませ、リビングへ向かう。


 そこには出会った、召喚した時と同じ格好の悪魔三人がいた。


「おはようございます、主」

「おはよう~。夏目ちゃん」

「よく眠れたか? 夏目」


 三人それぞれ声をかける。僕は、三人の顔を見て答える。


「おはよう。よく眠れて気分が良いよ」

「お茶の用意をしますね」


 そう言ってグレモリーが温かい紅茶の用意を始める。僕はいつもの定位置であるソファーに座る。その隣にアスモデウスが、


「いよいよね。夏目ちゃん」

「ああ、そうだな。出会うまでは長かったが、出会ってからは短い日々だったよ」

「そうね~。出会ってからは休むことなく復讐だったものね~」


 復讐を決めて数年。悪魔を召喚して数ヶ月で成就。

 本当に長く、短い付き合いだったけどお陰で思い残すことはなくなった。あの契約に後悔はないよなにも。


「主、どうぞ」

「ありがとう、グレモリー」


 グレモリーが淹れてくれた紅茶を一口。何もお腹に入れてないが、ストレートティーの甘さ控えめが今はちょうどいい。


 空腹を感じないから、甘味より少し苦味がある方が飲みやすい。


 バアルは外を眺めながらその時を静かに待つ。


 ゆったりとした時間が流れ、誰も喋ることはなく時間がゆっくりと進む。太陽が昇り、姉さんの墓参りへ向かう。


 そばには悪魔の三人が共に。


 バアルの不可視の能力で僕を含む悪魔の姿も声も周りには視えないし聞こえることもない。姉さんの墓前まで来ると報告を。


「姉さん。姉さんを傷つけ苦しめ辛い目に遭わせ、死へ追いやった奴ら全員を地獄へ送ったよ。それどころか、輪廻転生すらないように。もうその魂を持って生まれてくることはないから。復讐を果たして全部終わったんだ」


 花を手向けることはできない。僕は消えるから。それでもいいと、心の底から望み何があっても成し遂げてみせると誓ったから。


「僕は、姉さんの下には逝けないけど……。どうか、来世では幸せであってほしいと祈ってるよ。家族に恵まれて、友達と笑い合って、恋人ができて幸せだと思えるそんな人生を送ってほしい」


 この想い、願いは僕の勝手な願望なのだろう。でも、そう望まずには願わずにはいられなかった。今世では叶わなかったことが、来世ではどうか叶いますように……。


「それじゃあ、僕はいくよ。姉さん……」


 言いたいこと、想いを言葉にし伝え終わると後ろで待っていてくれているグレモリー、アスモデウス、バアルに向き直る。


「夏目。家庭菜園、楽しかったぜ。お前と、こいつらと一緒に育てた野菜を食って騒ぐのは思いの外、気に入ってたんだわ俺。だから、今まで楽しい時間をありがとな」

 と、バアルが優しいお兄さんのような笑みを浮かべ僕に礼を言う。


「僕も、バアルが育てた野菜、甘くて瑞々しくて美味しかったよ。僕の方こそ、今まで力を貸してくれてありがとう」


 僕がバアルに礼を言うと次はアスモデウス。


「召喚した人間の中で一番、楽しくて面白かったわ~。お姉さんの欲も満たせて、夏目ちゃんと短い日々だったけど過ごす時間、お姉さんも気に入ってたの。居心地が良かったわ~。ありがとうね」

「アスモデウスの欲を満たせたのなら良かった。アスモデウスも、力を貸してくれてありがとう。お陰で、僕の望みを叶えることができたよ」


 アスモデウスは、僕の言葉を最後まで聞くと優しく抱きしめてくれる。何度も頭を撫で、満足するまでそのままで。そうして、満足したのかゆっくり離れると最後に残ったグレモリーが僕へ。


「主。もし叶うのなら、このままいつまでもお仕えしたいと思う程に主のそばは心地が良かったです。元々、私は世話焼きでしたので。主のお世話はやり甲斐がありましたし、楽しかったです。このまま、神の理に死んでいくのなら……私は、貴方を喰らってしまいたい」

「グレモリー……。僕の全てはグレモリー、アスモデウス、バアルのものだ。契約を交わした時にそう言っただろ? だから、グレモリー。僕を喰らってくれ」

「主……。そうでしたね。そういう契約を結んだのでしたね」

「ああ、そうだよ。グレモリーも、今まで本当にありがとう」


 バアル、アスモデウス、グレモリーからの言葉に何故だろう恐怖心はない。むしろ、清々しい気分な上に最後にそう言ってもらえて嬉しいよ。今から肉体、血、魂の存在全てを喰われるというのに。


 だから、僕は笑顔で最後の言葉を紡ぐ。


「僕の全てをグレモリー、アスモデウス、バアルへ捧げる」


 その言葉に三人も優しい笑みで僕へ手を伸ばす。


 悪魔の手がゆっくりと伸びる光景を眺め、僕は瞼を閉じた……。


 身体が軽くなるような浮くようなそんな感覚。眠りにつく時の安らぎを感じる。


 ああ……。三人が恐怖を感じないよう優しくしてくれているんだなきっと。


 深い眠りへと誘われる感覚に僕は意識を手放す。


 姉さんの墓の前で、大磨夏目という存在が、復讐のため力を最大限に貸してくれた三人の悪魔に全てを喰われるのだった――――――。


                                 ―終わり―

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