五人目 最後の復讐は地獄への招待 その六

 闘技場を模した空間に移動してきた僕ら。


 この異空間を創ったのはまたしてもバアル。


 僕とグレモリー、アスモデウスは観客席に座り見守る。バアルと一ノ瀬は闘技場の中央にて相対していた。


「な、なんだよこの格好は⁉」


 一ノ瀬は、自分が着込まされている鎧に困惑の様子。いつの間にか着替えさせられた全身を鎧に包み込む中世の兵士の格好だ。


 右手には剣が一振り握られており、その剣の柄と手には鎖が巻きつけられていた。

 そして、一ノ瀬の目の前にはコウモリの黒い翼を背中から生やしたバアルが不敵な笑みを浮かべ、何故かスポーツウェアを着て立っている。


 バアルの奴、今から戦うというのに何故にスポーツウェアなんだ?

 普段の、上半身裸の格好でもよかったのではと思う。


 そんなバアルは、


「今度の地獄メニューは、殺し合いだ。人間」

「は、はあ⁉ 殺し合い⁉ いや、待て! 殺し合いって、俺があんたとか⁉」

「ああ、そうだ。俺を一度でも殺せたら、俺がお前を救ってやるよ。そのための鎧と剣も授けただろ?」


 バアルを殺すなんて人間には不可能だ。それを分かっていて、あんなことを言うのだからさすが悪魔だな。希望をちらつかせ、絶望へ。なんだから。


 それにしても、バアルは楽しそうだな。余程、戦いによる殺し合いがしたいのか。


「バアルは戦いに強い悪魔でもありますから。道具を使って何かするより、肉弾戦の方が好みなのですよ」

「そうなのか」


 グレモリーからの説明で納得する。

 アスモデウスは隣で、


「バアルちゃん、程々に頑張ってね~」


 と気の抜けた応援を送る。


 一ノ瀬は理解が追いつかずその場で立ち竦む。


「い、いやいやっ! 無理だぞ、そんなこと! お、俺が――あぐぅっ⁉」


 僕が瞬きした瞬間、バアルは一ノ瀬との距離を一瞬で詰め寄り脇腹に足蹴りを一発。その衝撃で吹き飛び、闘技場の壁に激突する一ノ瀬の全身。


「ガハァッ! うぐっ……!」


 壁に食い込み地面に落ちて倒れ込む。


「壁に激突した衝撃で意識を失いそうになっていますね。しかし、バアルが事前に仕込んだ魔法陣で、強引に意識を繋げているため気絶はありえません」


 と、僕の横で説明をするグレモリー。


「脳に直接、施したこともあり彼は死なない限り意識を手放せないのでしょう」

「バアルちゃん。簡単にくたばってもらっては困る、って言っていたものね~」


 グレモリーの言葉に、アスモデウスが続く。


 地面に倒れて起き上がれない一ノ瀬のすぐそばにバアルが飛んでくる。


「人間は脆弱で死にやすいからな。少しばかり脳みそを弄らせてもらったぜ。なあに、意識が飛ばないってだけのものだ」


 状況を飲み込めない一ノ瀬にバアルは続けて言う。


「簡単に死なれては面白くないからな。肉体強化も施してあるんだぜ? 人間、お前はそこらの人間より遥かに強くて頑丈な肉体を得たってわけだ」

「ふっー、はっー……」


 バアルの説明を聞く余裕すらないのだろう。呼吸をするだけで精一杯な一ノ瀬。着込んだ鎧の脇腹部分は凹み一部、割れて鎧の下の肉体が見えていた。


 バアルの足蹴りの威力が凄まじい。あんな攻撃、受けたくはないな。


「鎧を着込んだ程度で、バアルの攻撃を受け止められるわけがありませんから。全身、激痛で立ち上がれないのでしょうね」


 またしてもグレモリーの説明が始まった。


 グレモリーの言うように立ち上がれず仰向けの一ノ瀬へ、バアルは情けも容赦もなくその腹部に拳を振り下ろす。


「ふんっ!」

「ぐほぉっ⁉ ああっぐぅっ! ガァッ!」


 爆音を轟かせ土煙を上げる闘技場。


 その威力は、一ノ瀬の周りの地面がひび割れクレーターを作る。

 あんな攻撃、鎧なんてただの紙切れ同然だ。


「あれで肋骨の何本か折れたようですね」


 グレモリーの説明を聞きながら、僕の視線はずっとバアルと一ノ瀬に注がれていた。


 一ノ瀬は口から血溜まりを吐き出し、抵抗も握った剣で反撃も声すら上げられずバアルの攻撃を受け続ける。


「まだまだ、いくぜ人間!」

「ああああっ! おぶっ! いぎぎぃっ! あぐっ!」


 腹部の次は顔、肩へとバアルの拳を受け頭に装着した鎧は破壊され顔を守るものはなくなった。そこから逃れえようと、バアルが拳を振り上げた瞬間に横へ転がる一ノ瀬。


 バアルの腕から逃れることに成功した一ノ瀬は、匍匐前進で距離を取ろうとする。


「はあ、はあ、はあっ……。し、死にたく、ないっ……! い、痛い、痛いっ……!」

「逃さねえよ、人間!」


 手をかざしそこから炎のように揺らめく得体の知れない何かがバアルの手に集まる。


「グレモリー。あれは何だ?」

「あれは魔力です。炎のように揺らめき、視認できる黒色はバアルが持つ色ですよ。主」


 あれが魔力なのか。初めて見た。今までは、服を一瞬で消し去ったり傷を癒やす時に僕の身体に流したりとしか見ていなかった。


 だから、魔力そのものを見たのは今回が初だ。

 力の塊。僕にはそんな風に思う。


 その魔力をバアルは、一ノ瀬の背中に目掛け放つ。


「ううぅがががぁあああああああああああああああっ――!」


 全身の鎧が音を立て壊れていく。剥き出しになった背中の服を消し露わになった肌を魔力が皮膚を剥ぎ、肉を削ぎ、骨まで見えるほど傷つける。


「ああっ……いいぃぃっ……ううううううううううううううううっ!!」


 脚を折り、うずくまるように背中の痛みを堪える一ノ瀬。止めどなく流れていく血。握らせられていた剣は役目を果たすことなく、バアルが放つ魔力によって刀身を失い鎖も破壊され手から放れ地面に転がる。


「もっと、抵抗してもいいんだぜ? まあ、できるならの話だがな」


 その後は、バアルによる一方的な蹂躙。


 手脚の骨を折られ、何度も吹き飛ばされ壁や地面に全身を強打し、抉られ臓物を引き摺り出され、何本かの折れた歯と共に血反吐を地面に吐く。


 言葉を発することも許されず、ただただ嬲られ続け終いには身動き一つ取れなくなる。


 四肢はあらぬ方向を向き、背中は見るに堪えな酷い傷、顔は目元や頬から口元も腫れ上がり元の顔が分からない。腹部は穴が空きそこからロープのように垂れる臓物。

 死んだ方がマシだと思える光景。


「くははははっ! ボロ雑巾みたいな姿だな! 相変わらず人間の身体ってのは脆弱だが壊し甲斐がある!」


 自身でした、一ノ瀬の姿を見て高笑いのバアル。


 本当に悪魔ってのは残酷だよ。そんな悪魔に、復讐のため全てを捧げる僕も相当な頭の狂った奴なのだろうけどと思う。


 バアルは殺し合いにすらならない、ただの蹂躙に満足し一ノ瀬の傷を全て治療を施し次なる地獄へ連れていく。

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